第2話「気侭な奴隷ネコ」
「ヨミちゃん、食堂の方の掃除はお願いね」
「……ん」
次の日。私達はいつものように館の掃除。
ルーメと別れ、そして私はいつものようにこっそり抜け出してある場所へと向かう。
ご主人の秘密が眠るであろうあの場所へ。
二人に内緒にしているのは所詮私の憶測に過ぎないからだ。
でも、たとえそれが憶測でしかなかったとしても、確かめずにはいられない。
秘密を暴いて、弱みを握りたい……そしてなにより、私の好奇心を刺激してやまないんだ。
「……」
私達が四年間くらいずっと掃除を続けてきた館の隅に、こじんまりとした離れの部屋がある。その存在を知ったのは一年くらい前のことだ。
一応館の一部になるのだからそこも掃除をしなければならないはずだが、ご主人は「あそこだけはしなくてもいい」と言う。
曰く使っていない倉庫らしいが、私はあそこにご主人が何度も出入りしているのを見ている。
使っていない倉庫へ頻繁に出入りするのは不自然だし怪しい。
きっと中に何かがある。カーテンで締め切られていて中の様子を覗くことは叶わないけれど、きっと何かがあるんだ。
そもそもこの館には不自然な点が多すぎる。
こんな豪邸なのに、住んでいるのはご主人だけ。奴隷である私達が離れの小屋に住むのは仕方がないとしても、ご主人一人が住むにしては広すぎる。
そして私達ネミ族を買うほどの富豪なのに、使用人が一人もいないのはやっぱりおかしい。
……ご主人は私達に何かを隠している。それが、何故か分からないけれど、とても許せなく感じたんだ。
「おい、ネコ次女」
「!」
不意に声をかけられる。この声はご主人だ。
……また見つかってしまった。この離れの近くに来るとどうしても見つかってしまう。
そして、この辺りで見つかると……ご主人は有無も言わせず暴力を振るうんだ。
「……ッ」
歯を食いしばるのと同時に、痛みが体に生じる。……引っ叩かれたんだ。
そしていつもと同じ、床の感触。……もはや慣れ親しんだ感触になりつつある。
「ここには近寄るなと何度も言ってるよな? あぁ?」
「……」
何度も何度も言われた。でも、言いつけを破って何度も何度も近づいている。
つまり姉妹の中でも取り分け多く私が殴られている原因は、私の好奇心のせい。
「……この離れには、何がある、の……?」
「ネコ次女には関係ねえって言ってんだろ。とっとと仕事に戻れ」
そう言い残して、彼はこの場を去っていく。
離れにはいつも通り施錠がなされている。それも、ついさっきまで開いていただろう扉に。
……また遅かった。また、この部屋の中を見ることが出来なかった。
この部屋が開いているのは、決まってご主人が中に居る時のみ。
でも未だにそのチャンスを掴めずにいる。いつももうちょいのところで見つかってしまう。
……大人しく掃除に戻ろう。こうなってはもうこの中に入ることは無理だ。
「……」
掃除場所である食堂へ行く途中、タテハと会った。
彼女は私の頬をじっと見つめる。
「また殴られたんだねお姉ちゃん」
「……」
「お姉ちゃんって、いつも落ち着いててクールな感じなのにけっこう好奇心旺盛だよね」
「……え?」
「私やルメお姉ちゃんが気づいていないとでも思っていたの? 『サボリ』にね」
「……ごめん」
「謝ることはないと思うけどな。お姉ちゃんはいつだって正しいことをしてると確信してるし」
「……」
「私ね、自由になりたい。でも……一番自由になりたい気持ちが強いのは私でもルメお姉ちゃんでもなく……ヨミお姉ちゃんだと思うんだよね」
「私……が……?」
「自由気儘で、誰にも靡かない。まさしくネコみたいにね。私やルメお姉ちゃんは痛いのがイヤだからご主人に逆らう真似はしないけど、ヨミお姉ちゃんは違う」
「……私だって、痛いのはイヤ」
「じゃあどうしてご主人に逆らうの? 殴られるだけなのに」
「それは……」
「……やっぱり私、ここから逃げ出すべきだと思うよ。
その方がきっと、ヨミお姉ちゃんがヨミお姉ちゃんらしく生きられる……そう思うから」
「……私、らしく」
私らしくってなんだろう。ずっと奴隷として暮らしてきた私に、私らしさがあるのだろうか。
自由奔放なのが私なの?誰にも靡かないのが私なの?……私にはよく分からない。
「あはは、そんなに深く考え込む必要はないと思うけどね。
ヨミお姉ちゃんはヨミお姉ちゃんのやりたいようにやればいいと思うし」
「……ん。私らしさは、分からない……でもやりたいことはある、から」
私はあの人が信用できない。だから暴く。あの人が『隠している』ことを全て。
それが今の私の、やりたいこと。それだけが、今の私にとって一番の生き甲斐なんだ。
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それから三日後のこと。
ご主人が出かけるというので、その後をついて行くことにした。もちろん無断で。
ご主人は出かけるときに私達が同行することを許さないから今まではご主人が何処へ行くのかも分からなかった。
私がご主人をつける理由は、いつも持ち歩いている離れのカギを手に入れるためだ。
外出先なら気も緩むだろうと踏み、今日満を持して実行することにした。
タテハ考案のマフラーで首輪を隠す方法で奴隷であることを隠し、帽子で耳を隠して……。
よし、これならどこからどう見ても……人、のハズ。
「…亜人であること、バレてない、よね…」
館の外に出るのは初めてだった。いろいろなものが目に飛び込んできて、好奇心を掻き立てられる。
でも、必死に我慢する。あまり人に関わったりして亜人であることがバレたら最悪だ。
それに今はご主人からカギを奪うという目的もある。そのために、今はひたすら尾行に徹する。
ご主人は徒歩で一人歩いていく。それも街の喧騒から外れた人気のない方へと進んでいく。
「……」
着いた先は、林の中にある沼のような池だった。薄気味悪い場所だが不思議と嫌な気分には成らなかった。
ご主人はなにやら持ってきた棒切れの先に糸を括り付けて池に垂らしている。一体何をしているのだろうか。
「!」
ご主人の持つ棒切れが震え、とっさに垂らした糸を池から引き出す。すると……。
「あ……さかな……?」
糸の先には魚が引っかかっていた。もしかして、これが噂に聞く『釣り』だろうか。
じゅるり、とつい涎が垂れてしまう。私達姉妹はみんな魚が大好物だ。たまに食卓にあがるが、それはかなり稀だ。
魚は海の生き物らしいので内陸である私達の住む街にまで滅多に運ばれることはないって聞いたけれど、こんな山奥でも魚が獲れるのは全く知らなかった。
「くっ……」
ご主人は釣りに四苦八苦している。せっかくかかっても逃げられてしまったり、取り逃がしてまったり。一回目のあれはまぐれだったみたいで、あれから一匹も釣れてない。
初見の私ですら心配してしまうほどの不器用さに、つい笑ってしまいそうになる。完全初心者の私の方が上手いんじゃないだろうか。いや、きっと私のほうが上手いに決まってる。
ふとご主人が池から離れる。何故かは分からないがこれはチャンスだ。
そーっとご主人が持っていた棒切れへと近づいて、そして。
「えいっ」
迷うことなく、私は初めての『釣り』を敢行する。
今の私の頭の中には離れのカギを奪取することなど無く、ただ釣りをしてみたいという好奇心しかなかった。とにもかくにもご主人の下手くそな釣り様がいけない。
ご主人よりもうまく釣れる。そして見事釣ることが出来たら御馳走が増える。自信もついてお腹も膨れて一石二鳥だ。
「……」
しかし、中々かからない。早くしないとご主人が戻ってきてしまうというのに。
早くかからないかな、早くかからないかな。気ばかり焦ってしまう。
「!」
かかった。竿を引いている。やった。
これを引けば魚が釣れる。これならご主人が帰ってくる前に釣り上げることができそう。
…上手くやれる。私はご主人なんかより上手く釣りが出来る。それを証明する。
「…っ」
だが、思ったより魚の力が強い。
普段は死んだ魚を食べているだけだから知らなかったが、魚はこんなにも力が強い生き物だったなんて。
負けじとこちらも引っ張る。しかし。
「!」
バランスを崩して、池の中へと落ちてしまう。
…私は、釣りを甘く見過ぎてたんだ。
「うっ……わ……あっ……だ……だれ……か……!!」
お風呂以外の水に入ったことが無い私にとって、こんな深い池に落ちたことなどあるわけがなく。
泳ぐことすらできず、そのままもがいて、溺れて……そして……。
“……ョ……ミッ!”
声が聞こえた気がした。誰かを呼ぶ、誰かの声が。
そして誰かの腕に掴まれ、水面へと引き戻された。
「……」
気が付いたら、私は池のほとりで倒れていた。
「気が付いたようだな」
傍らには、怒り心頭のご主人がいた。
そして私が上体を起こすと同時に、頬を引っ叩かれる。
「……」
「……まさか黙ってついてきてたなんてな。しかも泳げもしない癖に池に落ちやがって。
……お前、死にたいのか?」
「……」
よく見るとご主人も全身濡れている。もしかして私を助けるために池に飛び込んでくれたんだろうか。
私の傍らにはタオルのようなものも置いてあった。
「いい機会だネコ次女。お前はかなりお転婆だからしっかり言っておいてやるよ。
好奇心旺盛なのはいいがな、それで死んじまったら元も子もないんだぞ?
死んだ張本人のてめえはいいかもしれねえけどな、残されたネコ共のことも考えてやれ」
「!」
そうだ。私が死んだら、きっと……いや、必ずルーメもタテハも悲しむ。
泳げもしない私が池の傍に近寄るどころか釣りなんて、軽い気持ちでしてはいけなかったんだ。
私は二人に、とんでもない裏切り行為をしてしまったんだ……。
「風邪ひく前にとっとと帰れ、クソ猫。お前今日は晩飯抜きだからな」
そう言って、ご主人はまた釣りを再開する。
私はその言葉に従うように、一人帰路に着いた。
「……」
帰る途中、殴られた頬をさすりながら何度も何度も考えていた。
私が居なくなって、そして二人だけが残されたとしたら。
そしたらきっと、二人は悲しむ。それは姉妹だから分かる。私が同じ立場だったら絶対に悲しいから。
私が、同じ立場だったら……。もし二人に先立たれて、私だけ残されてしまったら。
「~~~ッ」
心が凍りつく。そしてキリキリと痛む。
私達は、仲良し三つ子。だから一人も欠けてほしくないと願った。
なのに、私は浅はかなことをしてしまった…。私は、バカだ。
好奇心にばかり惑わされて、私は命を捨てようとしてたんだ。
その晩、ご主人が言った通り私の分の食材は支給されなかった。
代わりに二人には多くご飯が支給されていたので、二人がこっそり分けてくれた。
……そういえばいつもそうだった。私達はいつも三人一緒。
物を恵んでもらう時も三人で分かち合い、食事も三人で分け合う。いつだって平等に分け合った。
だからたとえ私だけが飯抜きにされても、この二人は必ず分けてくれるんだ。
私達は、今までずっと三人で支え合って生きてきたんだ。
「……」
やっぱり私は、この二人が大好きだ。どれだけ殴られようと、一緒にいたい。
私はもう二度と二人を悲しませるような裏切りは働かない……そう、誓った。
つづく。




