第103話:Feelings to Convey
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○○○
『…跳哉さん、私…跳哉さんの事が…好きですっ!』
弓ヶ屋は、秘めていた思いを打ち明けた。
目の前にいるのは、大好きな若越…。
『…ごめん。今はそういうの、受け取れない…。』
○○○
ピピピピッッッ!!!
けたましくアラームの音が部屋に響き渡った…。
目の前に映るのは、ぼんやりとした部屋の天井…。
(…なんだ…夢…か…。)
心臓の鼓動が早い。
生きた心地のしない感覚のまま、弓ヶ屋はゆっくりとベッドから身体を起こした…。
「…って夢を見ちゃって…はぁ…。」
学校に着くなり、弓ヶ屋は今朝見ていた夢の話を睦小路にした。
睦小路は呆れたように深いため息を吐いた。
「気にする事ないって、所詮夢でしょ?
千聖、考えすぎだって。」
睦小路がそう言うも、弓ヶ屋の顔は依然険しいままであった。
「…それに、夢って結構現実では結果逆転する事だってあるんだから。
千聖がめげずに若越さんにアピールすれば、振り向いて貰えるチャンスだってあるでしょ?」
睦小路はそう言うと、素早くスマートフォンの画面を操作して、あるサイトのページを弓ヶ屋に見せた。
そこには"夢占い"という表題が書いてあり、下にびっしりと文章が書かれていた。
「…ほら、ここ。"相手に不安を感じるより、まずは相手を信頼して安心感を与えることが大切"って書いてあるでしょ?
千聖の自信の無さが若越さんに伝わっちゃったら、それこそ不利なんだから。
それに…。」
そこまで言うと、睦小路は画面をゆっくりスワイプした。
「…"片思い中の好きな人に振られてしまう夢は、恋愛のチャンスが巡ってくる吉夢"って書いてあるよ?
だからもっと自信持ちなって、千聖。
今誰よりも若越さんと近い距離にいるのは、千聖だと思うよ?私は。」
睦小路の必死の説得に、少しだけ弓ヶ屋は表情に明るさを取り戻した。
その様子に、睦小路も漸く安心したのか、笑顔を見せた。
「…私ね、この前の支部予選で千聖が来てくれた時、不思議と何か行けそうな気がするって思えたの。
それは、友達だからって訳じゃない。
千聖には、自然と人に光を与えてくれる力がある気がするの。
若越さんもきっと、そんな千聖のパワーを感じてくれてるんじゃないかな?分かんないけどね。
でも、選手として助かってる部分はあると思う。」
睦小路は、自らが感じた事をありのままに弓ヶ屋に話した。
弓ヶ屋は目を丸くしながら、驚いた表情を見せている。
そして、窓の外の澄んだ秋空を見ながら言った。
「…そうなんだ。私が特別何かしてるつもりはないけど…そう思っててくれたのは嬉しい。
…それに、跳哉さんもそう思っててくれたらいいなぁって…思う。」
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授業間の10分程度の休み時間。
若越は、隣の席の雛町に声をかけられた。
「若越くん、ちょっと聞いてもいい?」
何やら少し真剣な表情の雛町に、若越は手を止めて答えた。
「…ん?いいけど?」
「去年、若越くんと同じクラスだった、うちの部の佐々原って分かる?」
雛町にそう言われ、若越は必死に記憶の回路を辿った。
しかし、人並みより少ない頻度でしかクラスメイトと交流してこなかった若越が、彼女に辿り着く事はなかった。
若越は堪忍したように、首を傾げた。
「…なるほど。まあ、暸佳も殆ど話した事ないって言ってたからなぁ…。」
雛町は、若越が佐々原の事を覚えてないと思っていつつ、いざそうとなると眉間に皺を寄せて険しい表情をした。
その雛町の様子を、若越は不思議そうに見ながら質問を返した。
「…んで、その佐々原って子がどうかしたの?」
若越の純粋な質問に、雛町は突然慌てた様子を見せた。
そして、あからさまに動揺しながら若越の問いに答えた。
「…あっ…いや、まあ…覚えてるのかなぁ~?って思って、聞いただけ。気にしなくていいよ?」
必死に目を泳がせながらそう言う雛町に、若越は「そうなんだ。」とだけ返して、彼女に言われた通り気にしない事にした。
若越がトイレに行く為に席を離れた後、一部始終に聞き耳を立てていた、雛町の前の席に座る佐藤が振り返った。
「…ね?やっぱそうだと思ったんだよねぇ…。」
佐藤がそう言うと、雛町は酷く落ち込んだ表情で頭を抱えた。
「…はぁ…となると…うちらが暸佳との接点作ってあげるしか無いのかなぁ…?」
雛町は小声で佐藤にそう言った。
そこへ、佐藤の隣の席で大きなあくびをしていた紀良が、2人の会話に加わってきた。
「…概ね、その佐々原って子、若の事が好きとかそういう感じ?」
紀良がそう言うと、雛町と佐藤は動揺し、揃ってビクッと身体を揺らした。
2人の反応に、紀良は「…図星ね…。」と呟いた。
「…まあ、その佐々原って子には悪いかもしれないけど…若は諦めた方がいいかも。」
紀良がそう言うと、2人は顔を見合わせて険しい表情になった。
恐る恐る、佐藤は紀良の発言の真意を問いた。
「…えっ…それって…若越くん、彼女とか好きな子いる感じなの…?」
佐藤は口に手を当てて、小さな囁き声で紀良にそう問いかけた。
「…さぁ?それは俺の口から言える事じゃ無いかな。
…唯一言える事があるとすれば…。」
紀良がそこまで言うと、若越が教室に戻ってきた。
雛町と佐藤は動揺していたが、紀良は冷静にそのまま話を続けた。
「…今は多分、あいつをモノにできる人はいないんじゃないかな…って事だけ。
…なぁ?若。」
2人へと話を続けたまま、紀良は若越の顔を見ながらそう言った。
若越は、会話の内容を知らない為、またも不思議そうな顔で紀良を見ていた。
「…はぁ?…何が?」
不思議な態度の紀良に、若越は少し不機嫌そうにそう言った。
しかし、紀良はポーカーフェイスを保ったまま若越との会話を続けた。
「あれだよ、あれ。最近流行ってる、白い犬だか熊みたいなキャラクター。
それの限定グッズみたいなのが欲しいんだと。」
紀良は見事に話を逸らしてそう言った。
もちろん、そのキャラクターすら知る筈もない若越は、とうとう深掘りするのを諦めて、テキトーな返事を返した。
「…ふぅん、そんなのあるんだ。」
すると、次の授業開始の1分前となり、次の科目である現代文の担当、担任の龍井が教室に現れた。
「…はぁい、間も無く授業始めるよ~。
席戻って~。」
雛町と佐藤は、機転を利かせた紀良に感心しながら、ホッと胸を撫で下ろした。
紀良は若越にバレないように、2人に向かって口元に当てた左手人差し指を見せた後、左手人差し指と親指を合わせて"OK"マークをした。
『さっきの話は内緒にしておく。』という意味は、2人にも伝わったようであった。
(…まぁ…あれ以来、若が誰かに桃木先輩に見せてたような態度を見せてるの、ほっとんど見てないからなぁ…。
…実際のところ、若が何を思ってるのか分かんないけど…。
…まあでも…怪しい感じがあるのに、心当たりはあるんだけどなぁ…。)
紀良は1人で、そのような事を考えていた。
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時は経ち、気がつけば都大会を目前に控えた、前日の放課後練習。
都大会に出場するメンバーが、各々最終調整を行っていたのはもちろんの事、惜しくも都大会には進めなかった九藤や橋本、綿井らは、彼らとは別のメニューを行い、更なる強化を目指していた。
そんな中、グラウンドのテントの下で、練習記録の帳簿を付けていた巴月の元に、練習道具を片付け終わった平咲がやって来た。
巴月は平咲の姿に気が付き、彼女に声をかけた。
「静ちゃん、片付けありがとうね!」
「いえー!全然ですよ~。
…それより巴月さん…。今日のちーちゃん、ちょっといつもと雰囲気違うなーって思いません?」
平咲は笑顔で返事をすると、すぐに巴月の元に近づいて、小声で耳打ちするようにそう言った。
平咲にそう言われ、巴月は棒高跳びピットの側にいる弓ヶ屋の姿を見た。
一見、普段と特段変わった様子は見られなかったが、今日は珍しく髪をハーフアップに束ねており、毛先を所々内と外にハネさせていた。
それに、日頃ハの字眉で不安そうな表情をよく見せている弓ヶ屋が、常に明るい表情で振る舞っている印象があった。
「…んー確かに、見た目ちょっと気合い入れてるなーって感じはする…かな?」
巴月がそう答えると、平咲は続けて小さな声で言った。
「…ですよね…。私も詳しい話は知らないんですが…どうやらちーちゃん、今日若越さんに告白するかもらしくて…。
むっちゃん…睦小路とちーちゃんが話してるのがチラッと聞こえただけで、本当かは分かりませんが…。」
平咲がそう言うと、巴月は目を丸くしながら思わず「えっ!!」という大きな声を漏らしてしまった。
慌ててキョロキョロと周囲を見渡した後、巴月も小さくなって口元に手を当てながら、平咲に小声で話を続けた。
「…えっ、でも…つまりそういう事だよね…?
…突然すぎて私、跳哉くんに何も聞けてないけど…。
…あの感じじゃ、止めようも無さそうだよね…。」
巴月はそう言いながら、そっと視線を棒高跳びピットに送った。
丁度、跳躍練習を終えた若越が、踏み切り位置などについてを弓ヶ屋に聞いているところであった。
その時、巴月はとある事に気がついた。
「…あれ?跳哉くん…あのリストバンドって…。」
巴月がそう言いかけると、平咲もそれに気がついた。
「…あっ、確かあれ…前にちーちゃんもしてたような…?」
平咲がそう言うと、巴月は再び驚いた様子を見せたが、今度は静かに目を見開いただけであった。
「…えっ?同じヤツ…って事?」
「…はい、確か…。」
一方、トラックでリレーの最終調整を行っていた紀良も、ふと視線を棒高跳びピットの若越に送っていた。
紀良は、以前教室での雛町と佐藤との会話を思い出していた。
その時、若越の左腕に付いているリストバンドと、弓ヶ屋のジャージの左袖の裾から見える布生地が、同じ物であるように紀良には見えた。
(…確か支部の時も…若と弓ヶ屋のアレ、もしかして…?
…やっぱこりゃ、諦めた方が良さそうだぜ?
雛町と佐藤…。)
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練習を終えて皆が部室に戻っていく中、若越と弓ヶ屋はまだ棒高跳びピットに残っていた。
黒くて長い筒状のケースに、試合で使うポールを入れていたのであった。
「…よし。これで最後だ。
遅くまでありがとう、弓ヶ屋。」
若越はそう言うと、ケースの蓋を閉めてスパイク等の道具を片付け始めた。
「全然大丈夫ですよ?気にしないでください。
…私、跳躍マネージャーなので…。」
そう言う弓ヶ屋の言葉は、意味深に文末につれて小声になっていった。
若越は荷物をまとめ終えると、両手いっぱいにそれを持った。
「…じゃ、お疲れ様。明日も宜しくね。」
若越は弓ヶ屋にそう言って、部室に戻ろうと歩き出そうとした。
しかしその時、若越はTシャツの裾を引っ張られ、その歩を止めて振り返った。
「…えっ?」
若越が思わずそう声を出すと、弓ヶ屋がゆっくりと顔を上げた。
グラウンドのナイター照明に照らされた彼女の頬は、少し赤くなっていた。
頬だけではなく、耳も…。
「…跳哉さん、私…跳哉さんの事が…好きですっ!
…新歓で初めて、跳哉さんを見た時から…ずっと…。
…わっ、私と…付き合って貰えませんか…?」
泣きそうなのか、少し潤んだ両目を大きく開き、その瞳で真っ直ぐ若越の目を見ながら、弓ヶ屋がそう言った。
突然の告白に、若越は頭が真っ白になったのか、何も答えられずに1分程の沈黙の時間が流れた。
漸く我に返った若越は、ゆっくりとその口を開いた。
「…何て言うか…その…あっ、ありがとう。
…そんな事言われると思ってなかったから…ちょっとびっくりした…かな。」
若越も少し恥ずかしそうにそう言った。
しかしすぐに、若越は真剣な表情に変わってしまった。
「…でも…ごめん、今は試合に集中したいんだ…。
…誰かを好きになったりだとか、付き合うみたいな事、考えられる余裕がないんだ。
…だから…その…。」
若越がそこまで言った時、既に弓ヶ屋の両頬には涙が伝っていた。
赤面していた彼女の表情も、次第に口角が下がり曇っていく…。
「…弓ヶ屋の気持ちに応えられなくて…ごめん。」
若越はそう言うと、弓ヶ屋に向かって軽く頭を下げた。
そして、再び部室に向かって歩いて行ってしまった…。
呆然と立ち尽くす弓ヶ屋の頬を、次々と涙が伝っていった。
ショックで何も言えず、何も考えられずにいた弓ヶ屋は、その場から動けずにいた。
そこへ、先に部室へと戻っていたはずの睦小路と綺瀬が現れた。
「…ちょ…千聖!?どうしたの…?」
「…ちーちゃん、落ち着いて…?何があったの?」
2人はすぐに弓ヶ屋に駆け寄ると、様子のおかしい彼女に声をかけた。
2人の声を聞いて我に返ったのか安心したのか、弓ヶ屋は声を上げて泣き出し、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
「…うっ…やっぱり…ダメみたい…。
…跳哉さん…に…フラれた…。」




