悩み
…眠い。
「起きろ〜天城〜」
先生にトントンと机を叩かれる。
「へぶ!」
びっくりして変な声を出してしまった。
教室が笑いに包まれる。
「ほら〜ここテストに出るからしっかり聞いとけ〜」
先生の声を真面目に聞こうとする。
でも頭に内容は入ってこず、先生の声は右耳から左耳へ流れ出てしまった。
私はシャーペンをカチカチと鳴らしながら、昨日のことを思い出す。
ーロト、何者だ?ー
…フェリスにそう聞かれたが、何がどうなっているのか、自分でもよくわからない。
何かものすごく大きなものに自分が呑み込まれていくような感覚だけが、体にまとわりついていた。
「……音羽、天音羽!」
「ふげ?!おわ!」
耳元で大声がして、目の前で誰かの手がパチンと鳴った。
私はまた、変な声を出してしまう。
斜め上を仰ぎ見ると、隣に親友の真子が立っていた。
「…あぁ、真子!どうした?今グループワーク?」
「何言ってるの?もう授業終わったよ?」
「え、ほんと?」
周りを見渡すと、教室の中に人はほとんどいなくて、廊下からガヤガヤとたくさんの笑い声や話し声が聞こえる。
みんなお昼を食べに行くのだろう。
「…天音羽、大丈夫?いつもは休み時間になったらすぐ私のところに来るのに、ずっと席に座ってシャーペンの芯出してるし、何回呼んでも全然気づかないし」
「うえ?あ、ほんとだ!シャー芯長っ!」
「…今気づいたの?」
真子が心の底から心配そうに眉をひそめる。
「…ちょっと待ってて」
「…?」
真子は、何か思いついたように顔を引き締めると、ダッと教室を飛び出していった。
しばらく経って、真子がビニール袋を持って帰ってきた。
「はいこれ!」
そして私に押し付けてくる。
「…あ!」
袋の中は、私の大好物、唐揚げ棒だった。
「買ってきてくれたの…?!」
私は、食い入るように真子を見る。
真子は得意げに胸を張り、フンと鼻を鳴らした。
「やっといつもの天音羽らしくなってきた。ほら、それ食べて元気だしな。」
「ありがとう〜!!」
私はありがたく手を合わせ、いただくことにした。
「…それと、なんか悩んでるなら、いつでも話、聞くからね?」
真子はちょっと目を逸らして、恥ずかしそうに頬をかきながら呟く。
「……」
…じ~んときた。
「…何?その目」
「ほのふごくはんどうひてふ」
「え?なんて?」
私は一度唐揚げを飲みこみ、しっかり真子を見る。
「ありがとう!真子!」
「…まぁ、友達だからね。」
当たり前でしょ、と言いながら、真子は嬉しそうに笑った。
ヒーローの話を真子にすることはできない。でも心配してくれるだけで、心は軽くなった。
「おーい!お前ら今は外に絶対出るなよ〜!」
先生の叫び声が廊下から聞こえた。
「…?なんの騒ぎかな?」
真子が不思議そうに声のした方へ顔を向ける。
「何見てるんだろ…」
真子が呟く。
私も廊下の方を見てみると、生徒達が窓にくっついて外を見ている。
「行ってみる?」
「そうするか」
席から立ち上がり、廊下に出る。
生徒の頭の隙間から外を覗く。
「「…あ!」」
私と真子は、同時に声を上げた。
大きくて、黒くて…細長いものが、街をグネグネと進んでいく。
その巨体が建物に当たるたび、地面は揺れ、人々の逃げ惑う声が聞こえる。
そしてその怪物と戦う…もう一つの黒い影。赤い羽が青空に広がる。
「ヤベー!めっちゃ暴れてる」
皆カメラを構え、外の様子を撮ろうと必死だ。
「また鳥来てんじゃん。ロトはまだかな?」
「おい!ちゃんと撮っとこうぜ!」
街の恐怖の声とは裏腹に、校舎内にはまるでゲーム観戦をしているような歓声が広がる。
「…どうしよう」
ぼそりと思わず声が出る。
ここは人が多すぎる。呂都丸もいないし変身はできない。
ーロト、何者だ?ー
こんなときに、頭の中にはフェリスの言葉が響く。
「ロト、来るかな?来るよね?!絶対来るよね?!」
「…え?」
喧騒を割るように、真子の声が耳に入ってくる。
真子はカメラを構え、キラキラとした表情で、ロトが来るのを今か今かと待っている。
「………アハッ」
顔が綻んでいく。
「…姉ちゃん!」
小さな声で、教室の中の誰もいない窓から声がした。
「…!呂都丸!」
私も小さく叫び、呂都丸のところへ駆け寄る。
呂都丸は、少し私の様子を伺うように見上げて口を開いた。
「…行く?」
「行くよ!」
考えてもわからないことは考えない!
今は、私を待っている人がいる。
「…よし!」
自分の両頬を思いっ切り叩き、顔を上げる。
「じゃあ、変身できる場所を探して…おわ?!」
私は考え込む呂都丸を抱え、教室を出る。
向かった先は、存在感のない空き教室。
「よし、やるか!」
「うん!」
私は袖をまくり上げ、手首にある猫の目のようなマークを叩く。
呂都丸と私は、光に包まれる。
「準備オッケーだね!」
拳を握り、窓にうっすらと映るロトの姿を確認する。
『あとはどこから出るか…どこがいいかな?』
「ここでいいでしょ!」
『え?』
「ここが一番近い出口!」
窓をバンッと勢いよく開け放つ。
籠もった教室に、新鮮な空気が一気に入る。
私は窓の縁に足をかけ、外に飛び出した。




