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High-/-Quality  作者: hime
【第4章:新時代】
103/105

第102話:Hidden Feelings

_


女子走り高跳びは、1m62cmの記録で継聖学院の天須が優勝。

次いで、1m56cmの綺瀬が2位となった。


「…流石ね、音羽ちゃん。」


競技が終わり、ジャージ姿に着替えた綺瀬は、同じく純白のジャージ姿に着替えた天須にそう言った。


「…秀奈、久しぶりね。」


天須は綺瀬の姿をチラッとだけ見ると、どこか余所余所しくそう言った。

彼女はまるで、既に次のステージへと気持ちを整えているかのようであった。


「ええ…それに鷹也も、大活躍してるみたいで…。」


綺瀬がそう言うと、天須は少し被せ気味に話し始めた。


「…若越 跳哉って言ったっけ?羽瀬高の。

…あの子、その彼を潰すって言ってたから…宜しく言っておいて?

…じゃ、都大会で。」


天須はそう言うと、そそくさとピットを後にした…。


(…鷹也…やっぱ変わんないね、その感じ。

…でもね…若越さんはあんたが思ってる程、簡単に勝てる相手じゃないよ…。

あの人は…。)


天須の後ろ姿を見ながら、綺瀬は彼女の弟、鷹也の事を考えていた…。


_


同じ頃、対岸の第3コーナー内では、男子やり投げが行われていた。

20名の選手が出場する中、羽瀬高からは綿井ただ1人が参加していた。


(…なるほど。志音(しおん)が言ってた事、フィールド(ここ)に来てやっと分かった気がする。)


綿井は控えベンチに座りながら、他の選手の3投目の投擲を眺めていた。

自分よりも、遥かに鍛え抜かれた肉体から放たれる槍の行方をぼんやりと見つめながら、綿井は自らの心に問いかけていた。


(…っても、まだ分かんねぇよな?

…野球辞めて陸上始めた事が、本当に良かったかなんて…。)





綿井は、小学1年生から中学3年生までの9年間、野球を続けていた。

アメリカ人の父親の血筋の影響か、同級生よりも恵まれた身体を持っていた事で、投打共に当初から成績が良かった。


それ故に、成長の壁にぶつかるのも早かった…。


「…綿井、もうすぐ最後の大会がやってくる…。

このままの成績で、終わりたくないだろ?」


中学2年の時、その年の最後の練習試合を終えた後、綿井は顧問からそう告げられた。

"背番号1、エースピッチャーで4番打者"というポジションを1年生の時から勤めていた綿井は、次第に投打共に成績を落としていた。

どんなに練習を頑張っても、同級生や後輩、他校の選手はみるみる強くなっていった。



(…こんなに頑張ってダメなら…俺にはもう野球を続ける理由がない…。)



綿井の父親は、選手ではなかったものの、野球が大好きであった。

家に帰ればいつも、日本のプロ野球中継やMLBの試合をテレビで見ていた。



「...Maybe you too can become a star player in MLB someday.」

(…お前もいつか、MLBのスター選手になれるかもしれないな。)



その度に綿井が言われていた、父親の言葉。

口数の少ない父親が、唯一綿井によく言う台詞であった。

…それでも、その期待に応えきれない。

それが、綿井の答えであった。


その頃、日本のプロ野球球団ではとある投手選手が注目されていた。

若くしてプロの世界で活躍する彼の特集番組を、綿井もたまたま父親と共に見ていた。


その中でその選手は、プラスチック製の槍を用いた"ジャベリックスロー"を取り入れたトレーニングを行っていた。

彼の独特の投球フォームは、やり投げからヒントを得たアーム投げである事が、番組の中で明かされた。



(…やり投げ…ね。)



その番組を最後まで見る事なく、綿井は先に自らの部屋に戻り、番組の中で出た"やり投げ"というワードを調べ始めた。

気がつくと、動画サイトで何本も何人もの試合の動画を見漁っていた。



(…チームでの勝ち負けの責任が伴う野球より…俺にはこっちの方が向いているのかもしれない…。)



元々自主トレーニングなどをストイックに行っていた綿井は、1人で黙々と何かに打ち込むのは得意であった。


それ故に、そこから綿井の興味は"やり投げ"一筋になっていった…。




中学3年生になり、最後の試合を終えると、仲間たちは互いに思い出に浸りながら涙していた。

しかし、綿井の目に涙はなかった。

それよりも、漸く自らの興味を追求できる物に出会った幸福感の方が、その時の綿井には強かった。


進学高校を決める時期になると、綿井は近隣の陸上部のある高校を調べ始めた。



"羽瀬高、絶対王者伍代に並ぶ新星、若越の登場…"



ふと画面を流す手を止めた綿井の目に、その文字がはっきりと飛び込んできた。

その記事を読み切ると、綿井はそっとスマートフォンの画面を切った。



(…羽瀬高…行ってみるか…。)



そして、綿井は羽瀬高に進学。

念願の陸上部に入部すると、記事で目にした"伍代"と"若越"という2人の選手の姿を、すぐに目の当たりにした。



(…すげぇ。この2人から同じものを感じる…。

俺が"やり投げ"に出会うきっかけの、あのプロ野球のピッチャーと…。)



それからすぐに、綿井は2人の激戦を目の当たりにする事となった。


"周藤 志音(しゅうとう しおん)"という、同じ投擲ブロックの同級生にも出会い、綿井の世界は大きく変化していった…。



「…やばいよな、あの2人。俺たちとかとは次元が全然違う。

…陸上で全国で戦うってのは、ああいう人たちなんだなぁって思うよ。

…本当に陸上強い人って…トラックやフィールド上で孤独になった時でも、それに影響されないくらい大きな信念を持った人たちなんだな、って。」



伍代と若越のインターハイを目の前に、周藤が綿井にそう言った。


野球と違って、陸上は試合に出れば1人での戦いとなる。

仲間からのプレッシャーを感じる事はない。

逆を返せば、フォローを貰う事も出来ない。


それでも、強い自分を持って挑む事が出来る者だけが、高みの景色を見る事が出来る。



(…1人で戦う事は俺にも出来る。

…それでも、1人で戦い続ける事が…果たして俺に出来るのか…。)





綿井は自らの槍を手に取って、助走開始位置へと移動した。

審判員が白旗を振り下ろした事で、綿井の3投目開始の合図が出された。


(…分かるわけねぇよな、まだ、俺には。)


綿井は右肩の上に槍を担ぐと、その場で数歩の足踏みをした。


(…いや、分かる分かんねぇじゃねぇ。

正しかったって、証明してやるんだよっ!)


綿井は勢いよくそのまま駆け出すと、ファールラインの7m手前くらいから身体を大きく開いて、そのまま真っ直ぐ斜め45度目掛けて右腕を力強く振り抜いた。



「…いっけぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」



1投目はファール、2投目は33m58cm。

現状総合10位と、都大会出場枠には届いていなかった。


綿井の咆哮を追い風にした槍が、放物線を描きながら地面へと突き刺さる。

それは、33mを遥かに越えた距離に。



"39m68cm"



記録掲示板に映し出された記録に、綿井だけではなく周囲の選手も驚いた様子であった。


2投目の記録を大きく上回る記録に、綿井は一気に総合7位まで駆け上がった。



「…っしゃぁぁぁぁぁっ!!!」



その時、綿井は何年かぶりに"心からの喜び"を感じていた。

いつだかの練習試合にて、最初で最後となる"ノーヒットノーラン"の完投と"2打席連続ホームラン"を叩き出した時以来であった。




トラックでは、200mが終わっていた。

女子は高津、橋本、西澤、男子は紀良、九藤、十橈氣がこれに参加した。


女子は西澤が予選5位、男子は十橈氣が予選5位にてそれぞれ支部予選を通過した。


これにより、羽瀬高より都大会へと駒を進めた面々は、

100mにて蘭奈、紀良、高津、西澤。

200mにて十橈氣、西澤。

400mにて十橈氣、二重橋。

4×100mリレーにて男子チーム。

男子円盤投げにて周藤。

男子棒高跳びにて若越。

女子100mハードルにて、標準記録により畠ヶ井。

女子走り幅跳びにて睦小路。

女子走り高跳びにて綺瀬となった。



男子やり投げにて好投を見せた綿井であったが、その後の投擲にて記録を抜かれ惜しくも9位。

都大会進出を逃したのであった。





_



支部予選を終え、再び羽瀬高には束の間の日常が戻ってきた。

支部予選を勝ち抜いた者は、次なる都大会を目指して。敗退した者は、その次のインターハイでの再戦の為。

日々の練習により一層の気合が入っていた。



そんな部員たちの練習姿を眺めていたマネージャーの巴月と弓ヶ屋、平咲の3人は、グラウンドのテントの下に集まっていた。

一頻りの練習フォローを終え、マネージャー陣も休憩に入っていた。



「…新人戦も始まって、みんな相変わらず気合い入ってるよね。いい事いい事。」


巴月がそう言うと、平咲も微笑ましそうにグラウンドの部員たちの姿を眺めながら話し始めた。


「…いやぁ、凄いですよ本当。

それにやっぱり、若越さんと蘭奈さんの2人は飛び抜けて凄すぎますね…。

お二方は次元が違いすぎるというか…。」


そう言う平咲に、弓ヶ屋は何故か自信満々に話し始めた。


「当たり前だって!もちろん、みんな凄い気合い入れて戦ってるけど…跳哉さんは誰よりもその気持ちが強いんだから!」


そう語る弓ヶ屋の様子は、日頃の彼女の姿よりも少し誇らしそうで、楽しそうであった。

そんな彼女の様子に、巴月は少し引っかかる様子であり…。


「…弓ちゃん、やっぱり…跳哉くんの事好きなの?」


巴月の核心を突く発言に、一瞬その場が凍りついた。

平咲の大きな「ええええっっっ!!!」という叫び声で、その静寂は打ち砕かれたのであったが…。


「…なっ…!…えっ…その…。」


耳から指先まで、あからさまに肌を真っ赤にしながら、弓ヶ屋は動揺していた。

その様子を見ていた巴月は、何かを理解したかのように大きく頷いた。


「…ほぉ?なるほどなるほど。

でも心配しないで。別に本人に言ったりしないから。」


巴月がわざとらしい笑顔でそう言うと、弓ヶ屋は真っ赤になった心配そうな顔で巴月を見上げた。


「…巴月さん…その…跳哉さんって、彼女とか…好きな人とかいるのか、分かりますか…?」


涙目でそう言う弓ヶ屋の言葉に、巴月の笑顔が少し引き攣った。

巴月は過去の出来事を頭の中に浮かべながら、必死に弓ヶ屋に答える言葉を組み立てていた。


「…あぁ…でも若越さん、人気高いもんなぁ?

彼女とかいてもおかしくなさそう…。」


ふと、頬を手に置いた平咲がそう呟いた。


「…えっ?」


必死に思考回路を巡らせていた巴月も、平咲のその呟きに思わずそう声が出た。


「1年生女子の中で、結構ずっと話題に上がってますよ?

ほら、新歓の時に跳んでた人だってのもありますし。

他の部活の友達とかに話聞いた事ありますけど、先輩たちの中にも若越さん狙ってる方、いらっしゃるみたいですし…。」


不思議そうな巴月に、平咲は冷静にそう答えた。

元々若越と早い段階から仲良くなっていた巴月は、若越が周囲からどう見られているかなどという事を気にする瞬間がなかった。

むしろ、若越の事が気になっていた巴月は尚更知る由もなかった。


「…へ、へぇ~。跳哉くん、そんなに人気あったんだねぇ。」


わざとらしく、白々しい態度で巴月はそう言った。


「…私はてっきり、巴月さんと若越さんが付き合ってるもんだと思ってましたけど…。

…でも、巴月さんは蘭奈さんの方がお似合いなのかなぁとかも思ってますね。」


巴月の態度を気にする様子もなく、平咲は淡々とそう話していた。


「…えっ?私と陸…!?ないない、絶対ないっ!」


平咲の予想外の発言に、巴月は動揺しながら大きく手を横に振った。


「…えぇ~?そうですかね?

まあでも、早くしないと取られちゃうかもしれないからね。頑張んなきゃじゃん、ちーちゃん。」


平咲はそう言って、対象を弓ヶ屋に移した。

名前を出された弓ヶ屋は、まだ顔を真っ赤にしながら黙って俯いていた。


「…わ、分かってるよぉ…。」


弱々しい声でそう答える弓ヶ屋を、巴月は真剣な眼差しでジッと見つめていた。



(…はぁ…。なるほど。

この子たちに、私の話は絶対出来ないな…。)



巴月はそんな事を思いながら、大きくため息を吐いた。




_




部活が終わって部室に戻ると、皆次々に支度をして帰っていった。



「…ごめん千聖。今日ちょっと寄るところあるから、先帰るね。」


「うん!じゃあまた明日!茉子ちゃん!」


睦小路がそう言って帰ってしまった事で、弓ヶ屋は部室に残されていた。

そこへ、部活終わりにどこかに行っていた巴月が帰ってきた。


「…お疲れ様です、巴月さん。

…あの…さっきの話は…跳哉さんには内緒にしててください…ね?」


また顔を真っ赤にしながらそう言う弓ヶ屋に、巴月は優しく微笑みながら、弓ヶ屋の左肩に手を置いて言った。


「…言うわけないでしょ?大丈夫よ。

でも、静ちゃんが言ってた話も、あり得ない事はないからねぇ。

跳哉くん、たまに何考えてるか分かんない時あるし。」


「…それも分かってるつもりです…。

ただ…今は新人戦も始まってますし、跳哉さんの邪魔したくないってのもあって…。」


またも弱々しい声でそう言う弓ヶ屋に、巴月も難しい顔をして悩んでしまった。


「…まあ、チャンスはいっぱいあるから。

焦らない事が大事なんじゃないかな。

…焦ったって、いい結果はやって来ないから…。」


巴月が意味深にそう言うと、弓ヶ屋は不思議そうな顔で巴月を見上げた。


「…えっ?」


弓ヶ屋の視線に気がつき、巴月は慌てて首を横に振ると、再び優しい笑顔を弓ヶ屋に見せた。


「…まあ、私は応援してるから。

困ったら、いつでも私も利用していいからね?」












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