18 鏡の中の暴君
王宮内の自室に戻ったユージンは、重い黒銀の鎧を一つ一つ丁寧に脱ぎ、スタンドに立てかけた。
部屋には窓から差し込む淡い月光と、ユージンの呼吸音以外聞こえる音は無い。
ふと鏡に目をやると……そこには、首筋に刻まれた古い傷跡を晒して疲弊した顔をした一人の男が映っていた。
だが、その背後の闇に、もう一つの影が揺らめいた。
「……お出ましですか、ゼノス陛下」
鏡の向こう、黒銀の鎧のすぐ傍らに、かつての主・ゼノスが立っていた。
全身からは圧倒的な威圧感を放ち、その手には、ユージンの鎧の元となった、かつての『ズタズタに引き裂かれた黒銀鎧』を握りしめている。
ゼノス:「……ルシウス、……お前が私の鎧を継いだのか」
幻聴ではない。それは、ユージンの脳内に直接響く、記憶の底に澱んでいた冷徹な声だ。
ゼノス:「私が自ら引き裂き、捨てたはずの執念を貴様は再び纏った……それは何を意味する?貴様が私の後継者として、再びこの国を血で塗り替えるという宣言か?」
ユージン:「陛下、俺にそんな気概はありませんよ……貴方が引き裂いたのは『己のプライド』でしょうが、モラン殿が打ち直したこれはタダの『頑丈な板』ですよ。……俺はただ、死にたくないから着るだけです」
ゼノス:「嘘をつけ……貴様の目は人殺しのそれに戻りつつある。……あの小娘を守るとか称して、かつて私がしたように、敵対する全ての命を「掃除」しようとしているのではないか?」
ゼノスの影がユージンの喉元にその鋭い指先を突き付ける。
ゼノス:「守護などという甘い言葉で誤魔化すな……貴様は私だ。その鎧を纏う限り、貴様はどこに行こうとも私の影からは逃れられぬ。……貴様が進む先には常に死体の山が築かれるのだ」
ユージンは、鏡の中の王の視線を真っ向から受け止めた。
かつてなら、この視線だけで膝をついていたかもしれない。だが、今のユージンの頭には、別の音が聞こえていた。
毎朝、レティシアが廊下を走りながら「ユージン、お早うございます!」と叫ぶ騒がしい足音を「こら、廊下を走るんじゃない!」と止めなければならない仕事から始まるのだ。
ユージン:「……陛下、あんたの仕事は、今はちょっと出来そうにありませんよ。あのお転婆がいる限り『不始末の山』で手一杯です」
ユージンは続けた。
ユージン:「あんたが引き裂いた鎧は、俺が繋ぎ止めた……あんたが壊した国は、あのお転婆が繋ぎ止めようとしている……俺はその『継ぎ目』になればそれでいい」
ゼノスの影が、僅かに驚いたように揺れた。
ゼノス:「……フン、ならば見せてみよ。その『継ぎ目』がいつまで壊れずに済むか」
冷気が霧散し、鏡の中には再び、ただの疲れたユージンが一人残された。
深呼吸を一つ。
ハッキリ言って、死ぬほど疲れる。亡霊相手に説教を垂れるなんて、俺も相当に毒されているらしい。
彼はスタンドに立てかけた黒銀の鎧を一瞥し、ふとその表面に残る歪みが、今の自分によく似ていると思った。
「……寝るか。……明日は、またあの騒がしい足音が、叩き起こしに来るはずだから」
ユージンは乱暴に髪をかき回すと、吸い込まれるようにベッドへと身を投げ出した。




