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私は奴隷ネコ  作者: favony
3/18

第3話「仲良しネコ姉妹」


「最近ヨミお姉ちゃん元気ないね、どしたの?」


「……ん、そう……?」


「ええ。あの抜け出した日から、ずっと……」


「……」


私が溺れた日から数日後、私の様子がおかしいと二人が心配してきた。

私自身はそんなつもりはなかったのだが、どうやら二人から見ればそうではないようだ。


「なんつーか、いつもと違うんだよね。ここが違うってはっきりは言えないんだけど……」


「確かに、そうね。一見違いはないんだけど……その……」


「……」


「あ、わかった! いつもと違うトコ! ヨミお姉ちゃん最近ご主人に殴られてないでしょ!」


「……え?」


「あぁ、そういえばそうね」


……言われてみればあの日から殴られた覚えがない。

それはきっとこの数日間、ずっとあの離れにもご主人にも近づかないようにしているからだろう。


「……」


今まで殴られるのなんて、痛いだけで怖くはなかった。痛いのは嫌いだけど、所詮(しょせん)殴られた部分が数分痛むだけのことだから。

でもあの日、溺れた後に殴られたあの時。すごく、痛かった。体だけじゃない、心も。

初めてご主人に殴られるのが怖いと思った。もう二度と殴られたくないと思った。

私は、どうかしてしまったんだろうか。


「あの日、抜け出した先で何かあったんだね?」


「……できれば話して、欲しいな」


「……」


言うべきか言わないべきか迷った。でも、二人に隠し事をしたくなかったので洗いざらい喋った。


「……」


「……」


「あはは。なんかちょっと意外。……いや、実は意外でもないのかもしれないけど」


「どういう、こと?」


「ヨミちゃんでも失敗すること、あるんだね……」


「え?」


「でも良く考えてみたらヨミお姉ちゃんってばいつも失敗してご主人に殴られてばかりだもんね。

今回ばかりは身から出た錆ってヤツなんじゃない?」


「……うん」


「でもらしくないなぁ。ヨミお姉ちゃんが一度失敗しただけでそんなにヘコむなんてね」


「……だ、だって……。死ぬかもしれなかった……」


「ま、死ぬのが怖いのは分かるけど。でもヨミお姉ちゃんが怖がっているのは自分の死に対する恐怖じゃないでしょ?」


「……わかる、の?」


「ヨミお姉ちゃんのことならなんでも。ね、ルメお姉ちゃん」


「ええ。だって私達、仲良し三つ子ですもの……」


「……」


「前にも言ったじゃん。お姉ちゃんはお姉ちゃんらしく、やりたいことをやればいいんだよ」


「……でも」


「ヨミちゃん。貴方は自由で気ままな野良猫。でも、誰よりも私達のことを案じてくれる優しい子」


「……そんなこと、ない」


「私達はヨミちゃんのこと、信じてる。だから自分が信じた通りのことをして欲しいの」


「そそ。ヨミお姉ちゃんがしたいと思ったのならきっとそれは正しいことなんだから。

たとえそれが好奇心から出た行動だったとしてもね」


「……」


二人は私が誰よりも自分たちを案じてくれていると言ってくれた。

でも、それ以上に二人は私のことを案じてくれている。

……こんなに嬉しいことはない。


「……ッ」


「よしよし……ヨミちゃんは、泣き虫ね……」


声も無く泣き崩れる私を、ルーメは優しく抱擁してくれた。

私は、こんなにも私のことを信じてくれている二人を裏切らないためにも、私のやるべきことする。

二人が背を押してくれたのなら、もう何も恐れるものなんてない。



夜、私はこっそり居住している小屋を抜け出した。

安っぽい南京錠が扉にはしてあるが、屋根裏の小さな隙間から外に抜け出すことはいつでも出来る。

勿論ご主人はそのことを知らない。だから私達はいつでも逃げ出すことが出来るんだ。

でも、逃げ出したところで私たち亜人には行くアテなんてないから逃げ出すことなくここに留まっている。


屋根の上に登り、独り月を眺める。大きな大きな満月をその目に焼き付ける。空気が冷えて澄んでいるせいか、月がとても綺麗だ。

今日、私は決意した。必ずあの離れの中を確かめる。見つかって殴られても構わない。

失敗をして、死にかけることも(いと)わない。きっとあそこにはご主人の秘密が隠されている。

私達姉妹がこの先一緒に笑って暮らしていくために、夜の世話を追加させるわけにはいかない。

そのためにもどんなものであれ彼の情報や弱みを握るんだ。


「…」


一瞬、脳裏にあまりに残酷な方法が()ぎる。それは……ご主人を殺すこと。

だがそれはあくまで一瞬。……殺すのは手間がかかるし、他者が介在する可能性だって高い。

ご主人は何故か他人と交流しようとしない。ボッチなんだ。

だからこそ私達を管理しているのもご主人一人だし、監視の目も緩いからこうやって外に抜け出して月を見上げたりすることも出来る。

でもご主人が死ねば、きっと違う誰かが私達の主人となる。それがどんな人物であれ、今のご主人よりもボッチである可能性は遥かに低い。

それにもし新しい主人の命で私たち三人がバラバラになったら……それだけは絶対にイヤだ。


それに……私はご主人を殺してまで、自由になりたいとは思えなかった。

最低の部類に入る人間。すぐに手が出て、私達奴隷の扱いも酷い。いつか仕返しをしてやりたいとも思っている。

……でも、死ぬ必要はない、と思う。ご主人に、死んでほしくはない。


「……」


なんでだろう。なんであんな最低な男に対してそんなことが想えるんだろう。助けてもらったからだろうか。

……私達を金で買った男。あんなにおっきい館に住みながら私達を六年間こんな狭い小屋に押し込んだ男。

短気ですぐに殴る男。私達を嫌っていて、傍に近寄っただけで殴る男。


でも。


性行為をするために奴隷を買いに来た男が、何故それらしいことをせずにずっと置いておくの?

あんなおっきい館に住んでいてお金もあるはずの男が、何故従者も雇わず一人で館に住んでいるの?

なんで私達が傍に近寄るのをそんなにも嫌うの?

なんでいつも私達を殴った後に辛そうな顔をしていたの?


私達に、何を隠しているの?

私は本当に、あの人のことを最低だと思っているの?


…私達を金で買ったご主人。秘密を暴いて弱みを握る……本当に私はそうしたいのかな。

夜の世話は怖い。だから弱みを握りたいとは思う……けど。それよりも、多分私は。

私は、ご主人のことをずっと知りたくて仕方がなかったんだ。

謎だらけで信用できないご主人を……心の底では信じてみたかったんだ……。

もはや手段は選ばない。


**********


「いいよ」


「ええ」


次の日の昼、それはあまりにあっさりと決まった。

私はあの離れに入るために二人に協力を持ちかけた。ダメ元で。

断られることも覚悟していた。しかし二人は深く考えることも無くうなずいてくれた。


「……いいの? 殴られるかもしれないのに」


「そりゃ殴られるのはイヤさ。ご主人の平手はやたら痛いし」


「……あたしも、恐いわ」


「じゃあどうして……」


「ヨミお姉ちゃんの頼みだから」

「ヨミちゃんの頼みだから」


「……」


素直にうれしい。陽気なタテハはともかく気弱なルーメは断ると思っていたのに。

なのに、私のためとはいえ協力してくれるなんて。


「……ありがと」


「いいのいいの。やっといつものヨミお姉ちゃんに戻ってくれたんだからね」


「いつもの……?」


「そそ。いつもの、ヨミお姉ちゃんらしいヨミお姉ちゃん。ね、ルメお姉ちゃん」


「ええ。やっぱりヨミちゃんは、こうでなきゃ……ね」


「……」


自分らしさなんて、やっぱり分からない。

でも、今の私には目的がある。何が何でもあの離れの中に入って、そしてすべてを暴く覚悟がある。

多少の危険は構わない。私のことを理解してくれている二人が私の為に笑ってくれるのなら、それだけで十分なんだ。



************



「……カギは、上着の内ポケットの中」


「じゃあ着ている最中に抜き取るのは難しいね」


私達は仕事をしながらこっそりと作戦を立てる。

離れの扉にかかっている南京錠のカギを手に入れるための方法を三人で考える。


「こんなのはどうかな?ルメお姉ちゃんが……ひそひそ」


「ええっ? わ、わたしが……!?」


「……」


「いやあ、素質あると思うよ?」


「で、でもわたしはそんな……」


「大丈夫大丈夫、どうせ私も殴られるんだから。一緒に殴られようよ」


「……うう。わかった、わ」


「……ヨミお姉ちゃんも大丈夫?」


「……多分、これなら出来る」


「すばしっこいヨミちゃんならではの作戦、ね……」


「よっし、これで決まりだね!」


作戦は決まった。タテハ立案の作戦が、午後に開始することとなった。

作戦名「ドジっ娘ルーメちゃん作戦」。

ドジっ娘というのがいまいちわからないけど、立案者のタテハがこの作戦名じゃなきゃイヤだと言ったのでこれになった。

ルーメは最後までその作戦名を嫌がっていた。二人ともドジっ娘の意味を知っているんだ……。


「もうすぐご主人が通る時間だね……よし、スタンバイ!」


私たちは所定の位置につく。作戦が始まる。

……この作戦の内容はこうだ。


「あっいけない……!」


まず、ルーメがバケツいっぱいに入った水を通りかかったご主人へ盛大にぶちまける。

タテハ(いわ)く、より自然に、そしてあざとく。


「あぅあぅ……ご主人……ごめんなさい」


「……ネコ長女ォ……まさかお前がオレにこんな真似するとはなぁ……」


当然気の短いご主人は怒り心頭、殴るためにルーメに近寄ろうとする。

そこにタテハが……あれ?


「タテハ?」


「……」


タテハが動かない。作戦では次タテハの出番なのに。


「タテハッ」


「はっ! いけないいけない、ドジっ娘なルメお姉ちゃんに萌えちゃってた」


ドジっ娘って萌えるものなんだ。仕事は捗らないし、すこしうっとおしいだけだと思うけど……。


「ほらご主人、もうすぐ冬だし上着脱がないと風邪引いちゃうよ」


「ッ……オレに触るなネコ風情が!」


上着を無理やりはぎ取りに行ったタテハがぶん殴られる。


「勝手に俺の上着に触れやがって……。言われなくても脱ぐつもりだ」


ご主人は上着を脱ぎ、それを左腕に持った。ここまでは作戦通りだ。


「それよりネコ長女、お前俺に何をしたのか分かってんだよなぁ?」


ご主人の注意がルーメに逸れた。チャンスは今しかない。


「……」


近くの台の下に隠れていた私がこっそりと近づき、すばやく上着の内ポケットの中のカギへ狙いをつける。


「……?」


どれがカギだろう。内ポケットの中には他にも物がいくつか入っていた。

何やら丸いものが手に触れる。少し興味はあったが今はカギだ。カギを探さなければ。


「……」


あった。私は手探りでカギだと思われる形状のものをさっと抜き取った。

注意が完全にルーメとタテハに向かっているご主人は上着はおろか、私にすら気が付いていない。


成功だ。(この間1.5秒くらい)


すかさず元の台へと音も無く転がり込む。やはりご主人は気が付いていない。

タテハはこっそり、ニッと笑ってくる。悪巧みが成功して上機嫌と言う顔だ。

この後二人は私が離れで成果を得るまでの時間を稼いでくれる。

二人の協力に報いるためにも、私は離れへと急いだ。



つづく。


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