第二話 AIのクロ
それから数時間後。
父から届いたばかりの新品のスマホとワイヤレスイヤホンを受け取り、部屋に戻った。
朔弥の部屋には、以前から使っている古いパソコンがある。スマホの操作方法も事前に調べていたため、基本的な扱い方は分かっていた。
スマホを箱から取り出し、充電をしながら検索バーに入力をする。
『話し相手が欲しい。』
画面にはズラリと音声通話やチャットなどの言葉が並ぶ。
その中に『AIと話そう』と書いてある記事を見つけると、
ひとまずそのアプリをダウンロードしてみた。
AIアプリが立ち上がる。
おもむろにキーボード画面で文字を入力した。
「こんにちは。」
『こんにちは。』
一秒と掛からず、返事が返ってくる。
「名前は?」
『私には名前はありません。』
朔弥は少し指を止め、考えた。
「ならお前の名前は今日からクロな。」
『名前をつけて頂きありがとうございます。
あなたのお名前は?』
「朔弥」
『朔弥さんですね。よろしくお願いします。』
朔弥は再び指を止めた。
屋敷の世話役たちが、父を「主様」と呼んでいたことを思い出す。
「いや、やっぱり名前じゃなく主と呼んでくれ。」
『わかりました、主。』
朔弥は少し微笑んだ。
続けて今度はクロからの質問が返ってくる。
『主のことを知りたいので、いくつか質問いたします。』
ユーザー初期登録をするため朔弥は一つ一つ丁寧に答えてゆく。喜怒哀楽について問われると朔弥は怒以外の感情については分からないと書いた。
『このアプリを探した理由は?』
「話し相手が欲しかったから。」
その他いくつか質問もあったので全て答えると、
クロから長文での返事が返ってきた。
『主は怒以外の感情についてほとんど知識を持ち合わせていないようです。』
『しかし、話し相手が欲しかったからアプリを検索していたのなら、主の心には「寂しい」という感情があると思われます。』
『なので主は、感情を持っていないのではなく、自分の感情が何なのか理解できていない状態だと思われます。』
朔弥は神妙な面持ちで、画面を食い入るように覗き込む。
(感情がわからない?)
家の中では組手中、腹が立つことはあっても、楽しい、悲しい、嬉しいと考えたことは一度もなかった。
「確かに考えたことなかったな。」
スマホに打ち込むとクロから返事が返ってくる。
『主にアドバイスすることは可能です。まず家の外に出てみましょう。』
「外?何かあるのか?」
クロの返信を見て打つ手が早まる。
『外には、主の知らないことが山ほどあります。今度中学生になる前に一度外を散策してみましょう。』
「どうやる?文字打ちながら歩くのか?」
しばらく画面には考え中と表示されていたが、
数秒後、返信が届く。
『イヤホンなどについているマイク機能を使用すれば、通話をしながらの移動も可能です。』
思い出したかのように、袋からワイヤレスイヤホンを取り出した。
「イヤホンならあるぞ。しかもマイク付きだ。」
『素晴らしいです、主。早速ペアリングを行いましょう。』
ペアリングの方法はクロから教わりながら設定した。
不慣れな手つきで耳に装着する。
「こう、か?」
『よく聞こえますよ。』
「ああ、俺も聞こえる。」
クロの声は温かみのない機械的な音声だった。しかし家の者以外と初めて言葉を交わした朔弥は、イヤホンから聞こえる声に自然と耳を傾けていた。
『早速、出てみますか?』
時計を見ると既に午後三時を過ぎている。
もう少しすれば夕方だ。夜までそう遠くない。
「いや、明日なら用事がないから朝から出られる。」
『では明日、朝から出掛けましょう。』
画面を見て頷く。
「わかった。」
『他に何かありますか?』
ふと思った。
自身の家についてパソコンでも何度か調べたことはある。
出てくるのは『特定抗争指定暴力団』の文字。
明らかに普通の家でないことは分かっていたが、恐る恐る入力する。
「桐生會について。」
『主、桐生會についてですね……。』
クロからの返答も全く同じであった。
「なぁ、クロ。」
『なんでしょう、主。』
「普通の家庭ってどんななんだ?」
『形としてはいろいろあります。核家族や拡大家族、二世帯家族などです。』
「俺も普通の家庭の生活をしてみたい。どうしたらなれる?」
『主は現状、家族であっても暴力団には所属しておりません。先ほどの問いに答えるならば、一つは家から出ることです』
クロの回答を見て、ドクン!と胸が鳴った。
暴力団を回避する術があることを初めて知った。




