29.鏡の舞
衣装合わせの後、カサネとスオウの生活は《鏡の舞》関連の占める割合がどんどん増えていった。
通常の午後の練習だけでなく、夕食後も練習時間になった。後一月となったころから、奉納舞の授業も二人だけ《鏡の舞》の練習に当てた。
本番の日が近づくにつれ、カサネとスオウは緊張が高まっていく。そのぴりぴりした雰囲気にミサキも絡んでこない。最後の10日は、ササラとハーンですら必要最低限しか話しかけられなかった。
そして、年が明けて新年。いよいよ、《鏡の舞》が奉納される。
カサネは、控え室で支度をしていた。といっても、実際はカルラや同期の見習いたちが着付けてくれたのだが。今は最後の仕上げ、化粧を施されている。
「さぁ、最後に口紅を塗るわ。少し口を開いて。」
ぬるっとしたものが塗られる。初めての口紅。いよいよ、舞を捧げるのだと思うと、緊張が高まった。手先が冷たくなるのがわかる。
祭殿では、月の女王エルトゥーリアが、新年の儀を執り行っていた。その後に、《鏡の舞》が、神々に奉納されるのだ。
ササラに手をひかれ、舞台へと向かう。舞台の袖でスオウと合流した。スオウはこわばった顔のカサネを見つめる。化粧で目立たないがかすかに青ざめていた。
「カサネ、おまじないしよう。」
そういって、カサネの右腕をとり、自分の左胸にあてた。
「ほら、ぼくの心臓うごいてるのわかる?」
「う、うん。」
衣装越しに、鼓動が感じられる。
「これから、ぼくたちは二人で一つになる。だから、こうして繋がろう。」
緊張でどきどきしていたカサネの鼓動が落ち着いてきた。カサネもスオウの手を取り自分の胸に置く。二人の鼓動が徐々にそろっていく。
「わたしは、スオウ。」
「ぼくは、カサネ。」
こつんと額を合わせ、目を閉じた。ああ、二人なら、大丈夫だ。カサネとスオウは、ゆっくりと目を開ける。二人は静かに微笑みあった。
「もう、大丈夫ね。」
カルラとライトが、二人を舞台へと送り出した。
《鏡の舞》は、男女二人の舞い手で舞われる。これは行く年と来る年を表しており、二人が鏡に映したように舞い、最後にわかれる事で、古き年は去り新たな年になったことを寿ぐのである。
カサネとスオウは、悠然と立ち位置についた。神殿内が静謐な空気につつまれる。皆が、舞の始まりを待っていた。今年度の舞い手への期待は非常に大きい。
二人は、お互いだけを見つめる。演奏が始まった。
すべるように、《鏡の舞い》が始まる。
相手の舞を気にすることはない。二人は一つだから。
わたしはあなた。あなたはわたし。
演奏が遠ざかる。ここに存在するのは、一つになった二人だけ。
神々の喜びを感じる。新しい年になった喜び。そして、天界にまで舞が届いたことへの喜び。
ひときわ大きな喜びの光につつまれると、二人は背を向けわかれていった。
演奏が終わると共に、舞は終わり、カサネとスオウは静かに頭をさげた。
二人がさがり、神官長から新年の儀の終了が告げられたとたん、神殿内はざわめいた。
二人の舞のすばらしさを口にする者。舞に感動して涙を流す者。エルトゥーリア女王も袖で目を押さえていた。
神官たちは、神殿内ではお静かにと、いさめて退出を促した。
カサネとスオウは、カルラとライトに迎えられ、控え室でほっと一息ついていた。
ハーンは感動してうまく言葉にできず、ササラは涙ぐんでいる。
「二人ともすばらしい《鏡の舞》でした。神々の喜びを感じましたよ。」
「君たちを指導できたこと、誇りに思うよ。」
カルラとライトの言葉に、二人とも胸がいっぱいになった。
ありがとうございますとしか、言えなかった。
記者をつれたセナがやってきた。
「二人ともすばらしい舞だったな。想像以上だったよ。感動した。」
セナが、やさしく微笑んだ。
「すばらしい舞をありがとう。君たちを取材できて、ぼくは幸運だった。記事に期待していてくれ。陰陽の一対が千年に一度の舞い手なら、君たちは百年に一度の舞い手だ。」
目の縁をうっすら赤くした記者は二人の手をがっちりつかんで、力説した。
カサネとスオウは思わず顔を見合って、それから、にっこり笑いあった。
琥珀の舞姫と陽光の神官の《鏡の舞》は、こうして語り継がれることになる。




