暗殺者、召喚師に見つかる
「私」の見ている目の前で、《シジルの聖女》は赤髪の女の顔に厚く泥を塗りつけ始める。
時折上がるキャッキャという声は本当に楽しそうだものだった。
二人とも、一体何をやっているんだ?
「私」はその光景を、木の陰からじっと眺めていた。
こんな山の中で、日の高いうちから水たまりで水浴びをしている女が二人。
片方の黒髪で貧相な身体つきをした女が標的――「私」が抹殺命令を受けている《シジルの聖女》を自称する女なのはわかる。
だが――なんでその隣に《紅蓮の舞姫》がいるのだ?
しかもその用心深さで知られる彼女が、武装するどころか服も着ないで素肌を晒しているなんて。
《紅蓮の舞姫》――それは大国・エルナディアの騎士団の中でも特に凄腕と名高い騎士のひとりだ。
一振りで十人をあっという間に斬り伏せ、どんな過酷な戦場からも舞い戻ったと言われるその高い戦闘能力。
その圧倒的な力と経験とを買われ、普段はもっぱら皇帝の身辺警護を務めている、敵国ウェインフォードでも名の知られた騎士だ。
それが何故、護衛もお供もつけず、聖女と二人きりで水浴びをしているのだろう。
それだけでもおかしなことなのに、二人とも実に楽しそうに歓談し、何の理由があってなのか、しきりにお互いの身体に泥を塗りたくっている。
一体、これは何の儀式なのだ。
しかもどうして二人ともあんなに楽しそうなのか――。
「私」はしばらく、その意味不明な光景をまじまじと眺めてしまった。
だが――却って仕事がやりやすくなったのは間違いなかった。
なにせ、私が暗殺を指示されている《シジルの聖女》だけでなく、隣には《紅蓮の舞姫》パウラ・ストラスまでもが全く無防備な状態でいるのだ。
聖女を抹殺し、更に紅蓮の舞姫をも討ち取ったとなれば、エルナディア側の戦力・士気は大きく削がれることになる。
当然、ウェインフォード側からの報酬は少なくとも倍にはハネ上がるだろう。
「ラッキー、カモネギね……」
「私」はそうひとりごちた。
どう考えても、暗殺するなら今がチャンスだった。
ここから直接あの二人をこの弩の毒矢で順に狙撃すれば全て片がつく。
《紅蓮の舞姫》は厄介な相手だが、相手は今丸腰どころかほぼ裸、反撃される心配は万にひとつもない。
しめしめ、どうやら今回の仕事はうまく行きそうだ。
「私」がいそいそと背中の矢筒から矢を抜き、弩につがえた、その瞬間――。
「おい、お前」
――と、突然。
背後から低い声で呼び止められた「私」は、驚いて少し飛び跳ねた。
「子供か? 子供が弩なんぞぶら下げて、こんなところで何してる」
振り返ると、この陽気なのに厚手のローブを着込んだ若い男だ。
男は明らかに不審そうな顔つきで、弩を構えている「私」を見下ろしていた。
ヤバい、こいつは――!
「私」はトントン拍子に進んだ状況に気をよくしていた自分を呪った。
深緑色の厚手のローブ、神経質そうな丸メガネ、翡翠色の瞳の若い男――。
その全てが、ウェインフォード側から予め通告されていた人物の特徴に一致した。
ヤバい、《シジルの聖女》の下僕に気づかれた――!
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