第13話「檻の中へ」
「それでどうするの、ヨミちゃん、タテハちゃん……」
「……ここまで言っといてなんだけど、どうすればいいのか私にも分かんないんだよね」
「……ん」
ご主人を助けるために、三人で頭を捻る。
しかし事が事だけに、そう容易くいい案は思い浮かばない。
「ご主人を監獄から奪取するとかどうかしら。タテハちゃんが説得して」
「さすがにそれは難しいかな。ヤソもそこまで見逃してはくれないと思う」
「こっそり……闇夜の暗闇に乗じて忍び込んでご主人を連れ出すとかどうかしら」
「ルメお姉ちゃんにしては大胆だねえ。でもね、それ下手したら私達までお尋ね者になっちゃうよ」
「……私は、ご主人のためならお尋ね者になるくらい、構わない」
「まあヨミお姉ちゃんならそういうと思っていたよ。……だとしても難しいと思う。
地下二階は窓もないし、地上階への扉も一つ。入口にはいつも看守が立っている……ネズミが侵入する隙間もないよ。
それに……たとえ侵入できたとしても、もう一つ問題があるでしょ?」
「そうなの?」
「……ん。きっと……ご主人が拒絶すると思う。
どんな方法であれ、ご主人は自身の脱獄を決して許さない……」
「それだと、打つ手がないわ……」
「あの、さ……タテハ。……あのね……お願いがあるの」
「なあに、ヨミお姉ちゃん」
「私、を……」
…………。
私は、タテハに頼み込む。
「……そのくらいなら、なんとかなると思う。でも、お姉ちゃんがそれをしたとしても……」
「いいの。私は、私のやりたいようにやりたい。お願い、タテハ……」
「わかったよ。お姉ちゃんの頼み、断れるわけないからね」
「ありがと……」
「じゃあ今日のところは、ヨミお姉ちゃん考案の単独作戦で。
……次の作戦はまた明日考えよっか」
「ん……。……あ……ルーメにも頼みたいことが、ある、の」
「なにかしら、ヨミちゃん」
「……明日の私の公演、中止ってこと……みんなに伝えてほしい」
「えと、えっと……どうやって伝えれば?」
「方法は問わない……お願い」
「………………あ……う……わ、わかったわ……頑張ってみる」
「無茶振りされて死ぬほど迷った挙句そもそもヨミお姉ちゃんの頼みを断れるわけがないって感じの顔だね」
「……」
……公演を前日にキャンセルなんて、普通なら有り得ないしファンのみんなにはとても失礼だと、思う。
ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。
でも今だけは、私を自由にさせてほしい。
私が、より私らしくあるために。私が、願いを果たすために。
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深夜。
私は監獄地下二階にある牢屋の中にいた。
「……寒、い」
私は備え付けてある毛布に身をくるみ、体を震わせる。
昼間私は、タテハに頼み込んでこの監獄に『体験投獄』をさせてもらうことにした。
タテハはヤソに対してかなり無茶苦茶な説得を何度も繰り返した結果、最終的に私のサイン二枚で手を打つというところまで漕ぎつけた。
……いいのかな、そんなので。少し『亜人権』という組織が心配になってしまう。
「……」
私はそっと壁にもたれ掛かって、壁の向こう……隣の牢へ意識を集中する。
「…………俺は……、許され……ない……」
「……ご主人」
そっと、呟く。寝ているだろうご主人にこの声は届くことはない。
この牢に投獄されてからどのくらい経っただろうか。
日が暮れてからここに入って、そして今に至るまで……。
ご主人はずっと、あの調子だ。ずっとずっと、自分の犯した過ちに苦しんでいる。
ああやって、眠っているにも関わらず、ずっとうわごとのように『心』を漏らしている。
「……ッ」
隣に行きたい。苦しまなくてもいい、震えなくていいって伝えてあげたい。
でも、隣に行くことをご主人は許してくれない。この想いもきっと伝わらない。
タテハに無理言ってご主人の隣に入れさせて貰った理由。
それは一晩かけてご主人を説得する作戦……という名目が欲しかったから。
分かっていた。説得は、不可能だということを。きっと私が声をかければ、昼間のようにまた不安定にさせてしまうだけ。
何も、できない。何も、してあげられない。分かってた、私に何かが出来る訳ないということくらい。タテハだって分かってて了承してくれたんだ。
だから、だからせめて。私が、近くにいてあげたい。
今は壁を隔てているけれど、それでもせめて、傍にいてあげたい。
私がやっていることは無意味かもしれない。でも、今は出来る限り近くに居たかった。
「……」
それから更に、時が経つ。
もう朝を迎えただろうか、それともまだ夜は明けてないのだろうか。
こんな薄暗い空間ではそれすらも分からない。
分かるのは、ずっとご主人はうわごとを続けているということだけ。
苦しげに……寂しげに。きっとやつれた顔には、今なお苦悶の表情が浮かんでいるに違いない。
夢の世界ですら、安穏を許されないのは……あまりにも、辛すぎる。
一体どうすれば、ご主人に安らぎを与えることが出来るの……?
「やっ、お姉ちゃん」
タテハが音もなく、突然現れる。一体いつの間に来たのだろうか。
「……タテハ。どうしたのこんな時間に」
「こんな時間ならご主人も起きてないかなって思ってね」
「……ん」
「ほい、ご飯。まあ朝食にはちょっと早い時間だけどね」
「ありがと、タテハ」
「しっかしまさかヨミお姉ちゃんがくさい飯を食うことになるなんて…タテハ悲しい」
「……」
「睨まないでよ、冗談だってば。ま、でもこんな体験一生に一度あるかないかでしょ。しっかり味わっておかなきゃね?」
「ん……」
タテハが持ってきてくれた固いパンを頬張る。まずくはないけど、水が欲しくなる。
それでもどんどん頬張っていく。自分では気付かなかったが、かなりお腹が空いていたらしい。
タテハも私と同じように夢中でパンにかじりついている。タテハもお腹が空いていたようだ。
ふと、タテハの目の下にくまがあることに気付く。……寝てないんだ。きっと私にも同じものがあるんだろうけど。
「……タテハ、何か伝えたいことがあるハズ」
「よく分かったね。ま、それもそうか……私がお姉ちゃんのこと分かるように、お姉ちゃんには私のこと分かっちゃうよね」
「ん……」
「ま、紅茶でも飲みながら聞いてほしいんだけど……」
そう言いながら紅茶を勧めてくる。私はすかさず紅茶を手に取って喉に流し込む。
あるのならもっと早くに言ってほしかった。タテハはいつもマイペースなんだから。そう思いながら二杯目をおかわりする。
「ずずー……」
タテハは優雅に紅茶を飲んでいる。何か聞いてほしいことがあるんじゃなかったんだろうか。
急かしても悪いので、私も紅茶を啜りながらタテハの言葉を待つ。
「……」
「ふぅ………………ご主人、今日引き渡されることになったんだよ」
「!!」
紅茶を危うく吹きかける。まるで狙ったかのようなタイミングに、ついタテハを睨んでしまう。
「あっはっは、まあ落ち着いてよ。引き渡しのお役人が来るのは今日のお昼すぎだからまだ時間はあるよ」
「……」
「も~う、お茶目お茶目」
「……でもタテハ、今が朝ならもうそんなに時間ない……」
「まあね。焦る時間でもないけど、余裕でいられる時間でもないって感じだね。
どうする~?もう手段は選んでられないと思うよ」
「……ん」
「なんの手段かね?」
「!?」
ギギギ、と金属製の扉が石造りの床と擦れる不快な音。
そんな地上へと続く扉が開く音と同時に、男の人の声が聞こえた。
……開いた扉の向こうから現れたのは、初老の男性。服装から察するに、男性は役人……。
おそらく、ご主人を引き取りに来たんだ。
「…あ、れ……あれ? どうして……?」
「よからぬ企みをしている者がいると聞いてな、ウソの情報を流させてもらった。引き渡しの時間は、今だ」
「あれ、あれれ、なんでバレてるの? 私達、誰にもこのこと漏らしていなかったのに」
「私が告げ口したんですよ、タテハさん」
初老の男性の後ろから、帽子を被った女の子が顔を出した。
「ヤ、ソ……?」
つづく。




