マーガスとダリル2
戦争中ですので、乱暴な言葉、残酷な表現があります。
要約すると、十三歳のダリル少年が、歩兵見習いを頑張りながら、進路に悩むお話しです。
『下民が、よくも余計なマネをしおって!』
うん、バレたな、仕方ない。
うるさいのだ、あれは。
◇
カーンカーンカーン
プポープパープポー
「間抜けな音だな、ありゃ」
「崖登り山羊の角笛だと」
お国柄によって、戦に使う武器も小道具もそれぞれ違うらしいが、ベンネ王国の勇壮なはずの角笛と、こちらの引き上げの鐘とがテンポが合っているので、恐ろしく みょうちきりんな音に聞こえる。
雑兵の仕事というものは、荷運び、荷馬の世話、陣地と幕舎の設営、水汲みと料理番の下っ端、野営地を撤収する時の地均しとゴミ処理とトイレの埋戻し。
要するに、雑用を全部受け持つから雑兵だ。
◇◇
特製の矢を射ち放った途端に、支給されていた弓がボロボロに崩れ去った。
魔道弓ではない普通の弓だと、風系の付与魔法の余波にさらされて、他の四本を使った時も必ずこうなっていた。
身体強化を使っていないと、射手の顔や手足も切り傷だらけになる。
ギュリャリ、ギュリャリ、ギュリャリ、
歯が浮き上がって抜けそうな、何とも言えない不快な音をまき散らしながら、矢は山なりの軌道で飛ぶ。
その騒音で周囲の注目を集めながら、一旦は一騎討ちの二人の手前に落ちるかに見せかけ。
黒いのに光るという奇天烈な矢は、あり得ない曲がり方で、急激に上方へ軌道を変えた。
そして公爵家公子の頬を掠め、蛮族の王子の左眼を刺々しい鏃で切り裂きながら、二人の間を通り抜けた途端に、
バンっと音を立てて粉状になり、対峙する二人を包み込んだ。
◇◇
カーンカーンカーン
プポープパープポー
出撃時に兵士を急き立てる為に、激しく連打する銅鑼と違って、夕暮れが迫って空が赤らんで来る時間、間隔を長めにとるセイハ軍の引き上げの鐘は、少し物悲しい。
「負け戦で、引き上げの合図がアレじゃ、山猿共は全身から力が無くなるんじゃねぇか?」
「粗野な蛮族の割には、気が抜ける音だよな」
槍と弓矢を支給されて、戦でもちょこっと手伝う。
敵から兵の数が多く見える様に等身大のわら人形を設置したり、そいつと旗を抱えて走り回ったり、物陰から敵に向けて矢を放ったり。
落とし穴を掘って、馬防柵作って、高いとこから落とす岩や丸太を運び上げて、
「おい、行くぞ坊主」
ダリルは今、一人でここに居る、頼まれてもいないのに面倒を見てくれるのは、地元から徴兵されて来た農夫だ。
◇◇◇
跪くダリルの頭上で、公子様がギャンギャンと喚き続けている。
鼻にかかった聞き取り辛い篭り声で、かなり支離滅裂だが、要約すると『身分卑しい者』の、命令以外の『余計な手出し』に、『助けられたせい』で、貴族としての『自分の面子が丸潰れ』になったと叫んでいるようだ。
ベンネの王子様を生け捕りにした、レガラン男爵家の女当主が、功労者として間に立ち、取り成してくれなければ、ダリルが上官達に滅多打ちにされていても、不思議ではなかった。
『催涙魔矢』
暫定的に、マーガスはそう名付けて呼んでいた。
本来は巨大魔獣討伐用で、騒音をまき散らしながら、まず敵の注意を味方から逸らす。
次に、敵が逃げても風魔法で軌道を変えて、執拗に追跡して小さな鎌鼬が周囲と、矢そのものを切り刻む。
一番悪質なのが、狙った的の周囲で粉状に砕けた、その後で。
目を開けられない程の痛みと、咳とクシャミ、涙と鼻水と涎が止まらず、喉も鼻の中も、何故か耳の中まで腫れ上がる。
恥も外聞もなく泥の中を転げまわる、敵味方の指揮官二人(と周囲の騎士と従者たち)は、顔中ありとあらゆる液体で、悲惨な事になった。
混戦のただ中で使うと、敵はもちろん助けた味方からも、殺意を抱かれる程、確実に恨まれる。
人間以外にも二度使ったが、野生のフェンリルとマンティコアすら、短時間とは言えそれぞれ無力化する事に成功した。
「この兵士を牢に入れろっ!反逆罪で明日の出撃前に処刑してやる!」
レガラン公爵家の四男であり、エダリスマルガ辺境伯家に婿入り予定のヨハネル・レガランは当然怒り狂った。
しかし、さすがに待ったをかけたのは、国軍から差し向けられた軍監だった。
「命を救った功労者に、褒美の代わりに処刑で報いるのであれば、領内は無人の地になりますぞ」
ダリルの手段を選ばない助け方にも、問題は有りすぎたのだが。
「失態に失態を積み重ねて、エダリスマルガ家を滅ぼすおつもりですかな?」
現在この地には、辺境伯と寄り子の領軍だけでなく、王都からの命令で差し向けられた西方騎士団と、領地を持たない武将伯爵と武将男爵の軍が、国境防衛の応援として集まっている。
所属の違う、寄せ集めの武力集団同士の諍いを仲裁調停し、取りまとめるのは、助力を求めた辺境伯家であるはずだが、一方の当事者になってしまっている。
例え味方が敵の攻撃に倒れても、督戦に徹するのが軍監の役目だが、中立を保つ立場だからこそ、諫めに入ったらしい。
「? 私が次期領主だぞ、この農民の小倅の処刑して何が悪いっ?!」
どうもこの(婿入り候補の)若様は、ダリルのことを領内から徴兵されてきた領民だと、勘違いしているようだ。
(魔法の武具は、農民では手に入れられない高価な品物なのだが、公爵家基準では矢が一本きりだと、大したことではないのだろう。)
もちろん悪いとも。
領地経営に携われない、教育も受けていない、三男以下の部屋住みに限って、こんな輩が多い、『平民なんぞ放っておいても雑草のように増える』と嘯き、意味なく殺傷したり娘を攫い、いらぬ恨みを買う。
裁きも行わず、侵略者の攻撃に晒されるこの地で、領主の財産である領民を勝手に殺す事もだが、とにかく、何より。
処刑予定者の、身元の確認をしていない。
「そのお言葉だけで、貴方様が此度の戦に、参戦なさっている方々の名簿に、キチンと目を通されていないことは、よくわかりました」
助力に来ている、よその貴族家の子息を処刑などしたら、エダリスマルガ家は今後永久に、孤立する。
「この小僧は、指揮官である私に向かって毒矢を放ったのだぞ!立派な利敵行為だろうが!!」
「あの毒霧には殺傷能力はありません、一時的に視覚聴覚嗅覚までふさがれる上に、大の大人でも泣かされますが」
命中しなくても構わない上に、敵味方問わず周囲を巻き込む、風向き次第では自分もやられる、それでいて命には別条無い、極めて悪辣な毒矢である。
マーガスは、こいつを国軍に売り込もうとしたが、アーレス伯父に事前に見せた段階で、却下された。
戦争にだって見栄と節度がある、と、戦場で兵士の略奪や無法が(表向き)禁じられるように、コレは余りにも手段を選ばず、『大変みっともない』のを理由に。
◇◇◇
副将が討ち取られ、主将が捕縛されたのにも関わらず、懲りずに翌朝には再びベンネ王国側から、敵が攻め寄せた。
「なりふり構わねえなあ、王子様死んでも構わねえのかよ」
彼らの国のその向こうは、万年雪を頂く巨大な山脈が壁のように立ちはだかる。
他国を二つ越えて海路に出るか、決死の覚悟で山脈を超えて、大陸西端と交易するのが不可能な以上、食糧危機が目前に迫っているのだ。
「連中も、本気でセイハ国を征服できるとは、思っていないだろうがな」
国力も軍の規模もまるで違う。
「あつかましく『これ以上攻められるのが嫌なら、食料を寄越せば和睦してやる』とか、ぬけぬけと要求するんだぜ」
「俺らが、夜明けから汗水流して、こさえた作物をよ」
ほぼ毎年の事なので、駆り出される地元の農民も、よくわかっている。
その日の戦闘が終わったその後で、大急ぎで雑兵はいろんなものを拾い歩く。
乱戦中に取り落とした武器や盾、敵に当たらなかった矢や投げ槍、生きてる負傷者と生きてる捕虜、騎獣として使役されていた走竜や一角竜馬の皮や爪、魔核や肝臓。
そして、仲間の亡き骸。
自陣に近い負傷者は、入れ違いに引き上げて行く味方が、できる限りは連れ戻すが、奥側もしくは身分の低い歩兵は、近くに貴族が居ようものなら、敢えて捨てて置かれる。
日没と同時にそれらは、アンデッド化を防ぐために、埋葬するか同行の魔導士達が燃やす。
◇◇◇◇
「災難だったな、ハイド」
糾弾される矛先が、ダリルから指揮官の資格を剥奪された、ヨハネル公子へと変わったので、ダリルは解放されて会議室から退室した。
「ありがとうございます、叔母上。まだ見習いの身で勝手を致しましたので、魔矢を使った時から覚悟はしていました」
廊下で声をかけて来たのは、情状酌量に口添えしてくれたクリスティナ・フェルマ・レガラン、レガラン男爵家の当主であり、ダリルの母ハイダ・カロルティナのすぐ下の妹である。
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「私も少しは溜飲が下がったからな。
これに懲りたら二度と強請り集りをする気にならぬよう、奴らを徹底的に、追い討ちをかける手筈が整っていたのに、準備が全部無駄になった」
叔母の嘆きは、苦かった。
◇◇◇◇
本家の子だろうが、一族当主の孫だろうが見習いは、あくまでも見習い。
他所の貴族家は、そんなんじゃないのは知ってるけど、ウチはウチ、必ず一番下の汚くて辛い裏方から。
騎士だって、今回みたいに戦は綺麗事だけで終わらない。
特別扱いはない、進路なんて一択のはずなのに、親父と母さんから、嫌なら『バルガス』を止めて良いとは言われた、身一つ無一文でも止めて商人になった親戚もいる。
貴族は、領民の納める血税を使って育つ、だから戦う。
『凶作だったら領民の命を食べている、でも言い過ぎじゃない』と、だから逃げられないんだと、ダリルが知っている中では、一番貧乏な伯爵は言った。
ここの辺境伯の息子達も、だから最後まで戦って、みんな居なくなった。
バルガス家は領地が無いから、納税してくる領民もいない、代わりにあちこちの戦争の助っ人に行って、外敵を倒して謝礼を貰う。
ダリルたち兄弟は、その収入で育った。
お前は跡取りだと言われれば、大抵は身分に関係なく、どこの長男もそれを受け入れる。
なのに、考えて、決めろ、と言われた。
確かマーガスの父さんが亡くなって、あいつん家でしばらく暮らせって、言われた頃。
バルガスを止めたとして、自分に出来る事は何だろうと、ダリルは自問する。
要領は良くない自覚があるので、マーガスのように商売の類は出来そうにない。
傭兵とか商人の護衛なら、バルガスの家名を背負っている現在と何も変わらない、人を手にかけずに済むのは魔獣専門の狩人位だろうが、今更だ。
昨日と今日だけでも、五十人がかりで一斉に射たから、誰の手柄かも分からないが。
敵に向かって放った矢の何本かが、当たり所が悪くて命を落とした敵兵がいたかも知れない。
それより前に、盗賊なら散々刈っている。
こちらを殺すのが前提で襲って来る奴を、こちらも無傷、相手も無傷で捕縛する、何て卓越した技量は今のダリルには無い。
自分が死にたくなければ、危険から逃げるか戦うかだ。
色々と考えながらでも、身体は動く、探して拾って掘り起こして、まだ生きてる負傷者に手当てをして、人を呼ぶ、余裕があるなら遺体の近くには目印付きの棒を立てる。
周囲が赤く染まる中、ダリルは馬を躓かせる程度の、軽い落とし穴の中から、一人の騎士を見つけた、騎士の身体がまだ温かく、首筋に触れると微かに脈がある。
夕陽が、誰かに遮られた。
「おい小僧、その鎧と兜は置いて行け」
目の前にいる四人は、正真正銘の戦場漁りのようだ。
言われているのは、ダリルの装備ではなく、今救助しようとしている、騎士の身に付けた防具の方だ。
辺境伯の寄り子 男爵か良くて子爵の、その又三男以下の先祖伝来の鎧兜は重くて嵩張る。
適当な扱いで新調してもらえなかったのか、(経済的に)出来なかったのかは知らないが、捨てて行くのに他人のダリルに異存は無い。
ここは日没と同時に火魔法で燃やされる、蘇生医療とかも急を要する筈だ。
一刻の猶予もない。
「おい小僧、集めた金目の物も出していけ」
ニヤニヤ笑う男達は、ダリルが拾い集めた物も巻き上げようとするが、
「何か持っている様に見えるかい?」
落し物に目もくれず、生存者の捜索を行っていたダリルが持っているのは、防具と腰の長剣を別にすれば。
遺体の目印に使う、木の枝に派手目な端切れを付けた、簡易な旗の束と、生存者に与えるための水袋だけだ。
「チッ、怠けてんじゃねえぞ、小僧」
口々に悪態を吐いた男達は、留め金を切って騎士から脱がせた鎧を持ち、立ち去りかけた。
「待て待て、この小僧黒髪黒目だぞ」
しかし、もう一人が口を開いた。
「黒いからどうしたよ?ただの農民の小倅だろ」
ダリルが今身に着けているのは、ベルハンが選んだ、軽さ重視の皮装備だ、家紋も何も付いていない。
華美な物を身に着けていたら、手柄として狙われる。
「なに、家紋とかは無くて良い、【西の北】にもバルガス家の分家が常駐して居たはずだ」
「いや、若すぎるだろ、坊主お前 幾つだ?」
別の男が問題点を指摘する。
「来月、十三」
嘘偽りなく、正直に答えてみた。
「十三だとよ、さすがにバレるだろ」
「首だけにして、何日か隠して置けば良いのさ」
目前の男達が、ダリルに構わず堂々と相談しているのは、偽首、つまり手柄の偽造の事だ。
引き上げの合図が鳴らされた後で、身動きの出来ない負傷者を討ち取っても、手柄として評価されない、国が異なってもそれは最低限のルールだ。
バルガス家の武将を討ち取ったと、偽装する為に、ダリルを、利用するらしい、それも話の内容からすると、捕虜ではない。
「引っ込みがつかねえから、後、一、二回は合戦があるだろう」
首から下、粗末な装備などの証拠を全部捨てて、鮮度の落ちた眼や髪を適当に泥で汚そうと、勝手に相談を始めてしまった。
「そうだな、完全に負けを認めるまでに、一矢報いてやらなきゃ格好がつかねえ、景気のいいネタを持って帰れば、褒美も奮発してもらえる」
「塩漬けになれば、縮んじまって尚更わからねえ」
四人は、意見が一致したようだ。
「ふむ」
悩むのは、自分向きではないから、体を動かすことにしよう。
ストックが尽きました(´;ω;`)
誤字だらけの不完全な文章を、間に合わせで載せる事は出来ませんので、これからの更新は不定期になります。m(__)m




