第11話「再会」
タテハが言っている意味が分からなかった。
ちゃんと聞こえていた。言葉自体の意味も理解が出来た。でも、瞬時に内容が頭に入ってこない。
「ご、主人……が……」
ご主人が、見つかった。
ずっと求めていた。ずっと探していた。ずっと、会いたかった。
忘れたことなんて、一度もなかった。ご主人と奥さんの指輪だって、こうして紐に通して、いつも首にかけて持ち歩いてる。一度たりとも手放したことなんてない。
……会いたい。触りたい。
ご主人、私のご主人。私の大事な人……。
落ち着いていたハズだった。いつか必ず会えると信じていたから。必ず見つかると思っていたから。
でも、私の心はまるで私のものでは無いかのように慌てふためいた。溢れだす想いが止まらない。
「ドコッ……? ドコにいるの!? 私のご主人、ドコ!?」
タテハの肩を掴んで、激しく揺さぶる。本当はこんなことしたくないのに、体が言うことを聞かない。
こんなことしたってタテハは痛いだけなのに。ただ見苦しいだけなのに。いつもの私なら侮蔑するような行為なのに。
止まらない。私、止められない。あの人のことを考えると、酷く心が苦しくなってしまってどうしようもない。
「落ち着いて、お姉ちゃん。……いや、落ち着けないよね、ごめん。
でもせめてさ、涙は拭いて。そんな顔で会いに行くわけにはいかないでしょ?」
「……え?」
おそるおそる、頬を触る。温かい雫に指が触れた。
……泣くつもりなんてなかったのに。嬉しいはずなのに。なのに、こんなにも涙が。
まだ、見つかったという報せを聞いただけなのに。それだけのはずなのに。
「……でもね、お姉ちゃん。正直あんまり良い状況とは言えないんだ。
だから会ってもね……無駄、かもしれない。ルメお姉ちゃんも一応呼んではある、けれど」
「ど、どういうこと……?」
「この世界は変わった。お姉ちゃんはともかく、私達亜人にとって住みやすい世界になった。
でも、誰かが住みやすくなる一方で誰かが確実に住みにくくなっているんだよ。
誰かが幸せになった分、誰かは不幸になる……それは決して逃れられない世の理なんだよ……」
「……!」
まさか……まだ苦しんでいるの?
私達のお守りから解放されたはずなのに。ご主人はもう自分の幸せの為に生きていいのに。
なのに、なんで……どうして……?
「そしてなにより……世界が変わったように。
……ご主人も変わってしまった。あれはもう、私達の知っているご主人じゃない……」
「え……?」
私の、知ってる……ご主人、じゃない?
ぶっきらぼうで、いつも何処か不敵で、短気で。
でも、本当は誰よりも優しくて、誰よりも苦労していて、誰よりも不器用な人……。
私の知ってるご主人は、こんな人だった。でも……。
もう、私の知ってるご主人は……いない……?
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「あ、タテハちゃん……ヨミ、ちゃん……」
「……ルーメ」
石造りの大きな建物の前でルーメが待っていた。
「早かったねルーメお姉ちゃん」
タテハと出会った夜のうちに、私はタテハに案内されるまま近隣の街にまでやって来ていた。
理由は勿論、ご主人に会う為。今の私にとってそれ以外のことなんてどうでもよかった。
「タテハ……それでご主人は、何処?」
「ここだよ」
「ここ、って……」
ルーメが待ち合わせに使っていた建物をタテハは指差す。
頑丈で、しっかりとした建物。塀でぐるりと囲まれていて、それはまるで。
……罪人を留置しておくために作られた、監獄のよう。
「……二人の思っている通り、ここは牢獄だよ。
私達『亜人権』が所持する監獄なんだ」
「タテハちゃん……なんでこんなところにご主人がいるのかしら」
「今、私達亜人は人権が認められつつある。人と同じようにね。
だから亜人に対して罪を犯せば、人と同じように罰せられるんだよ。ここはそういった人が入れられる監獄の一つ。
……思い出して。ご主人が私達に何をしたのかを」
「……ッ」
当時だったら、私達亜人なんて奴隷にして飼おうが玩具にして殺そうが罪には問われなかった。
でもこの時世では、それは許されない。
私達亜人に首輪をつけて奴隷として飼い、日々暴力を振るっていたご主人は、この時代では罪人なんだ……。
「タテハ……お願い、会わせて。罪人だろうが構わない、会わせて」
「原則として奴隷だった亜人と会わせるのは禁止されてるんだよ。奴隷だった頃のトラウマを刺激させちゃうことになるから。
それでも会いたいというのなら……まあ、会わせてあげることはできるよ」
少し悪びれたような顔でタテハは言う。
正規の手続きでは無理だから、きっと何かしらの抜け穴を使うんだろう。
それを考慮した上で、会いたいかどうかを聞いてきているんだ。
「……お願い」
「ルメお姉ちゃんは?」
「怖い。会うのが、恐いわ……。でも、知りたい……。今のご主人の状態を」
「……わかった。じゃあついてきて」
タテハは私達を先導するように前に出て、看守に話をつける。
「やあ、ヤソ」
「あ、タテハさん。お疲れ様です。こちらの皆様は?」
「私のお姉ちゃん」
「えッ……ということは、『猫歌姫』……?」
「そうだよ~」
「……」
「は、初めまして! ヤソと申します!
ああ、貴方が『猫歌姫』ヨミ……噂に違わず綺麗な方……」
「……ん。初め、まして……」
「あはは、この子ヨミお姉ちゃんのファンでさ……」
「ん、そう、なんだ……ありがと……」
「サインとかもらえますか!?」
「その前に、昼間話した件いいかな?」
「あっ……はい。ホントはダメですけど、タテハさんの頼みですし……」
「ありがと、ヤソ」
帽子を被っているヤソという女の子に対し、ぽんぽんと頭を軽くたたくタテハ。
結構親密な仲なんだろう。こういう時のタテハの顔の広さは本当にすごいと思う。
「よし、話はついた。さ、行こうかお姉ちゃん達」
「よく許可降りたわね……あのヤソって女の子、すごく生真面目そうだったのに」
「彼女とはそれなりに縁があってね。帽子を被って見えないけれど、彼女も亜人なんだよ」
「あら、そうなのね」
「……タテハ、早く行こう」
「うん、そうだったね」
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監獄内を三人で歩いていく。
広い監獄の割には看守の数も、そもそも投獄されている罪人の数も少ない。
道すがら聞いたタテハの話によれば、あくまでこの監獄は本部にある監獄との中継ぎであって、ここに長く留置することは滅多にないらしい。こんなに大きな監獄なのに。
大体三日かそこらで移されてしまうらしいので、本部に送還される前に私達に会わせたい……多分タテハはそう考えてくれたんだろう。
「……」
地下二階まで降りてくる。私達の足音だけが冷たく響いている。
地下の牢獄には、少ないどころか罪人は全く居ない状態だった。本当にこんなところに、ご主人がいるのだろうか。
そう思っていた矢先、タテハがピタリと足を止める。
「……ここだよ」
そう言ってタテハが指差した牢。その牢屋の表札には『ナキ』とだけ書かれたものがあった。
タテハは牢獄に近付き、そっと声をかける。
「……やあご主人、元気かな?」
「おま、えは……ッ!」
暗がりでよく見えない。それに声もちゃんと聞き取れない。それでも分かる。聞き間違えるわけが、ない。……今のは……ご主人の声。
ずっと聞きたかった声。会いたかった人。この檻の向こう側に、いるんだ……。
「……ッ」
衝動を抑えられず、駆け出して……私はなりふり構わず牢の檻に手をかける。
この奥に、いるんだ……。やっと、会えた。この檻の向こう側にさえ行ければ……やっと、またご主人に触ることが出来るんだ……!
「ご、しゅ……じん……」
「!!」
「わたし、だよ、ごしゅ、じん。ヨミ……ううん、ネコ次女……」
「ネ、ネコ、次女……!?……や、やめてくれ……やめてくれッ、俺が……俺の、せいで……!」
「ご主人……!?」
ご主人は牢の隅っこで、うずくまりながら震えている。
痩せ細った体、しわがれた声……。ご主人であることは変わりないのに、私の知っているご主人とは違う物ばかりだった。
「俺が愚かだったんだ……俺は、俺はお前たちに罪を犯した……赦されるわけがない!!」
「何言ってる、の……?どうして、そんなこと……を……」
「俺は、俺は……裁かれなければ……。俺は、俺のような悪人は、この世になど、居てはならないんだ……!」
「なに……言って……る、の……」
「俺のやっていたことは……全て間違いだった……俺は、お前達を殺そうと……していたんだ!!
ごめん……ごめん、ごめんよ……俺のせいで……」
「なに……を……ッ」
どうして謝るの? なんで私達に謝るの?
ずっと会いたかった……ずっと会って、それで……謝りたかったのに……。
一緒にいられなかったこと……この、大事な指輪を傷つけてしまったこと……。
謝るのは……私の方……なのに……!
「ヨミちゃん……」
「ヨミお姉ちゃん……こうなるとね、もう何を言っても無駄なんだよ。
一旦出直そう。会うことが出来ただけでも御の字だよ」
「……待って……まだ言いたいこと、いっぱい……ある、の……」
「……ごめんね、ヨミお姉ちゃん。あんまりご主人を刺激するわけにもいかないんだ。
ルメお姉ちゃん……手伝って、お願い」
「ん……わかった」
二人が私の体を無理やり掴む。
「や、やだ……やめて、ふたりとも……やめて、お願い!
近くに、いさせて……ご主人が目の前にいる、のに……! やめてッ……!」
二人がかりで私は檻から剥がされてしまう。
まだ、まだ言いたいこといっぱい……。話したいこと、謝りたいこと、私の中の想い、全部……。
なのに、まだご主人には……届かないというの?
私は五年前と同じことを、また繰り返すの?
つづく。




