↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/13

蛍火

本作はカクヨムにて総PV30万回、★2,000超えを記録した戦記のマルチ投稿作品です。

※カクヨム側の公開スケジュール(月水金更新)と歩調を合わせ、本作も【全45話・11月中旬の完全完結】に向けて、予約投稿にて一歩ずつ大切に配信してまいります。どうぞ安心してお楽しみください。

(本文のブラッシュアップにAIを一部利用して格調高く仕上げております)





本能寺の裏門が鈍い音を立てて閉じた。



俺は腕時計を確かめた。



時間はそろそろ6月2日の午前1時…。




「参るぞ」




信長が低い声で告げる。



現代の本能寺は鴨川のほとり、京都市役所の近くにあるが、この時代は現代でいえば中京区二条御所の南東にある。



本能寺を出た一行は物見を立てつつ真南へ向かい四条通へ。



四条通に出ると左に折れて東へと向かう。



この辺りは町家が軒を連ねている。



町家を掻き分けて30分ほど進むと橋が見えてくる。



鴨川に架かる四条大橋だ。



四条大橋を渡りしばらく進むと黒い甍が辺りを睥睨するように聳え立つ。



当時から現代まで変わらずこの場所に鎮座する社殿。



朱塗の大門………八坂神社。



一行は四条通の突き当たりの八坂神社をまた左に折れて北に。



草履の鼻緒擦れの痛みが激しくなっていた俺は、ここで草履を手に持ってまた靴下姿になった。



どうせ金属やガラス片はこの時代にはないので気にする必要はない。



小石を踏む可能性はあったが、痛みの方が勝った。



そのまま東大路通を北へと進み東山三条に出る。



もし妙覚寺の信忠が脱出するなら三条通を通るはずなのでこの辺りで合流出来てもいいはずだ。



しかし信長は一顧だにせずそのまま東山三条通を粟田口から右に折れて蹴上へと向かう。



しばらく歩いて蹴上に到着。



蹴上の南は山がちな地形になっており、山科に入るには東海道の難所と言われる日ノ岡峠を越えねばならない。



時間は午前2時近く。



光秀が本能寺の包囲を終えたのが確か午前4時頃だから、今は桂川を渡った頃か。




「明智十兵衛は切れ者ゆえ、本能寺から我等が逃げたと知ればはや追手を差し向けよう、今が正念場ぞ!疾く山科へと向かおうぞ!」




信長の鼓舞により士気が高まる。



俺はまた草履を履くと、懸命になって山道を登り始めた。



道は土道で急勾配な上、梅雨の雨で泥濘み、草履に泥が纏わりついて歩きにくい。



草履の鼻緒擦れも酷いが、こんな泥濘んだ土道では草履がなければ木の根や折れた竹、尖った石で足を切る事になりそうだ。



信長には、側から離れるなと言われたが、アウトドアはサバイバルゲームくらいしかした事のない俺はドンドン離されて行く。



ようやく日ノ岡峠の頂上に出た時は登り始めて小一時間は経っていた。



肩で息をつきながら信長の元へと向かう。



信長は扇で涼を取っていたが、俺が来たのを知ると、その扇を横に突きだした。



扇の先を見ると、そこは先程までいた京の都。



その京の都の鴨川の向こう側を仄かな明かりが列を作って動いているのが見える。



松明の明かりほど明るいものではない。



それはまるで夜の闇に這う無数の蛍の様だった。



確か光秀は桂川を渡ったあたりで火縄に火を付けさせたはず、その火縄の明かりだろう。



時間は午前3時頃か。



妙覚寺の辺りはもう包囲されているに違いない。




「もうひと踏ん張りじゃ!行くぞ!」




信長の声に、応と答えて今度は日ノ岡峠を下りにかかる。



さすがに登りとはまだしも下りはかなりマシだ。



30分ほどで下り終わるとそこはもう山科だった。



町家や田畑の中を小走りに進む。



天智天皇陵を越えると東海道と中山道を分ける追分だ。



時間は午前4時頃、史実だと本能寺が包囲された頃か。



信長はここでようやく小休止を命じた。



俺は肩で息をしながら路上に座り込んだ。



近習たちが、朝早く起き出した付近の百姓を急かせて家へと帰らせている。



不意に座り込んだ俺の側に干し芋と土のついた大根半分が置かれた。



慌てて腰を上げると、本能寺で見た近習の誰かだった。



 


「お前かや?小田切新一郎って新参者は?」




男は笑みを浮かべると並んで腰を下ろした。



白無垢の小袖の上に茶渋の羽織姿。



きつく閉められた帯に差し込んだ打刀、それに野袴に裸足の草鞋。



月代には汗が光り、髷の結び目が緩んで後ろ髪が乱れている。



俺は同意の印に頷いた。




「食やあ」




男は顎で干し芋と野菜を示すと、自分は腰兵糧から、干し飯を出しバリバリ音を立てて齧り始めた。



俺も干し芋に手を伸ばすとそれを齧りながら、




「何者じゃ?!」




と聞き返した。




「…あぁ、俺か、俺はの、各務左馬助だに。主と同じ近習だわ」




「何故俺に飯をくれる?」




「何、他の者はお主の面妖な風体を気味悪がっての、鞍馬の天狗やら何やら申す者がおるがや、わしゃー気にせぬだわ」




各務左馬助は干し飯を食べ終わると竹筒から水を美味そうに飲んでから、俺が見ているのに気づき、




「飲まあか?」




と差し出した。



俺は竹筒を受け取ると水を飲んだ。



………美味い。



一瞬だけ衛生面が頭を過ったが、考えても仕方の無い事だ。




「わしゃーのう、美濃の地侍の三男でよぉ。元は人質の身の上がや。それが上様の目に止まり、近習として取り立ててもろうての。………つまりは譜代の出の、他の者とは違うと言うことだわ」




「違うものは違うもの同士仲よう致し申そうでよぉ!」




笑みを浮かべて自嘲気味に話す各務左馬助に俺も笑みを浮かべて頷いた。



その時、信長の声が響いた。




「乱、勘九郎はいかがした?」




「はっ、福富平左が言伝によれば秋田城介様が妙覚寺をお出になったのは丑の上刻頃とのこと。ご一族の織田源五郎殿、津田又十郎殿や津田源三郎殿、それに一門衆や奉行衆数百を引き連れて、こちらに向かっているとの由」




「相分かった、ならば勘九郎に伝えよ。我等は先に逢坂山を越え、膳所に向かっておると!」




膳所とは現代の大津。



確か秀吉が坂本城を移した辺りから大津と呼ばれるようになったはず。



丑の上刻は午前1時から2時頃を指す。



どうやら信忠は少し遅れているらしい。




「さて、それじゃまた歩き出すとしようがや」




信長の言葉を聞いて左馬助が腰を上げる。



俺も腰を上げると、大根を手に持って、また歩き始めた。



今度の難所は逢坂山………だが、そこを越えればもう大津だ! 







よろしくお願いします!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。