見当違い
私はかなりバテ気味ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
朧月夜のカルット村の酒場には、ある噂が広がっていた。
曰く、「亜人族の王を倒した二人組がいるらしい」。
曰く、「アデウスを一撃で葬った黒魔導師がいるらしい」
…間違ってはいないんだが、あまりこう言われると嬉しくない。
あくまでも、今回は五人でクエストをこなしたつもりだ。クロハネタともかく、二人組というのはよろしくない。俺たちは、彼ら3人を引き込みたいんだ。
という思いが伝わっているのかいないのかわからないが、向かいに座ったクロハはボーッと空を見上げている。テラスから見上げた星空には、領都では見られない数の星が瞬く。だが、それさえもクロハの心に届いているのだろうか。あれだけ透き通って綺麗だった瞳は、今は混濁としている。アデウス討伐の報告は既にここのレイヤー管理官から領都のファティオには伝わっており、帰還するようにという旨が再三届いている。領主の機嫌を損ねるのは得策ではないが、まだこの村にやり残したことがあるし、なによりクロハがこのままでは、帰ったところでどうしようもない。
「お、ここに居たんか」
ドカドカとブーツを踏み鳴らして、シュエ、リュザ、チスタの3人がそれぞれ椅子に腰掛ける。すぐにそれぞれ注文すると、クロハを見て、肩を竦めた。アデウス戦から今日で5日だが、クロハの様子は変わらない。まるで、魂の抜けた人形のようだ。
「…んで?御用向きは?」
チスタが、見てられないとばかりに話し始める。チスタはあの後、シュエ回復魔法ときちんとした治療を受けたことで、すぐに快復した。完全回復するまでのリュザの落ち着きのなさは見ものだったが、それは内緒だ。
「…ああ、頼みがあるんだ」
俺は、本題に入る。
「俺たちと組んでくれないか?」
単刀直入にお願いするのが一番だと思う。
…まあ、この3人のうちチスタがO.K.とすれば全て解決するんだけど。
うーん、とグラス片手にしばらく悩んだ様子のチスタだったが、リュザ、シュエ、そしてクロハの順に目を配ると、俺に向き直り、
「よろこんでお供するよ」
やれやれ、と言った体で返事をくれた。
「でも--」
ホッとした表情がばれたのか、顔を厳しくしたチスタは、
「あたしたちは大きな街には入れない」
と言った。でもまあ、予想の範疇だ。
「それについては問題ない。今領主と掛け合ってるところだ」
俺のセリフに、チスタとリュザは目を丸くした。
五族調和を掲げる各種族だが、仲の良い悪い当然としてある。シルフ族とウンディーネ族の仲の良さは言うまでもないが、サラマンダーとアークは、大変に仲が悪い。それは、成果主義のサラマンダー族と義を重んじ、そのプロセスに意味を見出す両族の価値観の違いから来ている。まあ、基本的にはアーク族が五族の中ではやや浮いた存在であるのは間違いないが。
しかし、それは全体としての結果であり個人として他の種族に好意を持つ人間もいる。すると、族の意に沿わないとして、勘当--族から追放される。犯罪者も同じ末路を辿るのだが。
そんな追放された彼らの中でも、犯罪者除いた人々を「種族欠落者」と呼ぶ。彼らは、カルト渓谷に代表される辺境の観光地や宿場町の宿屋を転々としながら、「無登録レイヤー」として生活していく。原則として、彼らは領の中心都市などには入ることができない。他の種族で追放された彼らを「ようこそ」ともてなせば、追放した側から、苦情の一つでは済まされない。
だが、僅かな者たちは、首都入りを許可される。それには幾つか条件があるのだが…まあ、それは今度でいいだろう。
とにかく、チスタはアーク族の、リュザはサラマンダー族のドロップなのは見た目で分かった。ドロップの2人は、領都には入れないのは分かったので、アデウス戦の後、ファティオからの便りの返信に、彼らの領都進入を許可してほしいとの旨を書き、許可がおりねば戻らないと半ば脅迫のようにお願いした。昨日送ったので、明日にでも返事が来るだろう。
ファティオの立場もあるので、あまり我儘を言いたくはないが、そこは俺が心配しても仕方ないところだろう。
「わかったよ。そこまでしてくれるなら安心したよ」
チスタは険しかった表情を緩めた。
「ありがとう」
俺は取り敢えず感謝の意を述べ、右手を差し出す。
「よろしく」
チスタは片眉を上げたが、
「こちらこそ」
と手を握ってくれた。
ふう、取り敢えずひと段落。
俺はこの時、全てが上手くいくと思っていた。
「はあ⁉︎」
次の朝、俺宛に届いた便箋には、シルフ族の印が打たれていた。ファティオからの便りだ。その封を切って、格式張った挨拶を抜きにした、砕けた文章を読み進めて、あるところまで進んだところで俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
『…私情で種族欠落者の定住を私の直轄領で許すことはできない。正式に申請しても、議会を通らないだろう…』
とても女性の書いた文字と思えない達筆な文を睨みながら、俺は必死に頭を巡らせた。
窓の外では村の人たちが忙しそうに駆け回っている。辺境の観光地は、俄かに活気づいていた。
オーバーヒート気味な頭を尚も回しながら俺は宿の一階にある食堂に降りてきた。
「ん、おはよう」
既にクロハは席について、俺を認めると挨拶をした。ようやく口を利くようになったらしい。その変化に俺はホッとしつつ、
「おはよう」
と何時もと変わらない挨拶を交わした。だが、俺には一つ気がかりが…。
「なあ、あのクエストの最後のとき、俺の言葉聞こえたか?」
「……?」
おおう、危ない危ない。聞かれていたらどんな態度を取ればいいのか。
2人揃って朝食を摂りつつ、俺はクロハに突っ込まれた。
「朝からうるさかった」
「そんなこと言ってもよ…」
無言の視線を浴びながら、現在も忙しなく働く村の人々が動き回っている様子をクロハに尋ねる。
「なあ、今日なんかあんのか?」
俺への視線を外に移したクロハは、ああ、と声を出して、
「大ギルドの偉い人が来るみたい」
それを聞いて俺は納得した。
ギルド制度は、烏合の衆であるレイヤーの管理を容易にするために導入された制度だ。簡単に言えば、レイヤーとっての労働組合であるが、参加は強制ではない。一生一人でやっていく人もいなくはない。
ただし、新規ギルド結成には、初期メンバーによって実力の証明が為されなければいけない。その方法は大体が大型種討伐になる。そして、メンバーから、ギルドマスターと会計士を定めれば、晴れて新規ギルド結成と相成る。規定に関してはもっと細かくあるが、まあいいだろう。
世間的に「強い」ギルドと「大きい」ギルドの二つがある。大きい、というのはギルドの人数が多いところだ。そして、強いというのが、ギルド制度最大のミソである。
領主依頼の大規模クエスト等で輝かしい実績を積んだギルドは、「認定ギルド」となる。これは、領地を与えられるというギルドとしては最高の栄誉である。ギルド領では、族の柵からかなりの部分で解放される。与えられる責務は「今後も活躍を続け、領地の運営を恙無くこなすこと」。たったそれだけ。族への奉納金などもあるが、税率も自由に操作できるので、大した問題ではない。
認定ギルドが恐れるのは、領地の没収だが、これがなかなかの割合で発生する。大抵は横柄な態度と重課税による領民の不満爆発が原因だが。
今回この村を訪れるのは、おそらく認定ギルドの幹部だろう。下手にちょっかいかけると何があるかわからないから、準備は念入りに行っているのだろう。ちなみにだが、シルフ領に領地を与えられているギルドは3つある。
「…それで?朝の奇声はなんなの?」
「はぁ、実はなあ--」
俺はファティオからの手紙の内容を簡単に説明した。てっきりビックリして声の一つもあげると思ったが、意外にも冷静に捉えていた。
「どうするつもりなの?」
「もうこうなったら直談判しかないと思う」
見事に短絡的な解答だが、俺にはこれしか思いつかなかった。クロハはしばらく思案したあと、
「…そうね。一度やってみよう」
新しいアイデアをくれると思ったが、俺に賛同して来た。
でもまあ--
「--一度帰るか」
クロハはコクリと頷いた。
やや説明が多くなってしもた…。




