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私は奴隷ネコ  作者: favony
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第1話「ネコ嫌いご主人」


「猫の分際でオレに近付くんじゃねえ!」


怒号と共に頬を引っ叩かれる。視界が反転して床に体が打ち付けられた。

痛い。叩かれた頬が痛い。床が冷たい。


「なんだその目は。お前は俺の奴隷(ペット)だろ? その目が主人に対する目だというのか!」


「……」


「チッ……」


目の前の中年男……私のご主人はいつもこう。

少しでも近づけばぶん殴られ、私達を甚振(いたぶ)ろうとする。

奴隷である私達が主人を(おとし)めるべきではないのかもしれないけど。

この男は、最低の部類の人間だ。


「大丈夫? ヨミちゃん」


「ん……大丈夫。いつものことだし……」


ご主人が去った後、ずっと見ていた姉のルーメが私に近寄ってきた。

心配性で気弱。だけどとても優しい自慢の姉だ。


「お姉ちゃんはいつも迂闊(うかつ)だねー、あの人に近付けばああなることは分かってたはずでしょ?」


「ん……」


妹のタテハも近寄ってくる。陽気でひねくれてるけど、私のことを心配してくれているんだろう。


私達三人は姉妹であり、三つ子。

姉のルーメ、妹のタテハ、私ヨミ。

私達は亜人にして、ネミ族というネコとヒトの特性を持つ種族だ。



***************



「逃げた方がよくない?」


労働の時間が終わって私達が居住している貧相な小屋に帰るなり、タテハがいつもの軽い感じで提案をしてきた。


「逃げるって……タテハちゃんどういうこと?」


「そのまんまの意味。これ以上アイツの奴隷なんかしてたら体中傷だらけになっちゃうよ。

ま、主にお姉ちゃんの体だけどね」


そういいながら私を見てヘラヘラ笑ってくる。

本人は私のことをバカにしているつもりなんだろうけど、タテハが私のことを心配して提案してくれていることを知っているから別段腹は立たない。


「うーん、そうねぇ……」


ルーメもその言葉を受けて思うところがあるのか、考え込む。

気弱なルーメがあのおっかないご主人のことを嫌うのは分かるし、タテハも良くは思っていないだろう。

私は……。


「私は、反対」


「え、どうしてさ」


「私達は亜人(あじん)。この人間の世において、私達が生きていくには奴隷として生きていく他ない」


「そうかなぁ。私達はもっと自由に生きてもいいと思うんだけどなぁ」


「……私だって、できるなら自由に生きてみたい。奴隷として殴られて生きる生活なんて、イヤ」


「じゃあ」


「……タテハちゃん。私達がここを逃げ出したところで、生きていける確証はないのよ?」


「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん! うまく人間に紛れて暮らせば……」


「タテハちゃんでもわかるでしょ……? この耳と尻尾……人間に紛れるにはこれがどうしても邪魔になるわ」


そう言ってルーメは自身の頭のてっぺんとお尻……私達ネミ族の特徴である大きなネコの耳と細長い尻尾を指さす。

私達ネミ族はこの耳と尻尾さえなければ人間と大差ないほどに、人間に近い種族だ。


「帽子とかカツラとか色々方法はあるよ! 尻尾なんて服の中に忍ばせちゃえばまずわからないし」


「……じゃあこれはどう? これがある限り、亜人であることを隠せても奴隷であることは隠せないわ」


ルーメは自身の首元…大きな首輪を掴む。

ネームプレートが付いた、奴隷の証である金属製の首輪を。


「こ、こんなもの大きなマフラーとかで隠してごまかせば……!」


「……夏になったらどうするの? 暑い中マフラー巻いていたら絶対不自然よ……?」


「う……。だったら冬のうちに人気のない山奥とかに逃げるってのはどう!? 

もし見つかってもまた逃げればいいんだし」


「そんな逃亡生活がうまくいくわけないじゃない……ねえ、ヨミちゃん……」


「……ううん、多分やれば出来ると思う。タテハのアイデア自体はどれも悪くない、と思う……」


「そう、なの?」


「でもきっと、そんな生活を送っていれば遠くない未来、私達はバラバラになる。

ううん、バラバラになるだけならまだマシ……。

去年の冬に熱を出してダウンしていたタテハなら、ここよりも劣悪な環境で冬を越すことの意味がわかるハズ、だよ……」


「ッ……」


「タテハ…私達はマシ。こうやって姉妹揃って生きていられるんだから。

こうやって三人仲よく暮らしていけるのなら、殴られることぐらいどうってことない」


「で、でも……! 私……、私ね……。……恐い……すごく、恐いの……。

まだ私達はちびっ子だけど……でも大きくなって、その……体つきもさ、女っぽくなったら……さ……」


「……」


いつも陽気で元気なタテハの涙ながらの告白に、ルーメも私も俯いて何も言えなくなる。

……そんなの、私だって考えていた。

力仕事にも向かない私達女の奴隷を買う理由なんて他にない、から。

だから、いつかそうなるのは避けられないんだ……。


「その時は……その時は私がみんなの代わりに、なる。

二人に手出しは、させないから……」


「そんなのダメだよ。ヨミお姉ちゃん一人でなんて」


「そ、そうよ。ヨミちゃんだけが嫌な思いするのなんて……ダメよ。私達は三つ子の姉妹……。

ヨミちゃんが代わりになるのなら、わ、私だって……」


「タテハ、ルーメ……」


ルーメも、タテハも、震えてる。……私も。


誰だって怖いのは一緒。私だって、恐い。

それでも、死ぬよりはマシなんだ。

三人平穏無事で暮らせるのなら、それくらい構わない。

きっと、ガマンできる……。


********


簡素な夕食を済まして、何をするでもなく窓から空を見上げる。


……もうあれから、六年。

私達三つ子が買われた日から……。


「……」


貴族と貧民で二分化されてしまった世界。

富む者はとことん富み、貧しい者はとことん貧困にあえぐ。

働けなければ死と繋がり、働くことができてやっと明日に生を繋げる。

……金と、体だけが全ての資本社会。

命の価値が、とても小さな時代。


そんな世界に私たちは生まれ、そして……捨てられたんだ。


当時どうして捨てられたのかは覚えていないけど、それでも捨てられたという事実だけは理解できた。

この先どうなるんだろう、このまま飢え死にするのかな、それとも凍死かな……

そんなことを三人で話し合いながら抱き合っていた。

まだ四歳の私達に生きる術など知る由もなく、ただ寒さに震える体をお互いに抱き合って温めることしかできなかった。


だが死を覚悟した捨て子生活は、私達の前に(みにく)い風体の男が現れたことで三日と経たずに終了した。


「フ、フフフフフ! これはとんだ拾いモンだ! まさかネミ族の女が手に入るなんて…」


……その男は奴隷商人だった。私達はその日のうちに奴隷市場へと連れて行かれて売りに出された。


「今日の目玉商品はこちらだよ! ネミ族の少女三人だ! どれもまだ傷一つない新品! 

愛玩用として評価急上昇中のネミ族の女が手に入るのは今だけだよ!」


言っていることの半分も理解は出来なかったが、とりあえず私達が商品として売られていることだけは分かった。


「……」


その時に理解できた。私達にもう人としての尊厳は有り得ないのだと。

私達は、売り買いできるモノでしかないのだと。


ネミ族の女がいると聞いて、色々な人が寄ってきた。よほど私達は稀少(きしょう)らしい。

しかし誰もが奴隷商人のおじさんと話をするたびに渋い顔をして去っていく。私達を買うことなく。

今になって思えばその人たちの反応も理解できる。

私達ネミ族は稀少性の面から法外な値段で取引されるらしい。富豪や貴族でも少し迷うレベルの価格で。

……おまけに私達は『即使用』するにも幼すぎる年齢であったことも買い手を躊躇(ためら)わせた原因の一つだったのだと思う。


なによりこの辺は街全体が裕福とは言い難い。この付近に私達を買えるほどの富豪は滅多(めった)にいない。


私達が売りに出されてから二日目、少し身なりの良い男が現れた。おそらく貴族だろう。

その男を見た第一印象は“身なりこそいいが酷く憔悴(しょうすい)しきってくたびれた男”というものだった。


「……ん?」


その男が私達の前を通りかかった時に、目があった。

……酷く疲れ、光も灯らない漆黒(しっこく)の瞳。生気を感じない、死体の目。

私達を見つめ続けること数秒、彼の顔には怒気(どき)が灯る。

激しい憎しみのようなものが、私達に向けられた。


「……ッ」


私達はガチガチ震え上がった。決して寒さのせいじゃない。

売られることよりも、こんなに激しい憎しみをぶつけられたことに恐怖を感じたんだ。


「……ふん。おい店主。質のいい亜人の女はいるか?」


私達を睨めつけるのも飽きたと言わんばかりに鼻を鳴らし、男は奴隷商人に話しかける。


「亜人の女ですか。種族や年齢にご希望は?」


「この猫みたいな種族以外なら何でもいい。

年齢は特に指定をしないが……それなりに成熟していてヤるには丁度くらいのヤツがいいか」


「愛玩用ですね、かしこまりました。ちなみにィ……どれくらいなら出せますかね?」


「これくらいなら出そう。仮にも人を買うのだからな」


「ほほほ!これはこれは……ありがとうございます」


どうやらお金の話をしているようだが、よく分からない。


「ささ、こちらへどうぞ」


二人は店の奥の方へと向かう。きっと奴隷を見繕(みつくろ)いに行ったんだろう。



……それから数分後、彼らは奥から出てきた。店主は酷く焦っているように見える。

どうやら話がうまくいっていないらしい。


「まさかどれもお気に召さないなんて……。何故ダメなのです!?」


「ダメだろ。オレはヤりたいと言っているんだ。穴の無い種族じゃ出来んわ」


「ではあのふた○りの亜人は?」


「オレはノーマルだ。そこまで特殊な性癖は持っていない」


「……男ではだめですか?」


「他の奴隷商人を当たらせてもらう」


「冗談です! だから少しお待ちを!」


「待ったところで、お前の商品にはロクなのが居ない。

……まあ、あんな猫のような幼女共を目玉商品として店頭に並べている時点で高が知れていたな」


「お言葉ですがねェ、あれは稀少なネミ族の新品ですよ? 

あれがどれほどの価値があるのか分かってませんね旦那ぁ」


「まったく分からん。そもそもそのネミ族というのはなんなんだ」


「ネコとヒトの特性を(あわ)せ持った種族でしてね。ほら、見た目は人なのにネコの耳が生えています。もちろん尻尾もありますよ」


「やはりネコの一味か。俺はネコが大嫌いだ」


「おや、左様ですか」


「……しかし店主、売りに出すにもやたら幼すぎだろう。これじゃあ愛玩用だとしても売れないんじゃないのか?」


「いやあ旦那、これが結構小さい女の子の方がいいって連中が居ましてね。

ま、ここまで幼いと厳しいですが、それでも老けているより若いに越したことはありませんからね」


「なるほどな。確かにそれは一理ある」


「おや、旦那もいける(くち)ですか。小さい子が好きな」


「違う!……若い方に越したことはないという点についてだ。

成長して色々と経験すればきっといい女に育つだろうからな。

……まあ、こんなゴミ溜めではいい経験は出来んと思うが」


「ゴミ溜めとは失礼な。

そもそもそんなゴミ溜めにヤるための女を買いに来る旦那も人のことは言えんでしょう」


「違いないな」


またこの男の人と目が合う。空虚(くうきょ)な瞳に、何処か憐憫(れんびん)にも近い感情が見えた。


「……店主、気が変わった。そのネミ族の少女を貰うぞ」


「!」


今、この男の人がなんと言ったのか一瞬だが理解ができなかった。

貰う……買う? こんな怖い人が、私達を?


「おや、どういう心変わりで?」


「ヤって捨てる一度限りの消耗品なら高かろうと嫌いなネコだろうと関係ないと思っただけだ。

(むし)ろ嫌いだからこそ、メチャクチャにするのもヤり捨てるのも抵抗がないだろうしな」


「おや旦那も鬼畜ですねェ……ま、金さえもらえればどんなプレイでもかまいやしませんがねぇ。

さ、どれにするんで?」


「三匹全部だ」


「おおっと? 旦那……金、足りるんですかい?」


「金ならある。案ずるな」


「へへ、たった一度きりの(なぐさ)みモノにするってのに全財産捨てるんですか?

とんだ変わりモンだね旦那ぁ」


「案ずるなと言ったはずだ。ま、せいぜい楽しませてもらうだけさ」


男が私達に近寄ってきて、ポン、と私の頭に手を置いた。

彼の手は酷く冷たい。まるで人間の手では無いような、怖い……というよりは不思議な手だった。


「来い、ネコ共。お前たちは今日から俺の奴隷ペットだ」


それが、私達の主人となる男との出会いだった。


「お前たちは俺の奴隷だ。お前達には首輪をつけさせてもらう。

当然だがお前たちに人権などない」


そう言って付けられた私の首輪には『ネコ次女』と書かれたプレート。

その日から私達はそう呼ばれるようになった。決して本名で呼ばれることはなかった。

……私達亜人に、人権はない。そもそも人権という考え方そのものが少し前にできたばかり。

人には人権がある、命がある、尊厳がある。だから人間の奴隷は禁止されつつあり、売買も当然不可能になっている。

でも亜人は違う。私たちはいまだに奴隷として扱われ続けている。

私達にも命があるのに。……人間と、なんら変わらないはずなのに。


「……」


それから六年間、私達はご主人の元で奴隷を続けてきた。

主な仕事は広大な面積を誇るご主人の館の掃除や、ご主人の雑用。

一見楽そうに聞こえるけど、決してそんなことはない。どれも大変な仕事ばかりだった。

館内清掃は重労働だし、高台に設置してある大きな時計の掃除なんて命がけだった。

それだけじゃない。仕事中にご主人である彼と会った際に不用意に近寄れば殴られる。

先ほどもそれで殴られた。


過酷な労働。私達は休むことなく働き続けた。それなりにやりがいもあったけれど。

やっぱり私達が一番恐れていること……それはいずれ仕事の一つに夜の世話が追加されること。

奴隷なのに、そんなことが怖くて仕方がない。


「ほらヨミちゃん、いつまで起きてるの? もう寝なさい」


「あ……うん」


気が付けばもう夜になっていた。明日も早いからもう寝なければならない。

明日も果てしなく広い館の掃除。誰もいない館を、ただひたすら掃除するだけの作業。

ついでに自分たちの炊事と洗濯。そしてまた、不用意に近寄って殴られる。そんな生活の繰り返し。

仕事が辛いのはどうしようもない。でも、殴られるのはイヤだ。痛いのは誰だって嫌に決まっている。


……それでも私が毎日のように殴られているのは、二人にも話していない理由がある。


私は、ご主人であるあの男のことが信用できない。何かを隠している。

ご主人の秘密を暴きたい。それこそ、私が殴られている本当の理由だ。


秘密を暴いて、弱みを握れば……もしかしたらいつか追加される夜の世話を回避できるかもしれない。

その為にも……私は、ご主人の秘密が隠されているであろう「離れ」の中に入ってやる。

そして、全てを暴いてやるんだ。



つづく。


初投稿です。楽しんでもらえたら幸いです。

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