敵の正体
サルのような怪物が、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。段々とスピードを上げ、最後はものすごい速さで突っ込んできた。
「呂都丸!サルの弱点ってなんだと思う?」
『知らないよ…』
「ねぇ鳥さん!!サルの弱点って何?」
私は、ビルの上からこちらを見下ろしている鳥さんに叫ぶ。
「…」
鳥さんは答えてくれなかった。鳥さんも知らないのかな?
『…ねぇ姉ちゃん。あれって本当にサルなの?』
「サルだよ!」
私は思いっきり頭を縦に振って肯定した。でも本当は、もう一つの生き物の可能性が、頭の中心に強引に割り込んできていた。
相変わらず、怪物はきれいな蹴りやパンチを入れてくる。まるで、動物ではなく格闘家とやり合っているようだ。
「すっごく格闘家みたいなサルだね!」
『えっと、姉ちゃん…』
「サルだよ!」
私は、呂都丸の言葉を遮り、そう自分に言い聞かせる。
目の前の怪物は、真っすぐこちらを見据えている。その金色の目は2つ。私や優のように、顔に付いている。耳も、鼻も、頭の形も…サルじゃなくて、
「人間だ。」
頭上で鳥さんの声が聞こえた。その冷たく低い声が、頭の中に浸透していき…認めたくなかった、もう一つの可能性と一致してしまった。
目の前の怪物を見る。…人間なら、私に倒すことはできない。
「…ねぇ、私の声、聞こえる…?」
私は“その人”に話しかけた。
…答えはない。目は虚ろで、口もずっと半開き。攻撃をしているとき以外は、行き場を失ったように長い腕がブラブラと振り子のように揺れている。
「ねぇ、私はロト。…大丈夫。私が助けてあげるから…!」
怪物になってしまった“その人”は、容赦なくこちらに向かってきた。
「…!」
先程倒れた電柱を担いでいる。
バーンと、地面が割れる。間一髪で避けた。
身の危険を感じたのか、いつの間にか観客はいなくなっている。
『だめだ。姉ちゃん…』
「大丈夫!なんとかする!」
私は、呂都丸の言おうとしたことを遮り、そう宣言した。でも正直、何をすればいいかわからない。
「と、とにかく、動きをとめる!」
私は、それまで避け続けていた相手の攻撃を、真正面から受けた。
「グッ…!」
吐きそうになったが、“人”にかけてしまうのは申し訳ないので、なんとか踏みとどまった。
腹にきれいに入った拳を、私はブンッと唸りをかけてぶん投げた。
“その人”は地面に叩きつけられる。私はその上に馬乗りになり、無理やり攻撃を止めた。
「私はロトです!聞こえますかー!」
『…姉ちゃん、だめだ。』
「聞こえますかー!止まってくだ…」
『姉ちゃん!』
頭に響く呂都丸の声を無視して声をかけ続けていると、呂都丸が声を荒らげた。
『実験体を元に戻す方法は一つだけ。その人が持ってる意志!でも、この人は…』
「大丈夫ですからね!なんとかしますから!」
『もう、その欠片も残って…』
「そんなことわからないでしょ!」
諦めたくない。この“人”を、なんとか元に戻したい。
「まだ、何か方法が…」
そのとき、取り押さえていたはずの腕がスルッと抜けた。
「あ!」
思いっきり首を掴まれ、地面に押し倒される。
ザンッと音がして、目の前の“人”の金色の目が消えた。
「…え?」
…ドロリと、消えてしまう。地面には、赤い矢が突き刺さっている。
「…!」
私はビルの上を見る。鳥さんが、立ち去ろうとしていた。
「…待って。」
私は、押し殺した声で、でもはっきりとそう言った。
鳥さんが立ち止まる。こっちを見ようとはしない。
私はその背の翼を、突き刺すように睨みつけた。
「なんで、倒したの?」
言葉使いも、声も、いつも通りに話した。でも、怒りが体中に血と共に巡り、心臓がギュッと縮まったようだ。こんなに憤ったのは、いつぶりだろう。今まであっただろうか。腸が煮え繰り返る。喉から、グルグルと唸り声が上がる。
「…さっきの怪物は、人だよ。」
私は、あくまで静かに、もう一度言った。
「…人、だったんだよ。」




