19 黄金色の王宮
眩い陽光が、王宮の長い回廊に黄金色のの帯を引いていた。
かつてこの場所を支配していた、冷え冷えとした陰謀の空気は今は見られない。窓が開け放たれ柔らかな風が重厚なカーテンを揺らしている。
ユージンは黒銀の鎧を纏い、その回廊の柱に背を預けていた。
昨夜、鏡の中で対峙したゼノスの残響は不思議なほど遠く感じられた。寝不足の頭に響くのは剣劇の音でも断末魔の響きでもない。
「……変わるもんだな」
ユージンの視線の先では、王宮の日常が劇的に、そして平和に書き換えられていた。
中庭へと続く勝手口近くでは、侍女クラリスが生き生きと働いている。かつてロザリンドの影で、今にも消えてしまいそうなほど震えていた彼女の肩からは、強張りもすっかり消えていた。
「クラリスさーん、次も、差し入れ楽しみにしているよー」
「旨かったぜ」
庭で訓練に励む平民騎士たちが、次々に彼女に声を掛けると、彼女は恥ずかしそうに会釈を返した。騎士たちの野太い声に答える彼女の姿は、今や懸命に生きる一人の娘である。
ユージンは、ふとその光景から目を逸らすように視線を回廊の奥へと戻した。
カツン、カツン、と。
規則正しい……しかし、ぎこちなく、どこか必死さを感じさせる足音が近づいてくる。
「__ほら、ユージン!見て!……私のこの歩みを」
現れたのは、レティシアだった。
彼女は今、ユージンとオーギュストの密約(彼女にとっては愛の試練)を果たすべく全身全霊をかけて「完璧な淑女」を演じていた。
顎を引き、背筋を伸ばし、慎重に。
その姿は確かにこの間のパレードの時よりもずっと気品に満ちている?……が、その顔はユージンに「どうです?私を褒めなさい!」と叫びだしそうに、期待でパンパンに膨らんでいた。
レティシアはユージンの前でピタリと止まると優雅に(本人の主観では完璧に)カーテシーを披露した。
「いかがかしら?今日は朝から一度も廊下を走っておりませんし、木にも登っておりません。勿論、窓から脱走するという……全く野蛮な真似でしたわね。……これでまた一歩、あなたの理想に近づきましたわね?」
レティシアは、顔を上げたとたんに我慢しきれず、いつものお花畑全開キャラで、キラキラとした笑顔を弾けさせた。その瞳には、ユージンを逃がさないという執念と彼に認められたいという純粋な喜びが同居している。
「……今日は、まあ、及第点ですね。……その笑い方は淑女としては落第ですがね」
「まあ、相変わらず手厳しいこと。でもいいわ。貴方の厳しさは、私を愛しているからなのですね。私を誰にも渡したくないほど、立派な女王に仕立てあげたいからですものね」
(それは、全く違うと否定したい。あんたが早くやらかしてくれる方が、俺には好都合なんだがな)
レティシアは嬉しそうに、しかし「完璧な淑女」のルールを守るため、腕を組みたい衝動を必死に抑えて、拳を握りしめながら歩き出す。
二人の歩みは、明るい回廊を進んでいく。
王の玉座からは、オーギュスト王が相変わらずの苦労人な顔をして臣下と議論する声が聞こえてくる。
厨房からは、良いにおいが漂ってくる。
そして、隣には自分を一生離さないとしがみつき、世界一厄介で、世界一うるさくて、世界一眩しいお転婆が、必死になって猫を被って歩いている。
ユージンは胸元の黒銀の鎧にそっと手を当てた。
引き裂かれ、打ち直された鋼。
それはかつて「死」を象徴していたが、今はこうしてこの騒がしい平和の一部として呼吸している。
(……俺の計算は全て外れた。ゼノスの血がすべてを破壊するものだと思っていた)
この俺が、こんな陽だまりのような場所で、あいつのぎこちないステップにあわせて歩いている。
「……はぁ」
ユージンは、本日何度目か分からないため息を薄く笑みに変えた。
「……悪くない、かも……な」
黄金色の光に包まれた王宮に、その呟きが優しく溶けていった。
第2部終了です。有難うございました。




