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私は奴隷ネコ  作者: favony
6/18

第6話「吉報」


あれから一カ月ほど経った、ある日のこと。


「……」


庭の()き掃除をしながら、ふと思う。

掃いても掃いても積もって大変だった枯葉も、鳴りを潜め。

葉の落ちた庭木が並ぶこの大きな庭も、随分と閑散(かんさん)とした雰囲気になった。


秋は終わり、そして冬が来る。


今度は枯葉ではなく、雪が積もる。落ち葉以上にキリがない、真っ白な雪が積もるんだ。

去年も一昨年も大変だった。きっと今年も大変になる。

なにより雪が降り(すさ)ぶ寒い中働くのがとても辛い。

寒いのは、嫌いだ。小屋の中でぬくぬくしていたい。


でもそんなことをしていたら、きっとご主人にぶん殴られるだろう。

痛いのも嫌だから、私は今年も寒い中雪かきをしなくちゃならない。

……去年なんかタテハが風邪をひいて、ルーメと二人で雪かきをしたんだっけ。

二人に迷惑をかけないためにも風邪だけは引かないようにしなくては。


……寒い中で活動するには温かい服が必要だ。今着ている()()ぎの服では心もとない。

服は自分たちで調達しなければならない。それは小さい頃からそうだった。

ご主人がくれたものは大量の布きれのみで、服や布団は一切与えてはくれなかった。

だからそれを自分たちで繋ぎあわせ、布団や服を何とか仕立ててきたんだ。

最初の頃は酷い出来だった。今では慣れてきたこともあって、それなりのものを作ることが出来るようになった。


「……でも」


私は、あの日気づいたんだ。あの布きれが何だったのかを。

私が使っている布団の布の一部……それをあの離れの写真の中に見た。

ご主人の奥さんが着ていた、服……。あれと同じ模様の布を、私は布団として使っていたんだ。

今なら分かる。あの布きれの殆どは奥さんの服だったんだ。

それを処分する代わりに、体の小さかった私達の為にわざわざ布きれにまで裁断して与えてくれたんだ。


私達を買ってしまったばかりに、お金を使い果たして。

奥さんとの思い出を全て捨ててまで、私達を飼ってくれていた。


一体どうすれば、ご主人の恩に(むく)いることが出来るのだろう。

せいぜい私に出来ることなんて、館の掃除と来たるべき冬の雪かき……。


そして……真実を喋らないこと。


「……ッ」


どうすればいいんだ。このままでは、ルーメもタテハも、ご主人にも。

私の身の回りの人全てにあだなしてしまう。

……どうすればみんなに顔向けが出来るの? どうすればみんなで幸せになれるの?


「ヨミちゃん!」


「……ルーメ?」


突然後ろからルーメが走りながら声をかけてくる。

確かルーメはここより広い正門側の庭の掃除をタテハとしていたはず。

それに随分と(あせ)っている。一体どうしたんだろうか。


「あ、あの……ご主人、どこにいるか知らない?」


「え……と……ご主人……なら」


ご主人なら、多分あの離れだろう。

ずっとあの離れに入ることを狙っていたせいでどの時間帯にご主人が離れにいるのか把握してしまっている。


「場所が分かるのなら、伝えてほしいの。……いい?」


「うん、かまわない」


「知らない男の子が門内に入ってきたの。それでどうすればいいのか分からなくて。

いまとりあえずタテハちゃんが応対しているんだけど……」


「……わかった。私、ご主人に伝える、ね」


「お願い」


私はあの離れへと走りながら考える。

一体誰が来たのだろう。この館に人が来ることは酷く(まれ)なのに。

私は何故か胸騒ぎがしていた。何か嫌なことが起きる、そんな予感がしていた。


「あ」


丁度離れの扉にカギをかけているご主人。

そのまま(きびす)を返し、一歩踏み出そうとして私に気付く。


「……おいネコ次女。お前まだ懲りていないようだな?」


「ち、違う……」


「何が違うんだよ! このサボリネコ!」


そういって平手を受ける。痛い。

でもこの平手は心を痛める心配がないから、痛くなんかない。

私は平手を受けつつも、ご主人を睨みつける。


「……来客」


「ああん?」


「この館に、来客……です」


「……ハ、そうならそうと最初から言え。トロネコめ」


……違うって言ったのに。短気なんだから。

ボソリと聞こえないようにつぶやく。聞こえればどうせ殴られるのだから。


「それでどんな奴が来たんだよ」


「……男の、子……みたい」


「はぁ? ガキが何の用だよ。ガキに知り合いなんていねえ。

……まあいい、どんなガキだろうが追い返してやる」


ご主人は正門の方へ向かう。私もそれを見守るべく後をついて行くことにした。



*******



「だから本当なんだってば!」


「ウソだぁ。絶対ウソだって」


「こんなに似てるじゃないか」


「そうかなあ」



正門に着くと、その男の子らしき人とタテハが言い争っていた。

(そば)ではルーメが困った顔をしている。


「……?」


その男の子を見た時、少し違和感にも似た、不思議な感覚に(おちい)った。

何処かで会ったことがある…そう思った。


「あッ!」


私達とあまり歳も変わらないだろうその子は、私を見て満面の笑みを浮かべた。


「ヨミ……! ヨミだよなッ!? 可愛くなったなぁ!」


「……」


なんで私の名前を知っているんだろう。私はこの子のことを全く知らないのに。


「ヨミーッ!」


抱きつこうと飛びついてくる。私はそれを避ける。


「なんで避ける!?」


「……なんで抱きつくの?」


「そりゃ再会の抱擁は必要だろ」


「……再会?」


……再会……妙な言葉が彼の口から飛び出た。

確かに会ったことがあるような気はしたけど、買われてから人になんて会ったことが無いのでそんなのは有り得ない。


「まったく、ヨミは照れ屋なんだな。可愛いヤツめ」


「おいガキ、さっきから俺の奴隷(ペット)に何をしてやがる」


ずっと見ていた主人が、私と男の子の間に割って入る。


「……お前なんかに用はねえよ。俺はただ妹たちに会いに来ただけだ。……まあ、他にも用件はあるけどな」


「……え?」


彼の言葉を聞いた瞬間、私は凍りついた。

妹?……そんなことは、有り得ない。私達は三つ子の姉妹。それ以外に兄弟なんていない。


「ヨミまで信じられないって顔しちゃって。

……俺はノゴ。俺達『四つ子』の長男さ。覚えているだろ?」


……え?……『四つ子』?


「ウソ……ウソ……」


「ウソじゃないって。こんなにも似てるじゃないか」


「だって、耳も、尻尾も……」


「あー、だから疑ってるのか。そりゃそっか。

人に紛れて暮らしてたから忘れてたよ」


そういってノゴは、帽子を取る。すると……。

……私達と同じネミ族のミミが、そこにはあった。


「……」


その場にいた誰もが、唖然(あぜん)とした。ノゴと、ご主人を除いて。


「ま、そういうわけ。信じて貰えた?」


「……」


違和感の謎が分かった。会ったことがあったのは、捨てられる前だったんだ。

物心がつくより前に、会っていたんだ。


「ずっと探してたんだ。そしてようやく見つけ出せた。親父もお袋も、お前達を心配してたんだぜ」


「……なにそれ。私達を捨てた癖に?

それに私達が捨てられたってのに、なんでアンタは捨てられなかったわけ?」


私達姉妹が誰しも思ったことを、タテハが言ってのける。

対してノゴは、バツが悪そうな顔で説明する。


「……お前たちを捨てたこと、親父たちも酷く後悔してるんだ。

だからあの時の過ちを正すために、お前たちを再び迎え入れてあげたいんだよ。

……お前たちは親父たちのことを恨んでると思う。そりゃ捨てられたんだ……恨むのは当然だよな。

でも親父たちもお前たちを捨てたのは苦渋の決断だったんだ……。

子供を一人だけ産むつもりだったのに、四人も生まれてきちまった俺達をなんとか養おうと頑張ったようだが、結局はうまくいかなくて。全員飢え死にするくらいなら、と……」


「……それで、貴方だけ選ばれて私達三人は捨てられたのね……」


「俺を選んだ理由は……。

育った時、男の方が力があって労働に適しているから、亜人の女よりはくいっぱぐれないだろうって。

一人選ぶのなら、もっとも生存率が高い男の俺を……って。

……それに女のネミ族なら、愛玩用として必ず拾ってもらえるだろうって……」


「……」


「……親父たちのこと、責めないでやってくれ。逼迫(ひっぱく)した状況で錯乱(さくらん)してたんだと思う。

俺だって同じ状況に立たされたら……きっと、同じことを選んじまうかもしれねえ」


「……ッ」


「ヨミ……ちゃん……?」


ぶるぶると、自分の拳が怒りで震えているのがわかる。


「責めるな……? 苦渋の決断だった……? ……ふざけないでッ!!」


「ヨミちゃん……!?」


「貴方達が私達を捨てたせいで……大事なモノ全て捨ててしまった……!

貴方達が私達を捨てた、せいで……もう苦しむ必要ないのに……さらに苦しんだ……!

心が空っぽになって、手足が冷たくなっても……ずっと独りで戦い続けることになった……!!

大嫌いなモノの(そば)で、慣れないことをしながら……ずっと……ずっと……ッ!!」


「ヨミお姉ちゃん……」


ずっと心にため込んでいたものが涙と共に全て流れ出す。

こんなの、目の前のノゴに言ったって無駄なのに。全部が全部、私の親達の責任じゃないのに。

それでも、許せなかった。何のしがらみもなく『自分たちも辛かった』と言える態度に怒りがわいたんだ。


「ご、ごめんよヨミ……そんなにここの生活が辛かったなんて……。

ずっと、ずっと大変だったんだね……」


「触らないでッ!」


私の頭を撫でようと伸ばしたノゴの手を、私は思いっきり払いのけた。


「……ッ」


「捨てる、くらいなら……。あんな思いをさせるくらいなら……私達なんて……私なんて……ッ産ま、なければ……ッ」


「いい加減黙れクソネコが!」


言葉を言い終わる前に、目の前が暗転する。

そして私は地面へと叩きつけられた。


「ッ……」


……激情に駆られて口走る私を、ご主人が殴ってくれた。

殴ってくれなかったら、もっと酷いことを言っていたのかもしれない……。


「……、……い、たい……。つめた、い……」


痛い。頬が、痛い。すごく痛い。心が、割れるように痛い。殴られたせいじゃない。

……きっと、あの人の心もこんな風に、痛かったんだ。

地面が冷たい。冬の、冷え込んだ土の地面は、何よりも冷たい。

……きっと、あの人の手足もこんな風に、独り冷えてしまったんだ。


「……ちっ、奴隷の癖に勝手なことばかり言いやがって。

奴隷は奴隷らしく、主人の言うことだけ聞いてれば、いいんだよ。

余計なこと、言ってんじゃねえ。……このクソネコ」


「……」


ご主人の心を全部理解している訳じゃない。だからさっき言ったこと全てが正しい訳じゃないかもしれない。

それでも、誰かが言わなきゃいけない。ご主人は全て抱えて、心の奥底へとしまってしまう。

そんなの、あまりに辛過ぎる。

だから、私だけでも理解してあげたい。(おご)りでも構わない。大きなお世話だと(わら)われても構わない。

ほんの(わず)かでも、ご主人の心の中の苦しみ、代わりに吐き出してあげたかったんだ。


「……親父たちから聞いたとおりだな。そうやってヨミ達を毎日甚振(いたぶ)ってんだろ?

お前、最低だよ。……最悪なヤツだよ! こんなところに六年間も……ずっと……。ヨミが怒るのもわかるぜ。

お前、いつか必ず同じ目にあわせてやる。妹たちの分、三倍に()しつけてな……!」


「人にも劣る亜人に何が出来る? 笑わせるなよ。

ノラネコの分際で人間様に噛みついたらどうなるかわかっているのか?

お前らは俺の奴隷くらいが丁度いいんだよ!」


「ッ……てめえッ……」


「まあまあ落ち着いて『兄貴』。……他に何か用事があるんじゃないの?」


「あ、ああ。……おいてめえ、親父たちからの伝言だ。『明日迎えに伺う』ってよ。

いいな!? 明日だからな! すっぽかすんじゃねえぞ!」


「……ふん」


それだけ言うと、ノゴは正門の外へ走って行ってしまった。

ネコミミを隠していないけど大丈夫なのだろうか。


「……ねえご主人、明日迎えに伺うってどゆこと?」


「……クソネコ共。

この6年間ずっとお前らを飼ってきたが……明日を()ってお払い箱にさせてもらうことにした」


「!?」


「ロクに力も持ってない、掃除してもネコの毛を落とす、ちょっと目を離せばいたずら放題……。

うんざりだ。もうこの館にお前らを置いておくわけにはいかねえんだよ。

お高い値段のネミ族とかいうからどんだけいいもんかと思ったが、ロクなもんじゃねえよてめえらは」


「……ご、ご主人……それじゃあ私達は一体どうすれば……い、いいのです……?」


「……知るか。俺はお前らを捨てる。その後のことはてめえらで考えろ。

ま、運が良ければ誰かが拾ってくれるかもな。よっぽどのお人よしか、それとも……」


そう言い残して、ご主人は去ろうとする。ポケットから小さなカギを捨てて。


「……首輪のカギだ。明日までに外しておけ。

そして、夜になったら……でていけ」


「ーーー!」


主人は、私達に振り替えることなく、その場を去っていった。



「……ルメお姉ちゃん……これってさ、自由になったってこと、なのかな」


「そう、みたい……ね……」


「明日迎えに伺うって言ってたけど……それって」


「……お父さんとお母さんが、迎えに来てくれるってこと……よね」


「ん~……」


「な、なんか複雑な顔してるわね、タテハちゃん」


「そりゃね。自由になれたことは嬉しいけど、捨てられたはずの私達がまたお父さんとお母さんの元へ帰れるのかなーって」


「……え?」


「だってそうじゃない? 一度捨てられて、奴隷にさせられて。

……私だって恨んでいないなんてことはないもん。今更、ちゃんと親子に戻れるのかな……って」


「……そうね」


「ま、でも自由になれるんだからいいや。こんな屋敷ともオサラバなんだからね。よいしょっと」


タテハはカギを拾い、そして首輪の鍵穴に差し込む。

カチン。6年間つけていた首輪を、タテハは外した。


「ほらルメお姉ちゃん、開けてあげるよ」


「あ、ありがとう、タテハちゃん」


カチン。ルーメの首輪も外れ、その役割を終える。


「ほら、ヨミお姉ちゃんいつまでも黙って寝てないで……ヨミお姉ちゃん?」


「……。……」


「ヨミお姉ちゃーん」


「どうしたの?」


「ヨミお姉ちゃんが固まってるの」


「……きっと、突然自由になったから心の整理が出来ていない、のね」


「……そう、だね。お姉ちゃんにはお姉ちゃんの想いがあるんだもんね。見てれば、分かるよ。

……お姉ちゃん、首輪……外すよ?」


「……あり、がと……う……。でも、まだ……つけて、いたい……」


「……ん。わかった。カギ、渡しておくね」


「私達、荷造り……ってほど荷物はないけど、小屋で先に用意してるわね。

カゼ、引かないうちに戻っておいでね」


「……ん」


二人は、去っていく。……気を使ってくれたんだ。

私は殴られて地に伏せられた体勢のまま、動けずにいた。


”今の私の生きがいは、あの子たちの本当の親を見つけることただそれのみ。それ以外に望みなど無い”


”やっと、俺のやりたいことがさ、……やり遂げられるんだ”


「……」


あの人の、やりたいこと。それは……このこと、だったんだ。

やっと、あの人の望みが……叶ったんだ。


「あ……はは……」


よかった。ご主人……よかった、ね。

やっと、やり遂げたんだ……ね。ご主人、嬉しい、よね。

ご主人が嬉しいなら、私も嬉しい。ご主人が幸せなら、私も、きっと幸せ。


私も、これで自由になれる。ずっと嫌だった奴隷から、解放される。

お父さんとお母さんにも、会える。恨みはあるけど、それでも生みの親だから……ずっと会いたかった。

私の願いも、叶う。私達三人で、一緒にここから出て、みんなと家族に戻れるんだ。


みんな、幸せ。みんな、願いが叶った。

みんなの、望み通りになった……はずなのに……。


”……でていけ”


「……、……、…………」


涙が、止まらないのは……何故……だろう。

この首輪を外したくないのは……自由を拒むのは……何故、だろう。


私、一体……どうしちゃったんだろう……。おかしい、な……。



つづく。


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