聖女と女騎士、昔語りする
「家族?」
私は鸚鵡返しに訊ねた。
「ええ。私には遠くエルナディアの田舎に住む家族がおりまして。特に母は持病の膝の痛みがあるので、このオンセンに浸かればきっとその痛みも癒えると思いまして……」
「ああ、そういうことね。全然いいよ。いつか機会があったら連れてきなよ。歓迎するから」
「そうですか。コノヨ様、ありがとうございます」
パウラは心底嬉しそうに言い、ああ、と懐かしそうに目を閉じた。
「もう何年も父母には会っておりません。きっと年老いたことでしょうね。このオンセンに浸かれば二人はどんなに喜ぶでしょう」
「たまに帰ったりしないの?」
「えぇ、それが弟との約束ですから――」
そこまで言ったとき、パウラがはっと口を噤んだ。
私はその反応にちょっと目を見開いた。
「あ、いえ、申し訳ございません。つい私事をべらべらと……」
パウラは少し慌てたように謝ってから、視線を下に落とした。
それきり、パウラは押し黙ってしまった。
ついつい、話の流れで言いかけてしまったことなのだろう。
パウラの顔に浮かんでいるのは、深い悲しみの表情に見えた。
まいったなぁ、と私は瞬時空を仰いだ。
こんなくつろぎの場所で、私は会って数時間にもならない彼女の地雷を踏んでしまったらしい。
だが、パウラの悲しそうな顔には、どこかに人に訊いてほしそうな空気があった。
私は意を決して言った。
「ふうん――弟さんに何かあったんだ」
顔を覗き込むようにし、私でいいなら聞くよ? と言外に示してみる。
その反応に、しばし沈黙していたパウラがぽつぽつと語り出した。
「私には弟がおりました。二つ下の……優しく活発な弟でした。彼は成長してから、私のように国のために奉仕したいとエルナディア皇帝の従士となり、騎士団に入りました」
でした、というからには、その弟はもういないのだろう。
私は空を見上げながら続きを待った。
「弟は三年前、ウェインフォードとの戦争で戦死を遂げました。遺体が家に帰ってきたとき、私は彼の仇を討とうと決意しました。ウェインフォードとの戦争を戦い抜き、戦勝を弟の墓前に報告するその日まで――故郷には戻らないと誓ったのです」
なるほど。
私はゴツンと湯船の縁に後頭部をぶつけた。
戦争。
非日常の最たるものは、このように身近なところで様々な傷をもたらしているらしい。
話を聞いたときはふわふわとティッシュペーパーのように頭上を漂っているように思えたその事実が、急に重さを増して顔に貼り付いた気がした。
「でも――正直に言えば、この戦争の終結にはまだまだ時間がかかる気がします」
パウラは、ぽつりと言った。
「戦況は泥沼化しております。両国はこの戦争のぬかるみにますます深く嵌まり込んでいっている。この戦争が終わるのがいったいいつになるのか、私には想像すらできません」
パウラはそう言って遙か東の空を見た。
アダムによれば、そこが戦争の最前線であるらしい方向に、パウラは目を泳がせる。
「この戦争が終わるのは十年後か、二十年後か。その時に私の両親がまだ健在でいてくれるのか――ときどきそんな事を考えることもあります」
パウラの顔には深い憂いが湛えられていた。
私は湯船の底に手を突っ込んで泥を掻き取ると、無言でパウラの頬にぬりぬりと塗りつけた。
私の急な行動に、わっ!? とパウラが驚いた声を上げた。
「こ、コノヨ様……!?」
「この泥はお肌にもいいのよ」
私はパウラの頬に塗りつけた泥を更に塗りたくり、目と口周りをすっかり真っ白に塗り上げた。
「大丈夫だよ、パウラ。私がいるんだもの。この戦争はもうすぐ終わる。――いや、《シジルの聖女》である私がちゃんと責任を持って終わらせるように頑張るよ」
どうかこの強張った美しい顔がほぐれますように――。
私が祈りながら泥を塗ると、パウラが不思議そうな目で私を見た。
「だから希望を捨てたらダメだし、そんな暗いことを考えてもダメ。ここは癒やしの温泉なんだから。だからここに浸かってる間は全力で癒やされてくれないと――ね?」
私がそう言うと、パウラが白い顔でにっこりと笑った。
「はい。私――コノヨ様の言うことを信じます。聖女の力で、きっと戦争はもうすぐ終わる。そう信じます!」
パウラが力強く言い、私も釣られて微笑みを返した。
ついさっき初めて会ったようなものなのに、なんだか彼女とは何年も一緒にいたような気がするなぁ――。
私はそんなことを考えながら、ぬりぬりとパウラの顔を更に白く塗り上げていった。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「サウナ内の殺伐とした感じ大好き!」
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