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17.1 目指すは欠落の街


 波乱の夜が過ぎた翌朝。


 (たたず)まいからして眠さMAXな俺がフラフラと歩いてていると、見慣れた白い魔法使いの姿が見えた。


「カ、カレン、様。お、おはようございます!」


 眠い頭が一瞬で()え渡り、俺は大きな声で挨拶をする。もちろん迅速(じんそく)に腰を曲げることも忘れない。


 大きな声で挨拶しましょうなんて、義務教育の中で耳に胼胝(たこ)ができるほど聞いたその言葉をここまで明確に実践したのはきっと今日が初めてだろう。元の世界にいた時の記憶がはっきりとあるわけではないからわからないけど。


「何ですか、その気持ち悪い呼び方?それに、その態度。まあ、ケンさんが急に変なことするのはいつものことですし、気にはしませんけど。ともかく、おはようございます」


 カレンはいつも通りの調子でそんなことを言った。


 それはまるで昨日のことなど覚えてすらいないようだった。


 いや、もしかしたら、実際に覚えていないのかも知れないな。


 何はともあれ、覚えていないと言うなら好都合だ。


 変に墓穴(ぼけつ)を掘る前に、俺も昨日のことは忘れてしまおう。


「あ、いや、なんだ。まあ、俺なりの冗談みたいなものだ、気にしないでくれ」


「へぇ、面白くない冗談ですね。あまり他所ではやらない方が良いですよ」


「…随分(ずいぶん)辛辣(しんらつ)だな。まあ、気をつけるよ」


「そう言えば…」


「ん?」


「私が寝ているのに、みんなが騒いでいて、それを注意する夢を見たんですよ」


 おおっと、昨日のあれを夢だと思っている感じかぁ?


「へえ、変な夢を見るものだな」


「今思うと、(みょう)に現実味があったような…」


「そんなことより、準備の方は大丈夫か?そろそろ出発じゃないか?」


 勘付かれる前に、強引に話を()らす俺。


「はい、私は準備できているのでいつでも出発できますよ」


「お!そうかそうか。なら、アイリーンとウェンディにも確認してくるかな。2人も準備できているようなら、すぐにでも出発するとしよう。カレンは少し待っててくれ」


 そう言って俺は、カレンから返事が返ってくるよりも早く、アイリーンとウェンディの部屋に向かった。


―――


 早歩きの俺はそれこそあっという間にウェンディの部屋の前へと到着した。


 さて、並みの人間なら、ここでノックをせずに開けて着替え中、みたいなラッキースケベ発生の流れではあるが、俺は天才だ。


 そんな使い潰された展開など、踏襲(とうしゅう)するわけがない。


 そう考えながら俺は部屋の扉をノックした。


「おはよう。俺だけど、入っても大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ」


 ちゃんとウェンディの返事を聞いてから、部屋の扉を開ける俺。


 その俺の瞳には下着姿のウェンディとアイリーンの姿が映った。


「って、どこが大丈夫なんだよ!」


 色々なツッコミどころが頭に浮かんでくるも、とりあえず1番のツッコミどころから指摘した。


「ケンになら見られても大丈夫って意味だよ」


 軽くウインクをしながらウェンディはそう言った。


「いやいや、そんな頓知(とんち)いらないだろ!?」


 思わず大きな声を出して俺はツッコんでしまう。


「ケン、いつまでも部屋の扉開けていられると恥ずかしいんだけど…。早く中に入って閉めてくれない?」


「あ、悪い。アイリーン」


 冷静なアイリーンの声に従って、俺は早々に部屋の中へと入って扉を閉めた。


「ありがと」


「って、俺入る必要なくね!?あの場で部屋の扉閉めれば良かったじゃん!?」


 上手いことアイリーンに乗せられた俺はそのことに気付くと、部屋から出るべくドアノブに手をかけた。


「ケン、待って。今、出ていったら、わたし大声を出すよ。それだと色々と困るよね。わかったら、取っ手から手を離して」


 ウェンディに脅されるがままに俺は手を離す。


「ああ、わかった。代わりに俺の質問に答えてくれるか?」


「良いけど、質問するなら、いつまでも扉の方を向いていないで、こっちを見てよ」


「いや、それなら、質問しなくて良いわ」


「ケン、ケンには今、選択権はないの、わかってる?早くこっちを向いて質問をしてよ」


 ウェンディは脅しのプロかな?


 仕方ないので俺はウェンディ達の方を見る。


 女子の下着姿と言うものは裸よりかえって煽情的だったりするので、俺の心臓はバクバクと大きな鼓動の音を響かせ始める。


「ああ、わかったよ。じゃあ質問だけどよ、なんでここにアイリーンがいるんだ?2人は部屋、別々だよな?」


「別々だけど、今日はお揃いの服にしようってウェンディに言われたから、その相談にウェンディの部屋に来たの」


 そんなに服持っていたかな?


 と思ったが、おそらく昨日のメアリーによるもてなしの際に貰ったのだろう。


「相談するだけなら脱がなくて良くない?」


「あたし達は同じ体型なんだから、お互いに服を着ていった方が早いでしょ」


「ああ、なるほど」


 ああ、なるほど、なんて言って冷静な会話をしているが、かたや下着姿の女子、かたや男と言う事件の香りしかしない組み合わせだったりする。


「質問ってそれだけ?」


「いや、まあ、気になっていることといえば、ウェンディはともかく、アイリーンはなんでその姿のままなんだ?早くなんか着たらどうだ?」


 俺はアイリーンに1番と言っても良いほど気になっていた質問をする。後ろで「ともかくって何よ!」と騒いでいるウェンディは一旦無視の方向で…。


「昨日あたしの裸を見ておいて、随分と白々しいこと言うんだね」


 目のやり場に困った俺の提案に、アイリーンはそう返した。


「え!やっぱりケンはお姉ちゃんの裸見てたんだ!」


 その返しに反応したのは俺ではなく、ウェンディだ。ウェンディは俺に詰め寄って問い詰めた。


 あまりの迫力に俺は少し仰け反る。


「いやいや、見てない見てない。ちょっとだけしか」


「見てんじゃん!」


 ボロを出した俺の目にウェンディの指が刺さる。


 今潰す必要なくない!?


 と思いながらも俺はうずくまり、目を押さえて痛みに悶えた。


 この状況に既視感(きしかん)(目を潰されているのに既視感と言うのも変な話ではあるが)を感じながらも、俺は魔術を使って目を治した。


 そして、治った俺の目が見た光景は、(わず)かにしか残っていない衣服に手をかけ、今にも脱ごうとするウェンディの姿だった。


「って、何をしているのですか、ウェンディさん?」


「だって、お姉ちゃんばっかりケンに見せているのは不公平でしょ?だったら、わたしも見せないと」


「いやいや、おかしいだろ!?つか、脱いでも俺は見ないぞ!」


「わたし、言ったよね?ケンには選択権はないって」


 あれ?今って夜だったかな?


 そう思うほどにウェンディの行動は破茶滅茶だった。


 天才の俺とは言えども、この状況を打破することはできない。


 もう神頼み。いや、この際、悪魔でも良い。ともかく何かに縋りたい。


 俺がそんなことを考えていると、部屋の扉がガチャリと開く。


 そう、この状況を打破できる神は今、扉から訪れたのだ。


「あら、ウェンディ。私抜きでとても楽しそうなことをしていらっしゃるのね?」


「メ、メアリー…。どうしてここに…?」


「そうですね、私がウェンディと同じ立場なら、同じことをしたから、とでも答えておきましょうか」


「まったく、厄介(やっかい)な強敵もいたものね」


 ウェンディの言う強敵は、「強敵」と書いて「とも」と呼ぶパータンなのでは?


 まあ、お互いに抑止力になっているのであれば、俺的には問題はないのだが。


「それに、ケンに肌を見せるのは私の役目ですから」


 あ、すいません。助けに来たのは神じゃなく、悪魔っぽいです。


「メアリーはやらしい格好で散々ケンに迫っていたでしょ!どう考えても今度はわたしの番じゃん!」


「それはそれ、これはこれです。そもそも私達はケンを取り合っているのですから、私はなるべく自分とケンの接触を成功させ、ウェンディとケンの接触を妨害する方が自然ではないですか?」


 はてさて、ここまで既視感があるのも珍しいもので、俺はこの口論の光景を昨日も見たはずだ。


 この流れであれば、次はアイリーンによる漁夫の利が入るはずではあるが、どうやら今日はそうならないらしい。


 と、言うのも、メアリーと口論をしているウェンディの右手はアイリーンの左手首をしっかりと掴んでいた。


 さすがに昨日の今日の出来事だ。しっかりと対策をすれば、再現なんてされるはずがない。


 そう、しっかりと対策ができていれば、だ。


 ここまで頭が回っているはずなのに、何故か昨日の結末が頭から抜け落ちている俺。


 その抜け落ちたパーツは、ガチャリと言う扉の開く音が耳に入ると同時に、頭に入ってきた。


「ケンさん。何を、しているのですか?」


 普段であれば、本能のまま音のする方に向かって回転する俺の首も、今回ばかりは重く、()び付いた蛇口のハンドルように回ることはなかった。


 だが、ハンドルは回っていないと言うのに、俺の額はビショビショだった。


「カ、カレン。いや、まあ、何というか、流れでと言うか…。もしかして、怒っているのか?」


 怒っている人に怒っているのかと聞くほど野暮なことなんてないけれど、それを言ってしまうのが俺な訳で。


「ええ、まあ、怒っていますけど」


「本当にすまない。俺もカレンを待たせているなとは思っていたんだけど、色々あってこの部屋からでれなくてさ」


「私に謝るのはこのことだけですか?」


「いや、ええっと…」


 ヤバい、マジで心当たりがない。俺はカレンに何したんだ?


「今、この部屋の様子を見て、はっきりと思い出したんです、昨日のことを」


「あっ。あー、なるほど」


 この台詞がカレンの堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒を切った。


 鉄拳制裁。カレンの拳が顔面に当たる。


 まあ、カレンの拳なんて、鉄拳と(しょう)すことができるほどの力なんてないから、もはや綿拳と言い換えても良いのだが。


「『なるほど』じゃないですよ!何ですか、『なるほど』って!」


 俺の態度がカレンの怒りを増幅させてしまったらしい。


 ともかく、確かに嘘を付いて誤魔化したのは、今考えるとあまり良くなかったな。


 俺達は冒険者だ。仲間に命を守ってもらい、仲間の命を守る。


 そんな互いの命を預け合っている間柄で、自分のメリットのために仲間を欺くというのは、あまり褒められた行動ではない。


 その行動は突き詰めればピンチの時に自分だけが助かる選択をする、というように捉えられるからだ。


 多少、大袈裟かも知れないけど、裏切られる前に裏切るフラグなんてものが立ってしまわないように、小さな軋轢(あつれき)は治しておこう。


「本当に申し訳ない。2度とカレンを騙すようなことは言わないし、言葉遣いにも気を付けるから、今回は許して欲しい」


 俺は深々と頭を下げる。それこそ、今朝の挨拶の時よりもさらに深くだ。


 俺が顔を上げると、カレンは目を丸くして驚いていた。


 どうやら、カレンは俺がお茶を濁すと踏んでいたらしい。


「反省はして欲しかったですけど、そこまで反省の意を示されると、逆に気持ち悪いですね。まあ、今回は許してあげます」


 フラグは俺の取り越し苦労だったようだ。


「ありがとう。これからは気を付けるから」


 ホッとしてそう答える俺の肩にポンッと手が置かれる。


 俺がそちらに目を向けると、メアリーの笑顔がそこにはあった。


「ケン、その嘘をつかない約束、私とも交わしませんか?」


 その言葉にはNOと言えない迫力があった。


「あ、わたしも!」


「あたしも…」


「…ああ。わかったよ。みんなにも嘘はつかない」


 便乗(びんじょう)するニューランズ姉妹共々、俺は嘘をつかない約束をする羽目(はめ)になった。


「良かったです。ところで、ケン。私の質問に答えていただきますか?」


「ん?ああ、良いけど。なんだ?」


 約束をしたのも(つか)の間、唐突にそんなことを言い出すメアリーに俺は疑問符を浮かべながら返事をした。


「ケンは、女の子の胸、大きい方が好きですよね?」


 唐突に変なことを言い出すメアリー。


 一瞬、俺の耳がおかしくなったのかと思った。


「は!?いやいや、そんなの答えるわけないだろ!」


「あら?私の質問に答えてくださるのですよね?もしかして、先程の回答は嘘ですか?」


 は、()められた!


 つい、「ところで」なんて接続詞がつけられたから話は変わったものだと思ったが、実は全然話は変わっていなかったのか!


「わかった。答える。でも、そんな質問の答え、そんなに興味ないだろ?」


「いえいえ、大事なことですよ。少なくとも私とウェンディの間ではね」


 そのメアリーの言葉に首を縦に振るウェンディ。


「あー、なるほど」


「さあ、早く答えてください!」


「ち、小さい方が好き、です」


 ぐおぉ、恥ずかしい。なんで、女子4人の前でこんなこと言わなきゃならんのだ。


 なんて、内心 恥ずかしさのあまり(もだ)えた俺ではあったが、俺の言葉を聞いた4人は各自様々な反応を見せていた。


 驚きと落胆の表情を見せるメアリー。


 そのメアリーを煽るように勝ち誇るウェンディ。


 ホッと胸を撫で下ろしたアイリーン。


 そして、手を胸の前でクロスさせるようにして胸を覆いながら俺を(さげす)んだ目で見つめるカレン。


「ケンさん。ケンさんは私のことをそんな下卑(げび)た目で見ていたのですか?」


「いやいや、誤解だって、それは!ただ好みの話だからね」


 カレンの問いに俺は弁明をする。


「…ぃできます」


 カレンへの弁明も束の間、今度はメアリーが何か言い出した。


「なんて?」


 ボソリと言ったその言葉を、脊髄(せきずい)反射で聞き返す俺。


「削いできます!ケンが小さい方が好みなら、私はケンの好みに合わせます!」


 いつも冷静なメアリーはまるで子供のように感情のままそう言った。


 部屋の片隅にいるメイさん(いつの間にかいた)は何やら刃物を持っている。怖っ。


「ちょっと待て、メアリー!」


 部屋から出ようとするメアリー腕を俺は掴む。


「止めないでください、ケン。私はケンの1番になるのです!」


「そのままで良いから!」


「なぜですか!?ケンは小さい方が好きなのでしょう?」


「いや、そりゃどっちかを選べって言われたら、そうだけど。無理して小さくする必要なんてないって。大きい小さいじゃなくありのままでいること、それが俺の1番だから」


 俺の言葉を聞いたメアリーはピタリと動きを止める。


「本当ですか?」


「ああ、本当だ」


「大きい胸も好きですか?」


「ああ、好きだ」


 って、いつの間にか俺の性癖発表会になってる!?


 そう気付いた時、部屋は静寂に満ちていた。


 各々(おのおの)が各々の感情を抱きながら。


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