15 義父(おやじ)と義兄(あにき)と静かな夜 その3
王宮から離れた下町の静かなアルベール邸の中庭。
そこには美しい月を肴に、静かに杯をかわす二人の男がいた。
かつては戦場を血で染めた『銀狼』ことアルベールとその愛弟子ガストン騎士団長である。
「……それにしても、今日の舞踏会の主役は本当に凄かったですぜ、師範。ユージンに社交ダンスなんかやらせてたんですか?武闘派のあんたが、意外でしたよ」
ガストンが呆れたように笑いながら、独り言のように溢した。脳裏にあるのは、あの鏡の間で、一分の隙もなく姫を操っていたユージンの姿だ。
「……俺じゃねえよ。モランだ、モラン。……あいつに頼んで教え込ませた」
アルベールは不味そうに酒を煽り、短く答えた。その顔には、息子を厄介な場所に送り込んだ親としての、複雑な色が混じっている。
「……モラン殿ですか。なるほど……道理で。見事なものでしたよ。うちの騎士団連中なんか、足元にもおよばねえ……あれはもはやハイレベルな競技会用のダンスを見ているようでしたよ」
「……あいつ(ユージン)だって、相当ぼやいていたさ。『なんで、あのお転婆と踊らなきゃならねえんだ、俺は騎士だぞ!』ってな。……だがモランに言わせりゃ、『王宮に入るということは、ダンスの一つや二つできなければ話にならない』だとよ」
アルベールは月を見上げ、かつて同じ主君に仕えていたモランの言葉を思い出す。
「……あのダンスは……単に踊れればいいのではなく、相手を美しく魅せる技がいるらしい……それは武術における『重心の誘導』にも通じるということだそうだ」
「……ははっ、そうですね……『無自覚の女たらし』の誕生、ってわけだ」
ガストンの軽口に、アルベールは笑わなかった。代わりに、重く、底知れない声色で言葉を繋いだ。
「……ゼノス陛下が生きていたら、あんなこと(ダンス)にはならなかったろうな。ガストン、お前も俺も既に切り捨てられているだろうよ……。ユージンの手によって、な」
その言葉に、ガストンの盃を運ぶ手が止まった。
かつてのアルベールの主君・ゼノスが生きていれば、ユージンは「掃除屋」の完成形として、過去のしがらみをすべて断つための刃となっていたはずだ。ダンスなどという華やかなものでは無く、冷徹な暗殺先導者として。
「……そうですね」
ガストンは短く答え、残りの酒を飲みほした。
ユージンが今、お転婆に振り回され、ダンスのステップに愚痴を溢していること。それが、彼らにとってはどれほど「不本意」で、どれほど「幸福」な景色であるか。
二人はそれ以上語らず、久しぶりに訪れた月の奇麗な、静かな夜を共に過ごしたのだった。




