第一話 桐生朔弥
息も凍りつくような冬の早朝。
ドスン!
腹に響くような振動と共に建物が揺れる。
音に驚いた鳥達がバサバサと一斉に飛び立つ。
その音を響かせていたのは、
極道組織・桐生會の敷地内にある道場からだった。
早朝の澄んだ空気の中、構成員が武道着に身を包み、
熱気がこもった訓練に励んでいる。
中央にはどっしりと構えた、一目で堅気ではないとわかる強面の男。
桐生會會長、桐生克政の姿があった。
「せいれーつ!」
克政が地を這うような声で号令を掛ける。
屈強な大男達が一斉に並ぶ中、周りから見たら不釣り合いな背の低い少年も一緒に並んでいる。
「朔弥、前に出ろ。」
長男の桐生朔弥が父の声と共に父の前まですぐさま駆け寄る。
「父よ、何でしょう?」
「今日はテストをする。」
そう言うと、克政が横にいる人物を顎でしゃくってみせる。ここで構成員の指導を行っている師範代の男。
その光景に朔弥は首を傾げている。
「お前、こいつを倒して見せろ。」
「倒したら何かあるのですか?」
「はっはっは!本気で倒す気か?面白いぞ朔弥。
その時は、お前の欲しいものをやろう。」
「わかりました。やります。」
返事を聞いた構成員達は素早く壁側に寄り中央を空けた。
大柄な師範代とまだ幼さが残る小柄な朔弥が向き合っていた。
「よーし、はじめ!」
克政が宣告した。場の空気が一瞬で張り詰める。
「行きますよ若。」
鋭い目つきで構える。
朔弥も師範代とは違う隙のない独特の構えで迎え撃つ。
「どうぞ。」
素早く師範代が朔弥の間合いに切り込む。
殺気のこもった右拳が飛んでくる。
しかし朔弥は、刹那、師範代の右腕を左肘で押し退け、顎を目掛けて右手で掌底を放つ。
鈍い打撃音と共に師範代の顔が跳ねあがった。
ガラリと空いた胸元に稲妻のような一直線の蹴りを入れる。
ドスン!
重い音が道場に響いた。
技を受けた師範代は膝から崩れ落ち、くの字にうずくまる。
「そこまで!」
克政が再び宣告する。
朔弥は師範代に手を貸し、立ち上がらせ、互いに礼をする。
「いやはや、私ではもう手が負えませんな。」
苦笑いしながら蹴られた胸を押さえている。
朔弥は無表情のまま礼をする。
「ありがとうございました。」
バシッと自身の膝を叩き大きく頷く克政。
「見事よ!朔弥。先ほどの約束通り欲しいものを与えてやる。」
トーンが低いまま朔弥が答える。
「スマホ‥あとあれ。」
構成員の耳につけている無線機を指差す。
「イヤホンの事か。」
朔弥は小さく頷く。
「うん。」
「いいだろう‥おい!」
克政が両手で合図を出すと付き人が駆け足で寄ってくる。
「スマートフォンとワイヤレスイヤホンですね。」
「一番性能がいいやつを買ってこい。」
片手で大振りに払う仕草をする。
「かしこまりました。」
一礼して付き人が去ってゆく。
少し間を空け、克政は立ち上がる。
「よし、お前ら。朝練は終わりだ。解散しろ。」
克政が道場から退出すると、構成員はそれぞれ持ち場につき片付けを始める。
朔弥も自身の荷物だけ片付けて道場を後にした。




