第17話「ルーメ」
夜。
私は部屋で明日の準備をする。明日の公演、そして……告白。
明日、全てが決まる。全てが終わり、そして全てが始まる。それがどんな形なのか分からない。
……分かっていることは、明日の夜私は泣いているだろうということだけ。
どんな結末を迎えようと、それだけは決して避けられない。
私は、泣き虫だから……。
「……」
……よし、準備は終わった。あと必要なのは心の準備のみ。
いや、心の準備なんてとっくに出来ている。
今日、タテハにいっぱい助けてもらったんだ。まだ心の準備が……なんて言ってられない。
「……ッ」
それでもやっぱり、恐い。想いを伝えるのは恐い。恐いものは、恐い。
恩返しという名目じゃなく……単純に『好き』というこの想い。
この想いが拒絶されたら、傍へ行く理由が本当に何もなくなってしまう。
きっと、二度と会うことすらままならない……そんな気さえしてしまう。
恐い。恐い。……このままも嫌だけど、想いを伝えて拒絶されるのは、ただただ恐い。
……考えても、ダメだ。もう、寝よう。
「……」
床に入ろうとした直前、部屋にルーメが入ってくる。
(この部屋は私とルーメ二人の部屋なので別段おかしいことではない)
「あら、ヨミちゃんもう寝るの?」
「……ん。明日、公演だから」
「そう。……そう、よね」
「……それに、昨日突然中止しちゃった、から……今日まで休むわけにはいかない」
「そう、ね。……でも、大丈夫?
……ヨミちゃん、その……夜にご主人のところ、行くんでしょ?」
「……大、丈夫……大丈夫、だよ」
公演自体は、大丈夫。
……きっと、その後も、大丈夫の、ハズなんだ。
たとえ大丈夫じゃなかったとしても、ルーメを心配させたくない。
「大丈夫じゃないわ。恐いんでしょ?……見ればわかるわ」
「……ルーメは心配性過ぎ。私は、大丈夫」
何が何でも大丈夫と言い張る。
きっとそれは、ルーメに心配をさせたくないと同時に……自分を奮い立たせるためのものでもあったのだと思う。
「そう……分かったわ。でも、無理はしちゃダメよ? いい?」
「ん……。ルーメ、いつも心配してくれて、ありがと」
「お礼を言われるようなことじゃないわよ……私なんて、心配することしかできないもの……。
タテハちゃんみたいに機転が利くわけじゃないし、ね……」
「ルーメ……?」
「私ね、ヨミちゃんの力になりたい。でも……その、やっぱりまだ、気弱なのね。
こうすればいい、とか……ああすればいい、とか、その……全然わからないの。
私、ホント……バカよね……。お姉ちゃんなのに何もしてあげられない」
ルーメは、酷く落ち込む。それを見て、私の胸が痛んだ。
……私がうじうじしていたせいで、ルーメが落ち込んでしまったんだ。
あんな見え見えの虚勢で、ずっと一緒だったルーメを欺くことなんて出来る訳ないんだ。
「……」
何もしてあげられない、そうルーメは言ったけれど。
でも……でもね。私、知ってるよ。
「……ルーメ。私、ルーメが私やタテハのこといつも見守ってくれてること、知ってるよ。
……タテハの様子をたまに見に行ってることや、こっそり私の公演に来てることも、知ってるよ」
「えっ……知ってた、の?」
「ん」
落ち込んでいたルーメの顔が、みるみる赤くなっていく。
「ヨ、ヨミちゃんヒドい……知ってて黙ってたなんて……」
「ごめん……。でも私、ルーメがいつもそうやって見守っててくれてるの、とても嬉しいよ。
昔からずっと、見守っててくれた。何も言わなくても、気付かなくても、傍にいてくれてた……。
私とタテハの……立派なお姉ちゃんだよ」
「……あり、がとう。
…………ありが、とうっ……ヨミ、ちゃん……ッ」
ルーメは顔を伏せて、手で顔を覆っている。
「……泣いてる、の?」
「私は、泣かないわ。……お姉ちゃん、だもの……」
ルーメは、昔から変なところで意固地だ。
姉の威厳を気にするのなら、わからないでもないけれど……。
「ダメね、私……。私がヨミちゃんを勇気づけてあげなきゃいけないのに……」
「……」
「でもね、ヨミちゃん……私、信じてるわ。
ヨミちゃんの行動が間違っていたことなんて、ないもの。だから自信を持ってほしいの」
「ん。ありがと……。
その言葉だけで、十分だよ。ルーメ」
恐いのは、未だに消えない。それでも……。
ルーメが信じてるって言ってくれて、少し楽になった気がする。
恐い。怖いけれど……きっと一歩踏み出せる。そんな気がした。
「……」
私はそっと、目を閉じた。
この時、私の頭の中にある考えが生まれていた。
********************
次の日の、昼過ぎ。
私は舞台に立ち、大勢の観衆を前にしていた。
これから始まるのは私のステージ。
私は目を閉じ、そして深呼吸をする。その様子を見た観衆たちは、静かになる。
「……」
歌を歌う前兆……みんなはそう思っているだろう。
きっとピアノ担当の彼もそう思っているだろう。
私は、私のしたいようにする。私が私らしくあるために、私がご主人を想う少女であるために。
そっと、口を開く。歌ではなく、話を始める。
「……歌う前に、みんなに聞いてほしいことがある」
観衆がざわつく。なんだなんだ、昨日の事か、などと反応は様々。
ざわつきに構わず、私は続ける。
「私には、片思いの人がいるの。
今日……この公演が終わった後、想いを伝えたいと思ってる。
でもその前に、みんなに謝らないといけないことがある、の……」
ざわつきが収まる。観衆の顔はどれも険しい顔をしている。
……見ていられず、私は目を強く瞑りながら……告白した。
「……私の歌は、亜人と人間共存の為に歌った歌なんかじゃない、の……。
私の歌は、ずっとその人のことだけを想った歌……。
だから、ね……私、みんなの考えているような人じゃないの。……騙していて、ごめん」
「ごめん、なさい……」
頭を下げる。静まり返り、静寂が場を支配した……のはほんの僅かだった。
「あっはっはっはっは!!」
「……?」
頭を上げて目を開くと、皆が大笑いしていた。それは卑下したような笑い方や含み笑いではなく、底が抜けたような馬鹿笑いだった。
な、なんで? なんで笑うの?……何故か少しムカッと来てしまった。亜人であることをカミングアウトした時以上の告白なのに。
観衆の一人が、大きな声で叫ぶ。
「ヨミちゃんが恋してることなんてみんな知ってるわぁぁぁー!!」
「……え?」
今の声。それは、私にとってずっと一緒にいた大事な家族の声。
奴隷の頃からずっと私のことを見守っていてくれた、大きな存在。
私もタテハも敵わない……『お姉ちゃん』の声。
その声を皮切りに、観衆たちの声が続く。
「ヨミが恋してるってこと知らない人なんてこの場には一人もいないよぉー! 聞いてればわかるもん!」
「そうだそうだー!」
「え? え?」
困惑する私をよそに、みんな思い思いに叫ぶ。
「共存のための歌なんて、ヨミの歌をちゃんと聞いてないヤツの妄言だろぉ!」
「そうだぜ! 俺たちヨミファンは亜人だの人間だの共存だのを夢見てここに足を運んでたわけじゃねえや! みんなヨミの恋心詰まった歌声に惹かれてやってきてんだよー!」
「好き好きオーラぱねえヨミ様最高―!」
「は、はぅ……」
今、自分の顔が真っ赤になっていることが分かる。観衆の熱気に帯びているはずの舞台の空気ですらひんやり感じるほど、頬が熱い。
私の想い、バレバレだったの? 誰かとまでは分からないと思うけれど、それでも……恥ずかし過ぎる。
「オレ、ヨミちゃんの歌聞いてたら恋したくなっちゃってさ!
それで……その……オレ亜人だけど……人間の彼女が出来たんだぜ!」
「え?」
さりげなく彼女が出来ました自慢をされた。
みんなの視線が彼に注がれる。
「マジかよお前! みんな!こいつを殴っちまえ!」
「ふへっ……あ、相手ももちろんヨミちゃんのファンでさ……今日も一緒! ふひひひひ!」
「やっべ、野郎許せねえ! 幸せオーラぷんぷんでマジ許せねえ!
ま、俺も亜人の彼女が出来たんだけどな! 相手はヨミちゃんのファンってわけじゃねえけど」
「おいコイツも殴れ! 俺が許可する!」
「私も私も! 亜人同士だけど、彼氏が出来たよ!
ヨミのこと知らなかったから今度彼氏と一緒にくるつもりなの!」
「お、オレ彼女いないけど……よ、ヨミちゃんが一番大好きだああああ」
「は?俺も好きだし! 彼女いるけどヨミの方が好きだし!」
「ばっきゃろー! この場にいる全員ヨミちゃんのこと好きに決まってんだろ!」
「ヨミ様ぁぁぁぁ結婚してぇぇぇ! 私だけを見てえええ!! 私女だけどぉぉぉ」
「おいあの女ボコすぞ、マジで! 独り占めなんてさせねえよ!?」
「ヨミちゃんが誰かとイチャつくのなんて考えられないよぉ!
でも、ヨミちゃんが幸せそうならOKかなって思えるんだ!」
「それな!」
「み、みんな……」
色々と腹立つ報告もあったりしたけど。けれど……。
なんで、そんなに私のことを想ってくれるの? 私ずっと騙してたのに。
私はただの、自分勝手なネコなのに。
「なんで……なんで私のこと、責めないの?」
「だってヨミちゃん、その人のこと好きなんでしょー!? それを責めるなんて誰にもできないよ!」
「そうですよ! 俺たちばっか幸せにしてもらったのに、肝心のヨミ様が幸せになれないのはおかしいです! むしろ全力で応援しますよ!」
「そうだそうだ! 俺達、ヨミの歌声にずっと助けられてきた!
俺達ヨミファンがヨミを責めることなんてするわけないだろ! ふざけるな!」
「ヨミちゃんの恋心詰まった歌声もいいけど、想いが成就して幸せいっぱい詰まった歌声も聞きたい!
ねえみんな!」
「聞きたい!」
聞きたいコールが沸き上がる。
「え……? わたし、またみんなの前で、自分の想いを込めただけの歌……歌ってていいの?」
「歌ってそういうもんだろー! なめんなよー!」
「ヨミちゃんは自由気儘な野良ネコ! 自分がしたいと思ったことをして欲しいの!
ここにいるだれもが、それを望んでいるのよ」
最初の声……そして、今の声。この大観衆の中で唯一、誰のものか分かる。
私がよく知っている、私の……たった一人の、姉。絶対に、聞き間違える訳がない。
……ルー、メ。
いくら臆病をいくらか克服して自信がついてきたとはいえ、こんな舞台で声を出すようなことは絶対にしないのに。
私のために、声をかけてくれたんだ。私のこと、今日も見守ってくれているんだ。
何もしてあげれらないなんて嘘っぱちだよ……バカルーメ。
「よく言ったおばさーん!」
「え? おば……え? 私まだ15……」
ルーメの姿はどこなのか分からないけれど、かなり狼狽えていることは分かる。
……確かに声だけ聞けばおばさんに聞こえなくもないかも、だけど……。
「……みんな、ありがとう。でも最後おばさん言った人だけは退場だよ……」
「え!? ちょ」
「……ウソ。退場はしなくてもいいよ。でも、女の子に向かっておばさんなんて言っちゃ、ダメだよ」
私は目を閉じて、想いを馳せる。いつもと同じ仕草だけど、今日はいつもと違う。
今日だけは、『ありがとう』を想いに込めよう。
「…………みんな、私のこと理解してくれてたんだね……。私、みんなのこと、大好き。
今日は……本当は、一番あの人のことを想って歌わなきゃいけない日だけど……でも。
今日はね、大好きなみんなの為に……歌うよ」
「わああああああ!」
「素敵いいいいい!」
「俺たちも大好きだぞおおおお」
「幸せになってええええヨミさまああああ」
私の想い、理解しててくれて、ありがとう。みんなの心には届いていたんだね。
だったらきっと、ご主人にも届く。私の歌を理解してくれる人が、こんなにもいっぱいいる。
もう恐れない。もう逃げない。私はやっと、私を理解できた。
大好きなみんなの為に……そして、いつも見守っていてくれる姉の為に。
きっとルーメは、自身が大声を出したことを私に気付かれていないと思っているだろう。
気付いていたと伝えれば、きっと赤面して恥ずかしがるだろう。大声を出すことははしたないことだと思っているだろうから。
今回は、気づかないフリをしておいてあげよう。それが私なりの、ルーメへの感謝の気持ち。
……ありがとう、ルーメ。大好きだよ。……きっと立派な、お医者さんになってね。
私もね……頑張るから。だから……ずっと見てて。ずっとずっと……遠くからでもいい、見守っていて。
**********************
「今日のヨミちゃんは最高だった!」
「バッカ今日“も”だろ!?」
「あー、どんな男なんだろ、あのヨミを夢中にさせる男って」
「そりゃ超絶イケメンの美男子だろ、お前とは対照的な」
「おまっ……まあそうだろうけどよ。でも羨ましいぜ」
「でもあのヨミが選んだ男だ、きっと外面だけじゃなく、中身がすごいんだろうなぁ」
「中身勝負だったら俺もそいつとタメはれるな!」
「あっはっは、そうかもな」
「……否定されるより辛いわ」
公演時間が、終わる。
気合を入れた分、疲労も大きい。でも、いつもよりも心地の良い疲労だ。
少しフラつく。でもここで休んでいるヒマはない。
荷物をまとめ、準備をする。……これからが、勝負なんだ。
私は裏口から、そっと外へ出る。
「……」
綺麗な三日月が、黒い空に浮かんでいる。星もない虚空に独り……月が、浮かんでいる。
ただただ寂しげに、月はこちらを照らしている。
きっと、届く。私は、きっと、星になれる。あの月に寄り添う、輝く一番星に……なってみせる。
たとえそれが一夜限りの流れ星だったとしても……構わない。
「……」
歩き出そうと一歩踏み出したところで、後ろから声をかけられる。
「やあ、ヨミ! 今日は一段と凄かったな!」
後ろにいたのは、ピアノをいつも弾いてくれている彼だった。
やたらとテンションが高い。いつもそれなりにテンションが高いが、今日はいつにも増して高く見える。
「ん……ありがと」
「そういえばこの後好きなヤツに想いを告げるんだよな!
いやはや、ついに決心してくれたか。嬉しいよ……」
彼は、何かを期待しているような奇妙な笑みを浮かべていた。
つづく。
次回、最終回予定です。
……どうぞ最後までお付き合いくださいませ。




