17 黒銀の遺産
深夜、王宮の離れにある作業場。王宮ではつい先日の華やかなパレードの熱気がまだ密かに尾を引いているが、此処はただ、鉄のにおいと火照った空気だけが支配していた。
「……これ……重すぎないか?モラン殿。俺はこれでも身軽さが売りなんだが」
ユージンは、作業台に置かれた一式の鎧を眺め、ため息を吐く。だがそれは、前にユージンが使用していた鋼の甲冑とは一線を画していた。月光を吸い込んだような深みのある黒銀色の輝き。表面には複雑な紋様が刻まれ、指で弾けば重厚でありながら響くほど澄んだ硬質な音を響かせる。
モランは脂ぎった手で鼻先をぬぐい不敵に笑った。
「ふん。泣き言を言うな、ユージン……。触ってみろ……その手触りには覚えがあるはずだ」
「?」
ユージンが吸い寄せられるように籠手に触れる……指先から伝わる冷徹な感触に、背筋を凍りつかせるような記憶が蘇った。
戦場の最前線で、あるいは血の流れる玉座の前で、返り血を浴びながら光り輝いていた、あの「絶対的な死」の質感。
「……まさか、これ……ゼノスの……?」
「そうだ……陛下が崩御された際、内側からズタズタに引き裂いたあの黒銀鋼を、回収しておいたものだ。……そのまま捨て置くには惜しい名工の作だった。何よりもこのまま歴史の闇に埋もれさせていい鋼ではないと思っただけだがね」
モランは金槌を台に叩きつけ、火花を散らした。
「破壊と殺戮のためにあった陛下の鋼を、わしは全て一度溶かした。……そして、不純物を取り除き、守護の為に強度を加え、お前の身体に馴染むように打ち直した……それはもはや、ゼノスの遺産ではないぞ……お前のための新しい『牙』だ」
「……」
ハッキリ言って、最悪の気分だった。自分が最も遠ざかりたいと思っていたあの血塗られた時代の象徴を、今度は自分の肌の一部として身につけろというのか。
「……モラン殿、あんたは俺に『掃除屋で居続けろ』と言っているように聞こえますが……これを着てお転婆の背後で、死体の山でも築けと?」
「馬鹿言うな!……お前がパレードの先頭で見た者は何だ?死体か?怨嗟の声か?」
モランの鋭い視線がユージンを射抜く。
「お前が見たのは、戻りつつある平和を喜ぶ民の顔だ。……そして危ないながらもその平和を背負おうとしているあの『お花畑の小娘』だ。」
モランは続ける。
「ユージン、甲冑に意思はない。使うものが変われば呪いは祝福に変わるだろう」
モランは、重厚な胸当てをユージンの胸に押し当てた。
「お前があの子を守るために振るう力は、もう『掃除』ではなく『守護』なのだ」
(かつてゼノス陛下が成し遂げられなかったこの未来を繋ぐための盾になれ。……それが生き残ってしまった我々からお前への、わしなりの餞別だ)
ユージンは、ずっしりと重い黒銀鋼の重圧を胸に感じながらゆっくりと目を閉じた。
(……重すぎるんだよな。モランの期待も……ゼノスの呪縛も)
だが、この鎧に袖を通すと、不思議と指の震えが止まった。
ユージンは自嘲気味に口角を上げた。それは重い荷物を背負いながらも覚悟を決めた男の顔であった。
作業場を出るユージンの背中で、黒銀の鎧が月光を反射して静かに、しかし力強く鈍く光っていた。




