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10.8 ジン・クロスの不穏な日常Ⅱ


 ジンが大男達を撃退した翌朝。


 ジンが宿屋で朝食を食べていると、直径8cm程の小石が突如窓ガラスを割ってジンへと飛んできた。


 ジンは特に驚きもせずにその小石を片手で受け止めると、小石が飛んできた方へと視線を向ける。


 そこには3人のチンピラがおり、ジンの方を(にら)み付けるように見ていた。


 チンピラ達の顔を見るなり面倒くささを感じたジンであったが、例え寝込みを襲われようと返り討ちにできることはジンにとって明白であったため、視線を戻してジンは朝食を再開した。


 その後、街に出たジンであったが、朝食の時に小石を投げつけてきてからと言うものチンピラ達の姿が所々で視線の端をちらつき、時には嫌がらせをしてくるのであった。


(なるほどなるほど、こうして監視と嫌がらせを続けることでオレの精神と体力を消耗させる気なのね)


 チンピラ達の考えを察したジンは監視にもどんな嫌がらせにも動じることなく冷静に対処していった。そして、何事もないように散策を続けるのであった。


―――


 そして、昼過ぎ。


 最初の嫌がらせから早5時間が経とうとしている。その間に100個近い嫌がらせを受けたジンだったが、雑魚は相手にしないスタンスを貫き続けていた。


 ふと、ジンは空腹を感じて、辺りを見回す。


 ここ、王都プカンの街は食べ物を売っている店が多い。それなりに人通りがある道ならば、軽く見回すだけで2〜3軒の店を見つけることができる。


 辺りを見回したジンは食欲に導かれるまま、最初に見つけた1軒の店へと向かい、すかさず注文する。


「肉まん1つ貰えるかい?」


「申し訳ありません。肉まんはそちらの方が丁度最後の1つを買って行かれましたので、売り切れとなっております」


 店員の手が示す方向をジンは見る。


 そこには、最後の肉まんをドヤ顔で頬張るチンピラの姿があった。


 プツン。


 と、何かが切れる音がした。


 小石を投げられようと、植木鉢を落とされようと、足を引っ掛けられようと、決して動じなかったジンは、ここに来て初めて怒りという感情を見せた。


 100個もの嫌がらせを受け、溜まりに溜まったストレスのエネルギーが、肉まんを頬張るチンピラのドヤ顔を火種にして大きな爆発となったのだった。


 刹那、チンピラとジンの姿が消える。


 かと思えば数秒後、裏路地からジンは出てきた。


 ジンが出てきた裏路地には肉まんを頬張ったまま気絶するチンピラの姿があった。


 ジンの表情は一見穏やかなものであったが、普段のジンを見ている者ならば確実に気付くことができるほどに怒り狂っていた。


―――


 怒り狂ったジンは最高速で街を駆け巡る。


 その辺を歩いている人からすれば風が吹き抜けたようにしか感じないであろう圧倒的な速度だ。


 そして、1つの看板が高速で移動するジンの目にとまる。


【サギッタ商会】


 ジンは怒りのままに、その看板が掲げられた立派な建物の大きな扉を蹴破るのであった。


 この時、ジンは気付いていなかったが、この建物が建っている場所は裏の大通りと呼ばれるプカンの中でも最も治安の悪い場所だ。その治安の悪さから兵士も近付かず、悪の温床となっている程である。


 さて、蹴破った扉の先にはチンピラ達が50人程度いた。


 チンピラ達は扉を蹴破ったジンを見るなり、襲いかかる。ここはチンピラ達の本拠地だ。勿論その手には武器が握られている。


 しかし、ジンにとってその程度は誤差だ。雑魚が鋭い牙を持とうとも、所詮は雑魚。ジンに触れることも(あた)わず、チンピラ達は地に伏す。


 ジンに襲いかかろうにも速度が段違いだ。ジンからしてみれば、今のは「襲いかかる」と言うよりは「遅いかかる」と言ったところだろう。


 ジンの登場に一度は騒々しくなった建物の内部は一瞬にして静寂が満ちた空間へと変わり、ジンは静寂の中、コツコツと音を立ててゆっくりと階段を登る。


 目指すはこの商会の会長の部屋だ。


 2階へと上がったジンは大きくて装飾の施された扉の前へと立つ。


 明らかに会長室であろうその扉を蹴破ろうとジンが足を上げた時、扉に2つの穴が空く。


 目には見えないもののその穴が空けた物の正体が飛来物である事を察知したジンは不可視の飛来物を寸前で(かわ)した。


「どうやら、当たってはいないようだな…」


 2つの穴が空いた扉の向こうから声が聞こえる。


 当初の想定通り扉を蹴破ってジンは部屋の中へと入った。


「どうもどうも、初めまして。アナタ方の嫌がらせに耐えかねて会長をシメに来ました、ジン・クロスです」


「お前がやられるからどんな奴かと思ったが、随分と細くて弱そうな奴じゃないか」


 ジンの自己紹介を受けて、会長と思われる男は傍にいる大男に話を振った。その男は30代前半と会長の職に就くには少し若かった。


「会長、あいつです。あいつが我らに楯突いた野郎です」


 顔面の形が変形しているものの、その体格と声からして先日ジンが倒した大男に間違い無いだろう。


 そして、顔面の形が変形しているのは恐らく、一般人に負けてノコノコと帰ってきたことに対する何らかの罰を受けてのことだろう。


「ジン・クロス、とか言ったな。私はこのサギッタ商会の会長を務めているサギッタだ。2度と表を出歩けない身体にして、ここに来たことを後悔させてあげよう」


「またまた、ご冗談を。表を出歩くことができなくなるのはアナタですよ」


 ジンもサギッタも落ち着いた口調ではあったが、2人の殺意は正面からぶつかり合い、その場にいる大男が全身にヒリヒリとした痛みを感じるほどであった。


 ジンはサギッタの様子を見る。手に弓を構えていることから彼の武器は十中八九 弓矢であろう。


 と、ジンが観察をしている最中、サギッタの指が弓の弦を弾く。


「『平和(ピンフ)』」


 サギッタは魔法名ではない何かを呟いている。


 その言葉の意味は分からなかったが、自分に弓が向けていることから、攻撃を受けていることを察したジンは素早く反応して躱した。


 外れた攻撃が扉を抜けた遥か後方の壁に当たって穴が空く。


「会長の得意技『平和(ピンフ)』を躱しただと!?」


 大男が驚く。


「サギッタさん、オレに弓矢の(たぐ)いは当たらないよ」


「どうかな!会長はあの伝説と呼ばれた弓術を継承しているのだ!」


 何故か自慢気に会長について語る大男の右肩に風穴が開く。


「お前はバカか、敵に手の内を明かしてどうする?」


「す、すいません」


 大男は左手で右肩を押さえながら答えた。


「サギッタさん、バカな部下に情報をバラされたようだけど、大丈夫かい?」


「ああ、別に問題ない。その弓術には私なりの改良を加えて既に別物になっているからな。『(ハク)』」


 またもサギッタは不可視の矢を飛ばす。しかし、所詮は弓矢、放つ瞬間され見れば躱すことなど造作もない。


 そう、思っていたジンであったが、飛んで来た矢を躱しきることができずに左腕を(かす)める。


 放たれた矢はジンの移動速度よりも早かったのだ。


「くっ」


「ほらな。別に問題はない。伝説の弓術と呼ばれた弓術だ、少しばかり相手が素早いくらいで当たらないなんてことはありえない。ほら、次行くぞ。『(ハク)』」


 躱すことのできない速さの不可視の矢。


 ジンはそれを直感的に武器を使って弾く。弾くというよりは、軌道を変えたという方が正しいだろう。


 不可視である理由が空気で作られているからであると、ジンが気付くのは然程難しいことではなかった。


 なぜなら、ジンは知っているからだ、俺の使う魔法「ウインドナイフ」や「ガスト」が空気を固めていることを。そして、それらの重さは普通の空気よりは重いにせよ武器で弾くことができる程度には軽いこともジンは知っていた。それ故に軽く触るだけで軌道が変わることに気付いたのであった。


「躱すという選択をしたオレの間違いだったようだね」


「高々一度防いだ程度で図に乗るな!『立直(リーチ)』」


 ジンはこの矢も容易に弾く。


「どうやら底は知れたようだね」


「『立直一発(リーチイッパツ)』」


 だから効かないって、そう言いたげにジンは再度矢を弾く。


 しかし、矢を弾いたはずのジンの右脇腹からは血が出ており、服に(にじ)んで滴り落ちていた。


「そうか、陰にもう1つ矢があったのか」


「恥じることはない、この矢が例え不可視の矢でなくとも初見で防ぐことなどできないからな」


 サギッタは誇らし気にそう言っているが、ジンの思いは違った。


 明らかな慢心が招いた結果にジンは自分に(いきどお)りを感じていた。


「いや、恥だよ。相手を(あなど)って受けた傷は恥でしかないね」


「どう考えるのもお前の勝手ではあるが、どのみち今更何をしても遅い。『一気通貫(イッキツウカン)』」


 放たれた不可視の矢をジンは観察する。サギッタの攻撃モーションや周囲の変化から、その攻撃がどんなものであるのかを見極めるのである。


 そして観察の末、ジンはその攻撃を躱した。


 この間、およそ0.25秒。それは、ずば抜けた集中力、動体視力、観察力、移動速度がなければ成し得ない芸当だった。


 ジンの躱した矢は後ろにある全ての物を貫くほどの威力であったことから、ジンの弾かずに躱す判断は正しいものであったと証明される。


「ぐっ」


 されど、ジンの脇腹からは血が出続ける、素早い動きにより傷が開き、さらなる痛みを生み出しながら。


「躱すのは正解だ。矢の速度は落ちるものの、貫通力を上げるこの一撃は弾くことなどできない。では次だ。『九蓮宝燈(チューレンポウトウ)』」


 ジンの行動に答え合わせをするようにわざわざ解説をしながらサギッタは攻撃をする。


 そして、次の攻撃に対してジンは嫌な気配を感じてサギッタの横方向、肩を押さえた大男の後ろへと逃げる。


 ジンが攻撃から大きく逃げた直後、元々ジンがいた場所は半径15m程度のクレーターのような大穴になっていた。


「うーん、勘がいいのか、観察眼が素晴らしいのか。『一気通貫(イッキツウカン)』と『九蓮宝燈(チューレンポウトウ)』は見た目じゃ変化なんてないだろうに。『九蓮宝燈(チューレンポウトウ)』は見たら死ぬっていう触れ書きが台無しじゃないか」


 ジンは既に話すことをやめているというのに、サギッタの一方的な会話は終わらない。


 サギッタの話を聞き流しながら、ジンは思う、相手の油断を誘うような、相手の裏をかくようなその戦い方は誰かに似ていると。


 その考えの答えを出す間も無くサギッタは次の攻撃へと移る。


「『立直一発(リーチイッパツ)』『門前清自摸和(メンゼンチンツモホー)』『断么九(タンヤオチュー)』『二盃口(リャンペーコー)』『ドラ』『ドラ』」


 ここに来てまさかの連発。


 見たら死ぬとまで言っていた「九蓮宝燈(チューレンポウトウ)」を躱したからなのか、サギッタは戦法をガラリと変えていた。


 肌で感じる無数の不可視の矢を前にして、ジンの集中力は爆発的に上がる。


 そして、ジンはいくつかの矢をその身に受けつつも、矢の多くを紙一重で躱すと、未だ余裕を見せ続けるサギッタの左後方上部の死角へと移動し、双剣を思い切り振りかぶってサギッタへ突き刺す。


「『槍槓(チャンカン)』」


 突然、サギッタの弓を持った手だけが、ジンの方へと動き出し、ジンはその弓で殴られた。


 まるで弓を持つ手だけが別の生き物のようだった。


 ほとんどダメージはないもののジンは後ろへと下がる。


「あー、痛い、痛い。致命傷にならなくて本当に良かった。死角からの攻撃が当たらなくて不思議そうな顔だ。しかし、私が使っているのが最強の弓術であることを踏まれば、何も不思議ではない。ただ、反射的に気配を感じ、反射的に攻撃した、たったそれだけのこと」


 途中で防がれてしまったため、ジンの渾身(こんしん)の攻撃は双剣が肩に2cmほど刺さる程度で終わってしまった。


 しかし、それでいい。2cmも刺されば、毒は充分に効いてくれる。


 サギッタの減らず口は毒が身体に回るとともに止まり、そのまま倒れた。


「流石は伝説の弓術だったね。街の小悪党にこんなにも追い詰められるとは思わなかったよ。ただ、使い手が未熟で本当に助かった」


 倒れこむサギッタにそう嫌味を告げたジンは建物を出た。そして、今回の一件を終わらせるためにジンは幾人(いくにん)かの兵士を呼んだ。


 傷だらけのジンを気にかけ治療をしようかと提案する兵士もいたが、その兵士に満身創痍(まんしんそうい)のジンはこう答えて立ち去った。


「オレはただ、怒りのままに暴れただけさ。感情のままに暴れた上に、無関係な兵士さん達に迷惑をかけるなんて恥ずかしいから、オレはこのまま帰るよ。それと、サギッタ商会の壊滅も兵士さん達がやったことにしといてね。オレはもう、疲れたから」


 多数の傷と大量の出血という、得たものに見合わない代償を背負って、ジンは宿屋へと帰った。

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