第14話「奴隷だった少女達」
初老の男性の後ろから出てきたヤソは、私たちの前までゆっくりと歩いてくる。
「ヤソ……! なんでそんなことをしたの!?」
「こんな欺くような形になってしまい、非常に申し訳ないと思っています。
ですが色々とよからぬ悪巧みをしているようだったので、こっちももう手段を選んでいられなくなったんです」
「はぁ、本当に筒抜けだったんだね」
「その人が奴隷だった頃のタテハさんの主人だったことは知っています。
なのに何故そこまで気をかけるんですか? 私には理解できない」
「……同じ奴隷出身の亜人仲間とはいえ、ヤソはやっぱり私に心を開いてくれていたわけじゃなかったんだね」
「そんなことはありませんよ。私はね、タテハさんのことを非常に尊敬しています。行動力、決断力、人柄……全てを尊敬しているんです。
なのにこんな男の脱獄を画策するなんて。亜人権のトップになられるだろうお方である貴方がこれ以上バカな行動をしないでください。
この男は亜人奴隷を六年間という長期に渡って甚振った……。罪を受けるには十分な理由だと思います」
「お願いヤソ、見逃してくれないかな」
「ダメです。こればかりは見逃すわけにはいかないんです」
「あまり手間をかけさせてくれるなタテハ殿。とにかくこの男は引き渡してもらう」
役人の男性が、眠っているご主人の牢に手をかける。
「……待って。お願い、ご主人を連れて行かないで」
「誰だね君は、見たところ亜人のようだが……ん? その顔……」
私の顔を檻越しに見つめる役人の顔が、驚愕の色へと変わる。
「き、君は『猫歌姫』ではないか! 何故牢獄の中にいる!?」
「……これはですね、彼女自身が望んだことなんです。『猫歌姫』もタテハさんと同じようにこの男を随分気にかけていまして。
彼女もタテハさんもこの男の奴隷だったというのに、何故か主人であったこの男をかばうんですよ」
「……何故だ…何故なのだね『猫歌姫』。君は亜人と人間の世を作った立役者のはず。
それなのに何故だね。輝かしい功績を持っている君が何故、亜人を奴隷としてこき使っていた男をかばう?
この男のような、亜人を奴隷として扱っていた貴族は君たちにとって相容れない敵のはずだろう?」
「……」
「……一度だけだが、君の歌を友人に誘われ聴きに行ったことがある。とても素晴らしい歌だったよ。
綺麗な歌声だけではない、人間と亜人の共存と平和を願って歌っていた君のその姿勢がどこまでも美しく見えた。
私がこの仕事についているのも、君の影響かもしれない。……今君がやっていることは、君の歌を真っ向から否定する行為だと思うのだよ」
……そっか。この人も、私の歌を聞いてくれていたんだ。
この人も、私の歌を聞いて、勘違いしているんだ。
「……なん、で。なんでみんな、表面しか見てくれない、の? みんな、私のこと、分かってくれない……。
私はこんなこと望んでいない……こんな名ばかりの共存と平和なんて、望むわけがない……!」
「……なに?」
「確かに私達亜人はずっと甚振られてきた。亜人であるという理由だけで。
でも、今度は逆。私達亜人を奴隷として甚振っていたという理由だけで、この人を甚振る……」
「罪があるから罰せられるんです。当然のことでは?」
「……貴方が何を知っているの?」
私は立ち上がると同時に檻を掴み、向こう側にいるヤソを睨みつける。
「貴方が知っているのは私達がご主人に奴隷として甚振られていたという『罪』だけ。貴方はご主人の『罪』しか知らない。
……私は、暖かくて、大事で、素敵なものをいっぱい貰った……! 家族を貰った、自由を貰った、想いをいっぱい……もらったの……!。
この人にも罪はあるかもしれない……けれど、もっと大事なものいっぱい……もらった……!
だから、だからかばうの……いっぱい貰った……恩を、返したいから……」
「あ……でも…………くッ……」
ヤソは何かを言おうとしていたが結局言葉にならず、そのまま言葉を失ってしまう。
「……なんということだ。私は今まで間違っていたことをしているつもりなんて、なかったつもりなのにな。
亜人を甚振っていた者は問答無用で処罰するべきだと思っていた。それこそが今の世において正しいことだと信じていたのに、な。
……こんなにも奴隷だった亜人に好かれている主人が居たなんて……思いもしなかった。考えもしなかった」
ヤソは、俯いている。表情は読み取れない。
分かることは身を震わせながら、歯噛みをしていることだけ。
「……ああ、なるほど……分かった、分かりました。
彼女は唆されてしまっているんですよ。この悪い主人に、騙されてしまっている。タテハさんも『猫歌姫』も騙されているんです。
思い出してくださいよ二人とも。私達は奴隷、ずっと甚振られてきたじゃないですか。忘れたんですか?
主人はいつも私達に暴力を振って、甚振って、愉しんで…。ずっと苦しかった、ずっと辛かったじゃ、ないです……か。
どんな主人だってみんな同じ。どんな主人だろうと変わらない。愛情や優しさなど一片もあり得るわけ、ないんです……!!」
ヤソは、震えている。小刻みに震えている。
過去のトラウマにおびえるように。
「……貴方が奴隷時代どんな生活を過ごしていたか分からない。でもとても辛い思いをして過ごしていたことは、分かる。
よっぽど酷い主人のところにいたのかもしれない。……それは、とても悲しいことだと思う。
でも……残念だけど、私達のご主人は貴方の主人とは違う。主人が違うからこそ『今』ここにいる私達と貴方が違う……!」
「な、何が違うというんです? 同じ、奴隷じゃないですか」
「私……ご主人といる時、幸せだった。殴られるのは嫌だった、けど……それでも、幸せだった。
私、そばにいたい……ずっと一緒にいたい……自由を謳歌している今でも、そう思うの……。
これが私の、嘘偽りない本心。私と、貴方の……決定的な、違い……だよ」
「!!」
ヤソの目が、驚きで真ん丸になって……四白眼になる。
「し、信じられません……は、はははは……信じられない!
『猫歌姫』ともあろう者がこんなイカれた人だったなんて! 有り得ない!」
ヤソは頭を抱えて、半狂乱になって笑っている。
まるで私のことを汚物でも見るかのような目で見ながら、嘲笑っている。
「聞きましたかタテハさん! 『猫歌姫』のあまりにふざけた言葉を!」
「……黙れ」
「え?」
タテハは平手を作って、思いっきりヤソの頬を叩く。
殴られたヤソは茫然自失の状態のまま、立ち尽くしていた。
「た、テハ・・・さん?」
「お姉ちゃんを侮辱することは許さない。……頭を冷やしなよ、ヤソ」
タテハの顔が酷く恐ろしい形相に見えたが、それはほんのわずかな時間。
次の瞬間には、いつものタテハの顔に戻っていた。飄々(ひょうひょう)としている、いつものタテハに。
……タテハを怒らせることだけはやめた方がいいと心底思った。
「は、はははは……タテハさんも、『猫歌姫』と一緒なん、ですね」
「それはどうかなあ。私は別にご主人と一緒にいたいとまでは思わないし。……でも、だからこそだと思う。
多分こんなヨミお姉ちゃんだからこそ、『猫歌姫』として世界を変えるに至ったんだと思うよ」
「……」
「それにね、ヤソ……あなたは人間を信じていない。
貴方と私達の根本的な違いはそこだと思うんだよ」
「……え?」
「貴方は人間のことを憎んでる。怯えてる。仕方のないことかもしれないけど、ね。
貴方が私達亜人に対して度を超えた仲間意識があるのはそのせいだと思ってる。
ま、仲間意識があるのは構わないけど……その偏った意識は人間と亜人共存の理念とは違う」
「……じゃあ、どうしろと言うんです?
あの屈辱を……あの痛みを……全てを水に流せというんですか」
「ずっと恨んだまま、反目しあったまま……そんな状態じゃあ私達はいつまで経っても前に進めないよ」
「だったら私は、亜人権にいることはできない……私は、どうしても人間を赦せないんです。
こんな社会になってなお、私は人間が、憎い……」
ヤソは俯いて、ポタリポタリと涙を零す。
それは憎しみからなのか、それとも赦すことのできない自分に対してのものなのか、私には分からなかった。
この子も、苦しんでいるんだ。過去に負った傷を、今でも抱えたまま生きている。
どうにかしてあげたいけれど、私に何が出来るのだろうか。ご主人のことも助けられない私に、一体何が出来るのだろうか。
……ご主人、私は……どうすればいいの?
“お前たちにあの人たちの罪を赦せなんて言わない。でも……”
……あ……そ、っか……そうだった。
「……ヤソ」
「……なん、ですか……?」
「……昔ね、私の大切な人が言った、言葉。……赦さなくてもいい。赦せなくてもいい。でも、赦す努力をしてあげて欲しい。
だから私はその言葉の通りにした。だから、今回もその言葉の通りにしたい」
「どうするつもりなの? お姉ちゃん」
「……私達に、ご主人を裁かせて」
つづく。
初老の男性役人「途中から私の存在消えてる気がするのだが」
タテハ「筆者が完全に忘れてたらしいよ」
初老の男性役人「な、に……!?」
すみません。でもそのまま投稿します。空気の読めるおじさんということにしておいてください。




