第12話「仲良しネコ姉妹再び」
「……」
監獄から無理矢理連れ出されて、監獄の隣にある詰所へと連れて行かれる。
椅子に座らされ、落ち着くように促された。
「コーヒーです、どうぞ」
「ありがと~、ヤソ」
「私は仕事に戻ります。詰所のものは好きに使ってもらっても構いませんから」
「うん。ごめんねヤソ」
「……いえ」
ヤソは扉をそっと閉めて、この場を後にする。
詰所の中には私達三人だけが取り残された。
「あっつ……こりゃ当分飲めないや」
タテハは渡されたコーヒーを飲もうとしているが、熱さに苦戦している。
多分私とルーメにも、この熱々のコーヒーを飲むことは無理だろう。
「……」
少しずつ、自分が平静を取り戻していくのが分かる。
でも、それでも……胸の動悸は、収まらない。
なんで、どうして……どうしてご主人は、あんなことになってしまっている、の?
「あっつつつ……ふーっ、ふーっ」
「……それでタテハちゃん。どういうことなの、あれは」
「どういうことも何も、見たまんまだよ。
ご主人は罪人として監獄に留置されているってこと」
「そうじゃなくてね。……あの様子、ヘンだったわ。
私の知っているご主人は、あんな感じじゃなかった……はずよ」
「……拘留される前からずっとあの調子なんだよ。いつもあんな風にずっと自分の罪を悔いて謝るだけ。ただ懺悔するだけ。
救いを求める訳でもなく、ただただ自身の罪を受け入れて裁かれようとしてる。それが罪人のあるべき姿だと言わんばかりに、ね」
「……」
罪って、なんなの。ご主人の罪ってなんなの?
私達を金で取引して、奴隷として飼ったこと? 奴隷として散々殴ったこと?
……事実だ。全部、事実なんだ。ご主人が私達を奴隷にしていたことも、殴っていたことも事実なんだ。
でも……いくら罪であろうと。
あれは、ご主人なりに私達のことを考えてしてくれたことなのに。暴力だって私達に奴隷であって欲しくないために心を殺してやっていたことなのに。
おかげで私達は、家族を取り戻せたのに。人としての生活を取り戻せたのに。それぞれの夢を持って歩むことが出来るようになったのに……。
傍から見れば酷い方法だったかもしれない。もっと良い方法だってあったのかもしれない。
それこそ、今の世の中のものさしで計れば、罪なのかもしれない……。
でも、それでも……私達は、誰一人欠けることなくあんな酷い世界の中で生きていられたんだ。
私達のこと、ずっと面倒を見てくれたご主人の今までの行いを……罪だからといって間違っていたなんて言わせない。……言ってほしくない。自分のこと、間違っていたなんて……お願いだから、言わないでほしい。
「そういえばご主人、私達のこと殺そうとしていた……って言ってたわ、ね」
「……」
「お姉ちゃん達は殺されそうになったこと、ある?」
「……分からないわ。殴られたことならある、けれど……」
「そうなんだよね。殴られたことくらいならいくらでもある。でも、ご主人は殺そうとしていたって言う。
それでね、ふと思ったんだ。もしかしたらご主人はあの事件のことを知ってしまったんじゃないか、とね」
「あの事件?」
「今から大体五年前……私達が奴隷から解放されたすぐあと。
亜人の奴隷を多く抱える残酷な男がね、女の子の奴隷を殺しちゃったそうなんだよ」
「……それは悲しい話だけど、でも当時を考えればそんなのよくあることでしょ?」
「問題はその殺し方なんだよ。男はその奴隷がお気に入りだったらしくてね、殺すつもりはなかったらしいんだ。
でもまあ亜人の奴隷だから扱い方は雑でね、日頃から殴る蹴るの暴行を加えていたらしい」
「……」
「ある日、いつもと同じ要領で殴っっていたら……当たり所が悪かったんだろうね、死んじゃったんだよ。もちろん、男は一切殺すつもりなんてなかった。殺意は無かったんだよ。いつも通り殴っただけ」
「……」
「しかもそれだけじゃ終わらなくてね。……その女の子には同じ奴隷の姉が居てね。
女の子の姉は“亜人の私達が姉妹揃って生きていられるのなら奴隷でもなんでもかまわない”と思っていたらしいんだけど、その光景を目の当たりにした時“殺されない亜人の奴隷なんて存在しない”って悟っちゃったらしく、どうせ妹のように甚振られて死ぬくらいならと、舌を噛み切って死んじゃったんだよ……」
「……」
「ま、その男からしたらお気に入りの玩具が二つも壊れちゃって面白くないって程度の話だったらしいけど。
この話を知ってしまったのなら、あの反応も頷けるんだ」
……殴られていた。私は特に多く、殴られていた。
暴行されても絶対に死ぬことはない、なんて言えない。どんな暴力であれ、人を殺す力がある。
……でも。
「……でも……でもッ」
「ん?」
「私達……生きてる! 生きて、今を過ごしてる……! 死んでない、私達は、生き残れた……!」
「死んでたかもしれないんだよ?……よく殴られていたヨミお姉ちゃんは特にね」
「私が多く殴られていたのは私のせい。私が好奇心旺盛だったのがいけないの……だから、決してご主人のせいじゃない……」
「多分ご主人はそう思ってないよ」
「……ッ」
殴られることは、嫌だった。痛いし、冷たい。
ずっとわかっていた。ずっと思っていた。暴力を正当化できる理由なんて……あってはいけないって。
でも、それでも……。
「辛そう、だった……心が、痛そうだった……。ずっと独りで、罪の重みに苦しんで震えて……凍えてた……!
あんなの……酷いよ……あんなの……惨いよ……。私達亜人が幸せになった世界の裏で、独りでずっと苦しんでた、なんて……。
殴られるのはね……痛いよ。死ぬかもしれないし、残された姉妹を悲しませることにもつながるから正当化もしたくない……。
でもその代償が……あんな風に生きながらに苦しみ、震えて凍え、うわごとのように謝り続ける人生だなんて……。
そんなの、殴られて死ぬより……ずっとずっと、辛くて……苦しくて……寂しいよ……」
「ヨミお姉ちゃん……」
「タテハちゃん……この後、ご主人はどうなってしまうの?」
「規定の場所で、裁かれるだろうね……。
今の世の中は亜人ブームにも近い亜人擁護派が多数を占めているから……多分、とても重い罰が下ると、思う」
「重いって……どのくらい?」
「……極端(極端)で最悪なパターンだと……これすらあり得るんだよ」
……タテハは首に、手刀を当ててみせる。
「それくらいに、今の世の中は亜人感情に偏っているの」
おかしい、よ。そんなの、絶対に許されるわけがない。私達は誰も死んでないのに……。
それなのに……亜人を虐げていた人間だからって簡単に殺せるなんて……。
そんなの、昔の私達と立場が逆転しただけ……。私、そんなの……望んでいない……のに……。
「どうにかならない? タテハちゃん」
「こればっかりは私にも。そっちの方のお偉いさんには顔が利かないし」
「なんとか説得できないかしら」
「無理だよ。私達は亜人ではあるけれど、政治的に力を持っている訳じゃないんだから」
「そう、なのね」
「……少し意外。ルメお姉ちゃんは、ご主人のことが嫌いだと思ってた。ここまで気に掛けるなんて」
「…………嫌い、よ。短気だし、暴力は振るうし、言葉は汚いし……。
でも、でもね……あの人は……私達のこと奴隷として扱ってはいたけれど、なんだかんだ言って『人』として見てくれていたわ……。
……ご飯をくれた。寝る場所もくれた。布きれだけど服だって一応くれた。それになにより、労働する喜びを教えてくれた。
……解放されてから私、いっぱい差別を受けたわ。いっぱい他の亜人奴隷の惨状を見てきたわ。
だからね、どれだけ私達が主人に恵まれていたのか……こんなにも後になってわかったの」
ルーメはそう言いながら、私のの隣に座る。
「……最初のうちは、ヨミちゃんがどうしてあそこまでご主人を気に掛けるのか分からなかった。
でも、今なら分かるの。ヨミちゃんも、私達も……たまに殴られてはいたけれど、大切にしてもらっていたんだって」
「……うん、わかるよ私も。ま、私の場合はご主人がどうこうって言うよりも、ヨミお姉ちゃんを見てたからなんだけどね。私達以外には誰にも懐かない靡かないヨミお姉ちゃんが、ずっと追いかけていたんだもん。
……私にとってそれ以外に理由なんて要らないんだよ。たとえ何度殴られようとも」
「ルーメ、タテハ……」
「それに何より!」
「!」
タテハは座っている私とルーメの肩に手をまわしながら、私達を抱き寄せる。
「私達は仲良し三姉妹! でしょ?
どんなに殴られようと、殺されそうになったとしても……私達三人を一緒に買って、一緒に育ててくれた事実だけで十分なんだ。
それだけでも立派な恩だよ。だから、さ……やっぱ……」
「ええ。恩を、返したいわ。ね、ヨミちゃん」
ああ……やっぱり、そうなんだ。
やっぱり二人とも、私の知ってるルーメとタテハのままだったんだ。
「…………う……んっ」
「よしよし……ヨミちゃんは泣き虫、ね……。昔から、ずっとそう……」
ルーメは私の背中を優しくさすってくれる。
優しくて、思いやりがあって……私が泣いていると慰めてくれる。
私の為に、きっと色々協力してくれる。誰よりも頼りになる、私の仲間。
あれから五年の歳月が経ったけれど……それでも二人は、私の大好きな二人のままなんだ。
つづく。




