聖女、召喚師と身の上話をする
パウラたち工兵隊がやってきて、一週間が経過した。
正直、私はナメていたのだ――と思う。
何をって、エルナディア帝国の工兵の底力というのを。
正直、五十人も人手がいるならある程度は作業は捗るだろうと考えていた。
だが、そんな私の想像を遥かに上回って――彼らは仕事をした。
たった一週間で、道なき場所に道を通し、仮小屋を立て、湯船を整備し。
あっという間に《不帰の森》の開拓は進んでいった。
「聖女様、この岩はどうします?」
「ああ、それはあっちに移動! 湯船を広く使いたいの!」
「聖女様、宿泊施設の設計図なんですが、ここはどのように」
「これはこういう風にして怪我人でも安全なように……」
私は《シジルの聖女》として、社会人になって以来、一番濃密な一週間を過ごしていた。
何しろ、工兵の彼らはこういう土木作業に本当に手慣れていたのである。
麓の道から『聖女の湯』までの道などはその日のうちにあらかたの整備を終わらせ、あくる日には二号泉の整備に着手するほどだった。
そして――もちろん作業の終わりの彼らには、《聖女の湯》でのくつろぎが待っていた。
最初こそ、オンセンを不気味がっていた彼らも、交代交代で《聖女の湯》に浸かると皆考えを改めてくれた。
疲れが取れた、痛めていた膝が楽になった、硫黄の香りが心地いい――と、強面の男たちはまるで子供のように大はしゃぎ。
そんなわけで、最初は私のことを疑っていた彼らも、今や私のことを認めてくれ、心から慕ってくれるようになった。
確かな腕と経験、そして温泉の癒やし効果が合わさったことで能率はますます跳ね上がり、お陰で単なる山の中だった温泉は着実に拓かれ、徐々にではあるけれど温泉地としての体裁が整いつつあった。
「しかし、彼らがこれほど仕事をするとはな……正直脱帽する他ないな」
猛然と働き続けるエルナディアの工兵隊を眺めながら、私の世界から召喚したらしいスコップを持ったハイゼンが言った。
最初こそ頭脳労働者だとかなんとかグズグズ言っていた彼も、最近では率先してスコップを握り、作業に従事するようになっていた。
「本当にねぇ。この世界に来たときはどうなるかと思ったけど、予想外に進んでるから安心したよ」
しみじみと言った私を、ハイゼンが見た。
「しかしコノヨ、まだ聞かせてもらっていないことがあるぞ。お前は最終的にここをどういう風にするつもりなんだ?」
ハイゼンのその言葉に、私は少し考えてから言った。
「うーん、最終的には、温泉街にしようと思ってるんだ」
「オンセンガイ?」
私は大きく頷いた。
「そう、私の世界には温泉街って言って、温泉を中心に発展した街があるの。お土産屋があったり、食事する場所があったり、病院があったり――とにかく、そこで人々は湯治をしたりして疲れを癒やすわけ」
「お前たちの世界にはオンセンを中心に街まであるのか」
ハイゼンは信じられないというように目を丸くした。
「そう、温泉街。一番多いのは基本的に宿屋ね。お客さんはそこに何日か宿泊してゆっくり温泉に浸かるわけ。そうするとゆっくりできるでしょう?」
「なるほどな、宿屋か……確かにそれなら効率的に疲れが取れる」
感心したように何度か頷いた後、ハイゼンは何かを思いついたような顔で私を見た。
「しかしコノヨ、前から聞きたかったんだがな……お前、やたらとオンセンについて詳しいようだが、お前はオンセンに関する仕事でもしていたのか?」
真面目な顔での質問を、私は笑って否定した。
「いやいやまさか。私はただ単に温泉が好きなだけ。仕事は全然関係ない仕事だったんだよ」
「ふーん、そうなのか」
ハイゼンは意外そうに言った。
「それに、よく言うでしょ? 『好きなことは仕事にしないほうがいい』って。私は温泉が好きだけど、それを仕事にするのは別にしたほうがいいと思ってね」
無論、大学卒業を間近に控え、就職活動を始めたときは、どこかの温泉に就職することは考えないでもなかった。
だが、私にとって温泉は癒やしの空間であり、その舞台裏を見て幻滅するような事は想像したくもなかった。
結局、大学を卒業した私は普通に一般企業への入社を希望し、召喚されたあの日までを暮らしていたのだった。
「好きなことは仕事にするな、か――その通りだな」
ふと――そんな声が聞こえ、私はハイゼンを見た。
ハイゼンは遠い目をしながら、感銘を受けたように何度か頷いた。
「もっと早く聞きたかった言葉だな、それは――」
ハイゼンが、何だか疲れたような声でつぶやいた。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「ヴェスヴィオス火山ではないか!」
そう思って頂けましたら【★★★★★】で評価お願いします。
何卒よろしくお願い致します。




