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私は奴隷ネコ  作者: favony
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第8話「それから」


……あの館を離れてから……ご主人に捨てられてから数週間経った。

私は、あれ以来ずっと……立ち直れずにいる。


「……」


今の生活は、決して楽なものじゃなかった。

奴隷時代と同じくらいひもじかったし、同じくらい貧しかった。

衣服で耳を隠して、尻尾も隠して。人に溶け込んで生きていく。

外を自由に出歩けるようにはなったけど、遠出は出来ない。

それでも家族仲よく暮らしていた。どんなに貧しくても、私達は精一杯生きていた。


これが、私達の得た自由なんだ。


ルーメは、あれから勉強をしている。奴隷時代に勉強なんて教わらなかったから、よほど学問に飢えていたんだろう。

ゴミ捨て場に行って本を拾って来たり、図書館でこっそり立ち読みをしたり。

それにあの頃より明るくなった。気弱なところは変わらないけど、それなりに自信もついてきたようだ。


タテハは、人に溶け込みながらよく近くの子供たちと遊んでいる。悪ガキ達を集めて、ガキ大将のような状態になっている。

いたずら好きで、ノゴを連れまわして遊んでいる。奴隷時代には遊ぶなんてことは出来なかったから楽しくて仕方がないんだろう。

友達もいっぱい出来たみたいだ。中にはタテハのことを亜人と知って遊んでいる子もいるらしい。……子供たちは亜人への偏見をあまり持っていないらしい。


……私は。

私は、一人でいることが多くなった。ルーメとタテハはよく構ってくれるけど、それでも一人でいる時の方が多くなった。

二人はそれぞれ違う道を歩みつつある。それは悪いことじゃないし、自由になるというのはそういうことだと思う。

それに私達三人は、言わなくても分かっているんだ。道は違えど、いつまでも仲良し三姉妹としてずっと一緒だということを。

あの奴隷生活を協力しあって生きてきた私達に、言葉なんて要らないんだ。


だから私がこうして、家を抜け出して……ここに来ていることを……二人は知っているんだろう。


「……」


亜人が、しかも私のような子供が外出するのは危ない。それはもう何度も聞いてから知っている。

それもタテハみたいに近所をうろつくわけではなく、やや遠いこの場所へ通うことなんて輪をかけて危ない……そんなことは分かってる。

……ネミ族である私たちにとって人に紛れることは他の亜人と比較すれば楽な方。けれど、絶対安全とは言えないんだ。

でも、どんなに危なくても、ここに足が向かうのをやめることは出来なかった。



……私達が暮らした、ご主人の館。ずっと中で生活をしていたからわからなかったけれど、他の貴族の館と比べてはるかに大きく、ここに住んでいた『貴族』がどれほど裕福だったかを思わせる。


何度も通って、何度も中を覗いて、何度も何度も出入りする人々を確認した。時には何度かこっそり入り込んだりもした。それでわかったことは、もうあの頃とは何もかもが違うということだけだった。

私が知っているこの館は、こんなに賑やかじゃなかった。こんなに人の声が溢れる活気の良い場所じゃなかった。


「あら、どうしたのです御嬢さん?」


「……ん。なんでも、ない……です」


「そうですか」


知らない女の人。身なりもいいし、見た目も煌びやかだ。多分名のある富豪なんだろう。

この館は、売れてしまったらしい。私達が居なくなってからすぐ。あまりにも都合のいい話だ。

前に来た時こっそり忍び込んでみたけれど、ご主人は何処にもいなかった。あの離れにも、カギどころか何も残っていなかった。

今の住人に聞いても、前の持ち主の行先など知る由も無く。

……私は、完全にご主人との関係が、切れてしまったんだ。


***************


「……ただいま」


「おかえり、ヨミ」


家に帰ると、『お父さん』が笑顔で出迎えてくれた。


「何処に行っていたんだい?」


「……ちょっと、散歩」


「そうか。あんまり変なところに行っちゃダメだぞ?」


「……うん。ありがと」


「お父さん部屋でやることがあるんだ。今日は家に居るから、何かあったら言うんだぞ?」


「ん……」


お父さんは、私にコミュニケーションをとろうと頑張ってくれる。

口下手な私にとっては少し(わずら)わしいけど、それでもこの人なりに私のことを気遣ってくれていることが分かるので無碍(むげ)にはしたくない。

この人は、本当のお父さんなんだ。私達のことを捨てたお父さんでもあるけど、でも、それとちゃんと向き合って私達を迎えてくれた。

私も向き合う。あの人と家族になるために。あの人をお父さんと認めるために。

家族に、戻りたい。それに……あの日私のご主人が望んだことでもあるから。


「……」


ずっとふさぎ込んでいるわけにはいかない。普段の私はそもそもこんな感じだったとは思うけど、でも何かしなきゃ。

……自由になったんだ。貧しくて、やらなきゃいけないこともいっぱいあるけど……それでも、何か自由を謳歌(おうか)しなきゃ。

そう望まれた。あの人の望みは私の幸せ。私の幸せはあの人の望み。だから私は、あの人に望まれたように生きたい。


ふと、隣の部屋から異音が聞こえる。聞きなれない、鉄が(こす)れる鈍い音が聞こえた。

これは何かをヤスリにかける音だ。そういえば先ほど、お父さんの手には棒状のヤスリが握られていた。……何処かから借りてきたんだろうか。

ともかく、隣の部屋で何かをヤスリにかける作業をしていることだけは確かだ。

少し興味はあるが、邪魔するのも悪いのでそっとしておこう。


「よ、よし……あともう一つだ……。ここの名前を消せば……」


……何故か、隣から聞こえてきたお父さんの声に酷く心がかき乱された。

ヤスリで、何かの名前を消している。……それも、一つじゃない。さっき部屋へ入るときにその何かの形は見えなかったけど、それはポケットとかに入るくらい小さいものだったんじゃないだろうか。


「!!!」


嫌な予感がした。それも、最悪な予感。

何故ここに、とか、どうしてお父さんが、とか、そういう考えを全てすっ飛ばして、私は隣の部屋へ飛び込んでいた。


「!」


あ……あ……!!


「ヨ、ヨミ……どうしたんだい?血相変えて」


お父さんの手には……見覚えのある指輪。今にもやすりをかけようとしている姿勢。そして。

机の上には……既に“作業が終わってしまった”もう一つの指輪が無造作に置いてあった。


「ヨ、ヨミ!」


言葉よりも先に体が動いていた。考える間もなく飛び込んでいた。

私は机に置いてある指輪と、お父さんが持つ指輪をむしり取る。

そして、ぎゅっと……強く両手で胸に押し付けて、私はその場にへたり込む。


「……おとう、さん、これ……どこで、手に、入れた、の……」


「それかい?それは、お前達を奴隷として管理していたあの男から貰ったんだよ。

名前を潰して質屋に流せばそれなりの金になるって。どうせ要らないものだから……って。

よく分からないが、うちは貧しい。金になるのならと、お前達を引き取るちょっと前に貰ったんだ」


「……ッ」


「あの男は言っていたよ。これを売って、お前たちに美味しい魚でも買ってやれ、と。

……お前達に暴力を振って虐めていた最低な主人だったそうだが……。罪滅ぼしのつもりなのかもしれないな」


「……ッ……」


もう、私はご主人の奴隷じゃないって言ってたのに……。もう、赤の他人だって言ってたのに……。

なのに……なんで、まだ……私達の為に色々してくれるの……?いい加減に、して……。

私、何も返せない……。何も返すことが出来なかったのに……。貴方の(そば)に居ることすら、叶わなかったのに……!

もうこれ以上、貴方から大事なもの……奪いたくない、のに……。


……Mina(ミナ)……。一回り小さい方の指輪の文字は、無事だ。これはおそらく……奥さんの指輪の方だ。

恐る恐る、もう片方の指輪を……見る。


「あ……あ……ぁ……」


そこには、荒く削った、やすりの痕。……他には……もう、何もない。

ここに確かに書いてあったはずの、ご主人の名前。それは、もう……完全に削り取られ、消えていた。


「……ふッ……あ……くッ……ううッ……」


目の前が真っ暗になって、呼吸が出来ないくらいに息苦しくなった。

これは、ご主人と奥さんの思い出。最後の最後までご主人が手放せなかった、奥さんとの一番強い繋がり。

それを……こんな……。もう、いいのに……。もう手放さなくても良かったはずなのに……!!


「……ッ」


だったら……私が直す。削れてしまったこの指輪に、私がご主人の名前を再び彫りなおす。

ご主人と奥さんの思い出は……私が守る……! ご主人が捨ててしまったものすべて、私が拾い集める。


「……あ、れ……?」


どうやって彫りなおそうか考えていた頭の中が、突然真っ白になった。

……気づいてしまった。私は、ずっと……ご主人のこと本当に何も知らなかったんだ。


……ご主人の名前すら、知らないんだ。


「……あ……ああああああ……!!」


もう、直せない……。もう……『戻らない』。……所詮(しょせん)今の私は、もう……赤の他人なんだ……。


「……ヨミ……ごめんよ……。そんなに大事なものだったなんて……。ごめん、ごめんよ……」


「……おとうさんは、悪くない……でも」


「……」


「この指輪は……絶対に売らせない……。この指輪だけは……何があっても、売っちゃいけない……」


「……わかったよ。ヨミがそこまで言うのなら、その指輪は諦めるよ」


「……ごめん、なさい……」


「いいんだ。ヨミがちゃんと言いたいことを言ってくれた。それはお金よりも価値のあることなんだ」


「……ん」


そう言って、私の頭に手を伸ばすお父さん。……でも。


「!」


つい避けてしまう。避ける気なんてなかったのに……反射的に、また避けてしまった。


「あ……ごめんよ。そうだったね、ヨミは頭を撫でられるのが嫌いだったね……」


「……ごめん、なさい」


「ヨミが謝ることじゃないよ」


頭を撫でられることは、嫌い。お父さんだろうと、お母さんだろうと、撫でられるのは嫌い。

それでも我慢くらいできると思っていた。でも、体が言うことを聞かない。首輪を外そうとしたあの時のように。

二人とも、大事な家族。…だけど、それでも私は……きっとあの人の手が忘れられないんだ。


**************


「……」


ルーメはあの奴隷生活のことを忘れたいと言っていた。ルーメにとってはご主人は暴力を振るだけの怖い主人だったからだろう。

タテハはあの奴隷生活をもう忘れたと言っていた。恩義も憎悪も等しく忘れてしまった方がフェアだから、そう彼女は言っていた。

私はきっと、忘れられない。忘れたくない。ご主人の心を覗いてしまった私が全てを忘れてしまえば、私の知る真実が事実ではなくなってしまう。

私が覚えている限り、絶対にご主人を悪者になんかさせない。私達のことを大切にしてくれた、大切な人を……必ず見つけ出す。


あの人が、私達の家族を見つけてくれたように。今度は、私が……ご主人を見つけ出す。

もう赤の他人だから、私達の間には何もないかもしれない。それでも。

それが私の、自由。奴隷ではない私が選んだ、やりたい道なんだ。


……きっと、会いに行く。

そして今度こそ……あの時伝えきれなかった想い……すべて伝えるんだ……。


ご主人……私は……。




つづく。

一応この8話をもってヨミ幼少期は区切りとなります。9話以降もどうかお付き合い下さいませ。

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