転変
本作はカクヨムにて総PV30万回、★2,000超えを記録した戦記のマルチ投稿作品です。
※カクヨム側の公開スケジュール(月水金更新)と歩調を合わせ、本作も【全45話・11月中旬の完全完結】に向けて、予約投稿にて一歩ずつ大切に配信してまいります。どうぞ安心してお楽しみください。
(本文のブラッシュアップにAIを一部利用して格調高く仕上げております)
まぁいわれるまでもなくそりゃそうだとは思っていた…。
上は無地のTシャツ、これはまだいい。
だが下は入学した時に記念に生協で買った大学のロゴ入りのジャージ、それも着古しのボロボロだ。
髪の毛も伸び放題のボサボサの長髪で、髪の結い方で職種が決まり始めたこの時代の人には、奇異を通り越して不審に見られるだろう。
つまりどこをどう見てもこの時代の人物には見えない。
とはいえ信長相手に誤魔化すのは無理だ。
信長公記の無辺の逸話が本当なら、信長は実体のないものは信じない。
つまり、ここは本当の事を言うしかない。
開明的な信長ならば信じてくれると思いたい………。
とはいえ………だ、確か過去・現在・未来という言葉は当時から仏教用語ではあるが………俺の頭の中にある未来という概念は幕末か明治に英語のfutureを訳したものだ。
だからそのまま未来という言葉をぶつけても信長には理解出来まい。
となれば………
「某の名は小田切新一………」
いや……
「小田切新一郎と申します。某は後の世から刻を遡って参ったものに御座りますれば、かかる面妖な風体もその為にて………」
しばし流れる沈黙ののち………
「たわけ!そのような奇っ怪な話、信じられると思うてか!もしかような話を真と思うて欲しければ、身の証を立てぃ!」
そう叫ぶと信長は腰間の刀をスラリと抜くと、俺の鼻先に突きつけた。
証証証証証…………
スマホは部屋の中に置いてきたし、身につけているもので証明出来る物………!
俺は左手の腕時計を外すと信長に差し出した。
信長は俺の唐突な行動に面食らったようだったが、
「これは何じゃ?」
確か信長はルイス・フロイスから南蛮時計を見せられいるはず………ならば、
「上様もご覧になられた南蛮の自鳴鐘、それを持ち運べるようにしたもので御座ります!」
「何じゃと?!」
信長は刀を鞘に納めると腕時計を手に取り色んな角度からためつすがめつ検めた。
「後の世ではこのような物を皆が持っているのか?」
「はい、ほとんどの日の本の民は」
まだ他にも質問されるかも知れない………俺は頭の中で他の電子機器を思い浮かべながら答えた。
だが、信長は、
「相分かった。そなたの言葉、今は信じよう」
そう言っただけで腕時計を俺に返すと、俺の足元を見て聞いた。
「その方、足袋だけか?」
「はっ、一刻も………いや四半刻でも早く上様にお知らせ致したく………」
さすがに部屋からこの時代に落とされましたとは言えない。
「よい、分かった。この草履をくれてやるゆえ、表側に回るがよいわ」
そう言って、縁側の敷石に置いてあった草履を俺に放ってよこすと、障子を閉めて奥に消えた。
俺はふうぅぅぅぅーーと大きなため息をつくと、急いで草履を履いて、表側に走った。
これまで草履や下駄の類は全く履いた事がないので鼻緒がすぐにズレて走りにくい。
客殿の表側に回ると、信長の声が響いて来た。
「よいか!旗指物や馬印はそのまま打ち捨てよ!兵糧は腰兵糧だけあればよい!重荷は全て捨て、身一つだけぞ!元亀の金ヶ崎を思い起こせ!女どもは今の内に屋敷より罷り出でよ!」
陣頭指揮を取る信長は先ほどの小袖の上に墨染の目立たない陣羽織を着ている。
「上様、茶器や釜も碗も、茶道具も全て置いて行かれるので?」
「身一つと申しておろう、たわけが!そのようなもの今は全て金柑頭にくれてやるわ!後で取り戻せばよい!」
気を利かせた茶坊主が信長の声に首をすくめる。
その間にも近くの町家に分宿していて第一報を受けた近習が続々と馳せ参じてくる。
彼等は一様に俺を奇異な目で見ると信長に目通りを願い出ていた。
恐らくこの中に、猪子兵助や斎藤新五郎、ひょっとすれば、福富平左衛門もいるのかも知れない。
そうして1時間ほど経った頃か、再び森乱が信長の前に進み出ると平伏した。
「上様の仰せに従い物見の者を老ノ坂に遣わしましたれば、かの者の申す通り、数多の軍勢が京に入らんとする気配これあり!」
信長は俺の方をみて頷くと、また森乱に向き直ると険しい表情に戻り、
「妙覚寺の勘九郎には報せたか?!」
「はっ!妙覚寺の秋田城介様や春長軒様、それに京にて分宿のご近習方にはすでにご一報致しました由。」
森乱の言葉に信長は満足そうに頷くと、
「ならば勘九郎に伝えい!急ぎ京を引き払い、膳所に向かえと!儂もこれより膳所に向かうゆえ、彼の地にて相合致そうぞ!」
「はっ!」
森乱が飛び出していく。
信長は俺の方を振り向くと、
「新一郎と申したな、その方を近習に取り立てて使わすゆえ、儂の側を離るるでないぞ!」
「はっ!」
俺も平伏して答える。
勘九郎も秋田城介も共に織田信忠を指す。
春長軒は京都所司代の村井貞勝、確か弟も京近辺に投宿しているはずだ。
やがて飛び込んで来る近習の数がまばらになった所で信長が叫んだ。
「もうこれくらいでよい、表門を閉ざせ!」
重い音を立てて本能寺の正門が閉じられる。
俺は信長と一緒に裏門に回った。
周りを固める森乱や近習に比べれば、俺の格好は如何にも場違いだ。
近習によって本能寺裏門の閂が開けられる。
俺は信長と共に外に出た。
信長に従う近習小姓の数は増えたとはいえ、200人ほど。
夜の京に吹く風は夏とは思えぬほど冷たく乾いているように感じられた。
俺は気を引き締めた。
今、京からの逃走劇が始まるのだ!




