16.5 波乱の夜
俺とカレンがヤポンから戻ると、ウェンディとアイリーンが城の人達と準備をしていた。
俺は「迷惑かけるのも悪いから自分達だけで準備をする」と言ったのだが、メアリーが「私は城で見守ることしかできませんし、準備くらい手伝わせてください」なんて言うものだから、準備を手伝ってもらうことにした。
普段俺達が用意しないような物まで用意してくれていて、大量の物資を持ち歩くことになった。
まあ、収納の腕輪まで用意してもらえた(腕輪はウェンディが管理してくれることになった)ので、持ち運びに関してはそこまで不都合な点はないが、それだけ大量の物資についてあれやこれやと精査していると、そりゃ時間も往々にして過ぎ去っていくわけで、あっという間に帝都の夜を迎えた。
そして、俺達一行はそれぞれ城の一室を借りて一晩を過ごすことになった。
―――
俺とカレンはかつて1度だけ泊まったことがあるのだが、2度目とは言え、この広さには一向に慣れる気がしないな。
そんなことを考えながら、風呂上がりの俺がだだっ広い廊下を歩いて、部屋へと戻ると、妙な違和感に気付いた。
違和感はベッドの上、こんもりと膨らんだ掛け布団だ。
ちょうど人1人が中に入っているのだろうと思えるその膨らみに俺は心当たりがあった。
いや、というより、夜にこんな状況になったことは数回あるので、心当たりが無い方がおかしい。
大方、昼間にメアリーと2人で出かけたことを根に持ったウェンディが本命と言ったところか。それで対抗がアイリーンかな。
まあ、ともあれ、夜のニューランズ姉妹は何を仕出かすかわからないわけで。
そんなことを考えながら、俺は掛け布団を捲る。
その時、俺は思い知る、俺の予想は大外れだったことを。
正解はメアリー、大穴だ。昼間のあれで満足したんじゃなかったのか。
いや、そんなことよりメアリーの格好が問題だ。
ワンピース型の服(というか下着か?)を着てはいるのだが、丈が短く、綺麗な生脚が太ももまでバッチリ露わになっている。
視線を上半身に移せば、豊満なその胸も今は隠れることを知らず、大胆な主張をしている。
さらに服の布は透けており、見えたらマズイところの際の際まで見えてしまっていた。
端的に言って、煽情的な格好だ。
「あら?ケンはこう言った格好がお好きなのですか?そんなに喰い入るように凝視してしまうなんて、やっぱりケンも男の子ですね」
そんなにガン見しているつもりではなかったのだが、メアリーに指摘され、俺は顔から火が出そうな思いになる。
俺は天才だ。
天才だけれど、天才にだって苦手なことの1つや2つあるわけで。
そんな支離滅裂な謎の言い訳を心で唱えながら、俺はメアリーへ疑問を投げかける。
「な、なんで、メ、メアリーがここにいるのだ?」
もちろん動揺のあまり、噛み噛みのしどろもどろで語尾まで変な感じになってしまっている。
「それはもちろん今宵が好機だからです。ケンがこの城に宿泊してくださるなんて、滅多にあることではありませんから」
オーバーヒート寸前の頭をフル回転し、俺は理解する。
どうりでやたらと説得してきたわけだ。それに、準備も良かったしな。細工は流々ってことだったんだな。
「だとしても、マズいだろ!その格好は!」
「あら?そんなことを言っていながら、視線は私の身体からひと時も離れていないではありませんか。身体は正直ですね」
体勢を幾度となく変えながら、メアリーはそんなことを言っている。
メアリーが動く度に、見えそうで見えないもどかしさが俺を襲う。
「本当に、これ以上は…」
「これ以上は?」
「耐えられる気がしないから…」
「我慢する必要なんてありません。ここには貴方と私、2人しかいないのですから。さあ、2人で朝まで楽しみましょう」
「ッ!」
ギリギリのラインで踏み止まっていた俺の足は地から離れ、そのラインを今にも跨ごうとする。
メアリーはいきなり起き上がって、ベッドの上に膝立ちになったかと思うと、ベッドの傍らに立つ俺の方へ両腕を伸ばした。
メアリーの白く細い綺麗な2本の腕が俺の首に蛇のように巻きつく。
いつの間にかメアリーの唇は俺の耳元まで近付いていた。
「…良いのですよ。ケンの見たいところも触れたいところも全て、今宵は貴方のものです」
俺に追い打ちをかけるようにメアリーは小声でそう囁いた。
刹那、俺の理性に大きなヒビが入った。
あー、ダメだ。もう無理、無理。必死に耐えているのが馬鹿らしくなってきた。据え膳膳食わぬは男の恥ってな。
「そう、そうだよな、良いよな。我慢する意味がわからないもんな」
メアリーに丸め込まれた俺は、メアリーの両肩に手を置き、2人の身体を引き離す。
俺とメアリーの間には少しの空間が生まれ、互いに相手の目を見つめあった。
2人の距離が離れたのも束の間、再び俺達の身体は近付き始める。
顔同士が、唇同士が、今にも触れてしまいそうな距離になる。
しかし、その唇は重なることはなかった。瀬戸際で俺の後方にある扉が音を立てて開いたからだ。
俺は反射的に音がした方を振り返る。
そこにはウェンディとアイリーンがいた。
「ちょっ、ちょっとケン!何してるの!?」
耳をつんざくウェンディの声が部屋中に響く。
その声は俺の脳を揺らし、崩れ去っていた理性が瞬時に復活する。
それと同時に、額にブワッと汗が滲み出た。
冷や汗だ。
こんな姿を見られてしまってはもう言い訳ができない。
そもそも直前で未遂に終わったとは言え、俺はメアリーとキスする気満々だったわけだから。
片手を腰に当てて今にも眉尻付近に怒りマークが浮かんできそうなほど怒っているウェンディと、俺達から身体の向きを少し逸らして真っ赤な顔を手で覆っているアイリーン。
どう考えても2人とも何をしようとしていたかわかっている反応だ。
それどころか、未遂に終わった事実すら知らない分、さらに厄介な感じになっているかも知れない。
「おかしいですね。私の計画では貴方達はここにいらっしゃらないはずだったのですが。私、どこか間違えてしまったのでしょうか?」
「いえ、メアリーさんは何も間違えていないですよ」
「では、なぜ…?」
メアリーの言葉を遮るようにウェンディは理由を述べる。
「わたしがメアリーさんと同じ立場なら、同じことをしたからです!」
堂々とそんなことを言ってのけるウェンディに、メアリーは数秒ポカンとした(と言うにはマヌケな表情ではなかったが、便宜上そうしておく)かと思うと、笑い始めた。
「ふふふふ、なるほど。確かに、そうですね。私と同じ発想なのであれば、如何に策を巡らせて隠そうとすぐに看破されてしまいますね」
どうやらメアリーの策をウェンディが看破したらしいってことだけはわかった。
メアリーとウェンディが似た者同士ってことは以前から思っていたが、昼間のお互いに牽制を入れるような態度とは違い、今は全力で戦う所存らしい。
そんなわけで、メアリーはベッドから立ち上がり、ウェンディは部屋の入り口から中へと入り、お互い距離を詰めるように歩き始めた。
そして、ちょうど部屋の中心で動線がぶつかったかと思うと、口論が始まった。まあ、2人とも今は綺麗な言葉使いだから、乱闘に発生することはなさそうだ。
俺は天才だ。だけれど、2人の美少女が俺を取り合って口論になるほど、俺に魅力はないと思うぞ。
なんて、俺が謙虚な考えになってしまうほどに、2人の口論はヒートアップしていった。
気付けば、俺の良いところを交互に言い合うなんて、少なくとも当の本人がいる場でやることではない展開になってしまう。
ちょ、やめて、恥ずかしい。
そんなわけで、どう対応して良いか迷っていた俺は流石に2人の口論を止めに入ろうと、立ち上がった。
「2人とも、落ち着いて…」
俺がそう声を上げながら、部屋の中央にいる2人に近付くと、突如、引力によってベッドへと引き戻される。
何が起こったかわからずに俺が混乱していると、掛け布団が俺の上に覆い被さる。
突如真っ暗になった視界の中、1つの小さな声だけが耳元でそっと囁かれる。
「ケン、あたしもケンとそういうことしたいよ」
ア、アイリーンか!?
よくよく考えてみれば、俺の上に乗っているものの重量は掛け布団だけでないことは明らかだ。
掛け布団と同タイミングでアイリーンも俺の上に覆い被さっているらしい。
その事実に気付いた瞬間、俺は肌で感じる。
肌と肌が触れ合っているのだ。
「アイリーン、もしかして…」
「恥ずかしいから、声に出さないで」
色っぽい声でアイリーンに抑制される俺の唇にはアイリーンの人差し指が当たっている。
間違いない。アイリーンは今、全裸だ!
ヤバい、ヤバい、ヤバいって!
ちょっと待って、どうすれば良いかわからない。
えーっと、待って、こういう時は…。
焦りのあまり思考がまとまらない俺。
そんな俺に突如光が差す。
当然解決策を思い付いたわけではないので、物理的に光が差したのだ。要は、掛け布団が剥がれたってことだな。
「ちょっとお姉ちゃん。どさくさに紛れて、何をやっているのかな?」
「私達2人が気を取られている間に漁夫の利を狙うなんて、アイリーンさんもなかなか抜け目ないですね」
掛け布団を剥いだのは異変に気付いた2人。ベッドの脇に仁王立ちになっている。
視覚が自由になった俺は視線をアイリーンの方に動かす。
肌色で溢れた光景を目の当たりにした刹那、ウェンディの指が俺の両目にグサリと刺さった。
「ケン!見ちゃダメ!」
目が、目がぁー!
いや、見ちゃいけないのはわかるんだが、それでもこの対応はちょっと過剰過ぎないか?
両目を押さえて蹲った俺は自分に対して「タイムバックワード」の魔術を使う。
女子の裸を見ようとして潰された目を治していると思うと、なんだが情けなくなってくる。
痛みが徐々に引いていき、無事両目とも完治した俺は、目を押さえていた手を外す。
おそらく全裸だったアイリーンも布を羽織っている。
「それで、2人の話はまとまったのか?」
良い感じに逸れた話を蒸し返すような話題提起をしてしまう俺。
いや、まあ、良くも悪くもアイリーンの行動で口論は一時中断したわけだし、もしかしたら仲直りできている可能性も、ね?
「うん。あとはメアリーがケンを諦めてさえくれれば、万事解決かな」
「そうですね。ウェンディがケンを諦めてさえくだされば、万事解決ですね」
前言撤回、ダメだこりゃ。
「って、あれ?2人とも呼び方変わったか?」
「あ、そういえば…」
「…そうですね」
不思議そうな顔をしながら、相手の方を見る2人。
案外仲良くなったのか?
「まあ、口喧嘩している相手にさん付けするのもおかしな話だしね」
「ええ、それにウェンディも私と同じくらいケンを愛していることがわかりましたから」
「お、それは良かった(?)」
なんか丸く収まった雰囲気に乗せられて俺は一安心する。
「よく考えたらさ、こんなに迫られているのに、1人を選ばないケンが悪くない?」
ウェンディがふとそんなことを言い出す。
「確かに、ウェンディの言う通り、かも知れませんね」
「ならさ、今回の件は、ケンが痛い目を見て終わるべきだとわたしは思うんだ」
「そうですね。少し優柔不断なケンにはお灸を据えて差し上げなければならないでしょう」
ジリジリと詰め寄ってくる2人。
何されるか、わかったものじゃないが、少なくとも俺にとって良くないことであることは確かだろう。
「ちょっと一旦話し合おうか。待って、待ってくれ、待ってください」
俺の制止も聞かず、詰め寄る2人。
あ、ダメだ、これ。
と、思った直後、再び部屋の扉が開く。
4人して、扉の方に目を向けると、そこにはカレンが立っていた。
「お、カレン!ちょうど良いところに!ちょっと話を聞いてくれよ!」
渡りに船とはまさにこのことで、俺はカレンに助けを求めるべく声を上げる。
「…ぅ…さいです」
カレンがボソリと何かを呟く。
「さい?犀ってあれだろ、鼻の上に大きな角を持っている4足歩行の動物」
まあ、いきなり犀の話なんてしないだろうし、違うだろう。
「五月蝿いです…」
今度はカレンがなんと言ったかはっきりと聞こえた。
カレンの表情を見ると、それはそれは見事に目が据わっていた。
あー、そうだよなぁ。
俺は一瞬で全てを察する。俺達の騒ぎで寝てるところ起こしちゃったんだな。
今は充分に夜と言ったところなのだが、まだ寝るには少し早いくらいだ。
しかし、それは帝国時間での話。当然昨日までヤポンで寝泊まりしていたカレンを含む俺達の体内時計はしっかりヤポン時間で設定されてしまっている。
そして、ヤポン時間で言えば今はまさに深夜。
こうなってくると、カレンのように寝ている方が当然の行動で、むしろ俺達の方がなんで深夜に馬鹿騒ぎしているんだって感じだ。
深夜に騒ぐ輩がいれば、据わった目で文句を言いに行くだろう?
カレンだってそうしたし、誰だってそうする。俺だってそうする、かも知れない。
そんな自分の過ちに気付けば、することはもう1つしかない。
「カ、カレンさん。いや、カレン様。夜中に大騒ぎしてしまい、誠に申し訳ございません。直ちに静かにいたします」
先程まで取っていた姿勢と相まって、俺はベッドの上で土下座をした。
俺の謝罪を聞き取ったカレンは、まるで亡霊が成仏するように(失礼)、何も言わずに部屋の入り口から去っていった。
部屋に残された俺達4人はお互いにキョロキョロと顔を見合う。
俺やメアリーのように理解力の超能力がなくても、この状況は当然理解できるわけで。
何より、カレンの気迫に気圧された俺達は、挨拶もほどほどに、それぞれの部屋に散っていった。
ちなみに、あまりにも刺激的な視覚、触覚の情報を思い出して、俺が眠れなかったのは言うまでもない。




