第4話 カスを背負って三千里
★迷宮地下第二層 瘴気漂う湿地帯★
「これで、終わり、だ……!」
ぐちゃぁ! ヴェノムアントの群れの最後の一匹が、シールドバッシュで頭を砕かれ……そのまま、ひっくり返って動かなくなった。
(ほっほ、あれほどの数の魔物を一人で……なんとも、頼もしい戦働きじゃわい)
(ああ、剣と盾に光の魔力を通すことで、攻撃力を底上げしているみたいだ。もしかすると、低級のデーモンすらワンパンで倒しちゃうかもしれないな)
迷宮B2Fの光景は、異形の植物がひろがる大地。腐食した大木は赤黒くただれ、葉のかわりに肉厚な触手をのばしている。硫黄に似たにおいが、鼻の奥を突き刺し続けていた。
そこに足を踏みいれた俺たちを、出むかえたのは――有毒モンスターの、大群だった。
大アリに加えて、ポイズンスパイダーにデッドリーフライ。さらには、瘴気の影響で禍々しく変異したコボルト。それらが連携をとって、次々と襲いかかってくるのだ。
しかしゼラトリスは、一歩も退かなかった。敵をなで斬りにしながら、モンスターハウスと化したダンジョンを進んでいく。少しずつではあるが確実に、B3Fに通じる階段との距離を、詰めていった。
(一気に、邪悪なムードが出てきたのう……まあ、ワシが昔おった地獄ほどではないが。して、おぬし……さっきからあやつを、ちょいちょい援護しておるな。魔神の目はごまかせんぞ。ヒヒヒ)
アモンの言う通りだ。乱戦のなか、彼女を――20メートルほど先行した位置にいる――狙って飛んでくる毒針や毒液。俺はそれを、さりげなく風魔法で、ガードしていたのだ。
かりに当たっても致命傷にはほど遠いが、手をこまねいて見ているだけというのは、俺の主義に反する。しかしサポートがバレて、好感度が上がってしまうのはNG。うーん、もどかしいぞ……!
(アモン、集中が乱れるから、黙っててくれ)
念話で返しながら、岩かげに潜んでいる浸食ゴブリンを、地面からのばした土の槍で仕留める。
反信頼によるパワーアップの影響で、俺の索敵能力も大きく向上していた。
魔力探知と気流操作の合わせわざで、敵の位置が手に取るように分かってしまうのだ。ふふん、すごいだろう。
◇◆◇◆◇
「……あれだ。この大腐食湖を南東から迂回して、階段をめざす。ついてこい」
何回、魔物たちの波状攻撃をしのいだだろうか。大グモの残骸を踏み砕きながら、ゼラが彼方の一点を指さす。確かにうっすらと、B3Fへの入口らしきほら穴が見えていた。
いま俺たちがいるのは、バカでかい赤い湖のほとり。ほら穴までの最短経路を阻むようにして、毒沼が鎮座しているというわけだ。
細かい泡が、絶えず浮いてははじける。立ち上る煙は紫がかっていて、嗅いだだけで喉の奥がしびれた。
向こう岸までは……だいたい1キロメートルといったところか。よし、ここは一発――
「ふむ……どれくらいかかる?」
「かなり広い湖だからな。まわりの足場も悪い。半日ぐらいは見てくれ」
「なんだと。それは論外だ」
「……なら、どうする。まさか、渡っていくとは言わんだろうな」
「おおっ、珍しく頭が回るじゃないか。さあ、俺をおぶれ」
彼女の顔がゆがむ。ブチッという音が、聞こえた気がした。
「ふ、ふざけるな、貴様……」
「ふざけてなどおらん。俺を背負って、向こうまで歩けと言っている。さいわい、深さは膝ぐらいまでのようだ。貴様のSTR(筋力)なら、可能だろう。回復薬と毒消しはたっぷり持っているから、心配せずに、進むがいいぞ」
「お前だけ、飛行か浮遊の呪文で――」
「ダメだ。さっきの戦闘でMPが切れた」
「ぐうっ、白々しい嘘を……そうまでして、私を苦しめたいのか……! そんなことをして、貴様にいったい何の得がある……!!」
ついに、剣の柄に手をのばす彼女。気持ちはメチャクチャ分かるんだが、口が裂けても、事情を言うわけにはいかない。
「おっと、ここでやり合ってもよいが……2日以内に俺が指示を取り消さない場合、自動的に使い魔がザリアに飛ぶようになっているぞ。故郷の姫君のためにも、上層クリアまではお付き合い願いたいところだな」
彼女は、しばし逡巡し――うんうん唸ってから――
「畜生……仕方ない、乗れ」
ゆっくりと膝を折った。しゃがんで、俺に背中を向ける。
「うむ、助かる。だが……判断が遅いな。減点50だ」
「この礼を、あとでそのカラダに、たっぷり叩きこんでやる……!」
「ククク……やれるものなら、やってみろ。では、出発」
◇◆◇◆◇
毒沼に足をとられながら、ゼラトリスが進む。ポーションと毒消しを懐から取りだして飲み、空きビンを沼に捨てる。俺はその背にゆられながら、対岸を見ていた。
「……ひとつ、聞かせてもらおう」
しばらく歩いたあと、彼女が口を開いた。向こう岸までは、あと半分ぐらい。
「答えるかどうかは、質問しだいだがな」
「なぜ貴様は、ここを攻略しようとしている」
「……」
「この迷宮の中枢にあるのは、ディスペル系のアーティファクトだ。ウィザードが欲しがるものとしては、珍しい。無限魔力の宝珠や、古代禁呪の魔導書が期待できるダンジョンに挑むのが、普通ではないのか」
なかなか鋭い質問だ。しかし、ここでマトモな回答をして、好感度を上げるわけにはいかない。
「フン……知れたことよ」
「だから、なんだ」
「コレクターとしての、矜持とでも思っておけ。他人の手に渡ってほしくないものが、世の中にはあるのだ」
「命を賭けるにしては……嘘くさい答えだな」
「まだ、真実を話す義理はない。それを教えるのは、最深部にたどり着いたときだ。だが、そこまで貴様が、生きていられるかな? ククク……」
なんとかついて来てくれるように、謎ポイントを作っておく。せめてもの、悪あがきというやつだ。
彼女は、それ以上は聞かなかった。毒消しを飲みながら、着実に対岸に近づいていく。しかし、3分の2ほどを、過ぎたところで――
「毒消しを」
「ん?」
「私の手持ちがなくなった。貴様のをよこせ」
「……おおっと。持っていない」
「は?」
「宿屋の部屋に、忘れてきたようだ。すまんすまん」
彼女の背中が、ぶるぶると震えだした。怒りで人が殺せるなら、俺はもう10回ぐらい死んでいるだろう。
「……貴様、こんなところで、たちの悪い、冗談は――」
「本当だ。持っていない。MPが自然回復したら毒治療魔術を掛けてやるゆえ、死ぬ気で進め。もし、俺の体が毒沼に少しでも触れたら……分かっているな。フフ……」
「……はぁ、はぁ――、殺して、やるっ……」
口論の時間も惜しいと思ったのか、彼女はふたたび歩き始めた。毒が回っているのが、背中越しでもわかる。ときおりうめき声をあげ、肩で息をしながら……それでも、足を止めない。
俺は、本当は持っていた毒消しをスタンバイしながら、こっそりと浮遊呪文を使って、彼女の負担を減らしていた……
どすん。
「うおっ」
ついに、毒沼の対岸、B3Fへ通じるほら穴の近くに到着。彼女は俺を地面に投げとばすと、そのまま倒れこんで……気を、失ってしまった。
「ゼラ! おい! ……くそっ、頑張りすぎだ!」
お前がやらせておいて、何をほざくのか。……顔が青白い。くちびるの色も悪い。
急いでキュアポイズンをかけるが――俺がもともと使用可能な、数すくない治療呪文のひとつだ――呼吸が浅く、弱いまま。どうやら、沼の瘴気が予想以上に、強かったらしい。
急いで彼女の口をあけ、ありったけの毒消しと回復薬を流しこむ。しかし、意識が戻らない! いやいや、まずいぞ。俺の目的とは無関係な彼女を、ここで死なせるわけには――!
(フゥーム……パーティメンバーが命を落としてしもうては、チートスキルの効力も失われるでな。じゃが、召喚者よ。貴様の光魔術のランクも、いささか上がっておるのだぞ)
アモンが、のぞき込みながらアドバイス。そうか、反信頼……! 俺は意を決して、魔術学校時代いちども成功しなかった、中位回復呪文を唱えはじめた。
「――快癒……たのむ、効いてくれ……!」
周囲の動植物から生命エネルギーを分けてもらい、状態異常回復と体力回復を同時におこなう、光属性の治療術式。
本来、ウィザードの俺とは相性の悪い術だが、スキルのブーストもあってなんとか発動に成功。彼女のカラダが淡い光につつまれ、徐々に容体が、落ち着いていくのが分かった。
「んっ……んんっ……」
小さな声とともに、ゼラが目をひらいた。迷宮の天井をぼんやりと見上げ、数秒してから身を起こす。
「……私は、気を、失って……」
「回復が、間に合った……ゼラ、痛いところは、ないか? ああ、よかった……!」
「……は? 貴様……」
「……ッッ! 睡眠ッ!」
「はぅん!」
ばたっ。再度たおれこみ、寝息をたてはじめる彼女。くうっ、危ない……! 緊張がとぎれた拍子に、素が出てしまった。なんとか、寝起きのアレで誤魔化せるといいのだが……
(ク、ク、ク……ギリギリセーフ、かの……パーティメンバーが少しでもおぬしに好感を持つと、容赦なくステータスが下がっていくでな。せいぜい、気を付けることじゃ……)
そうだ。このチートスキルがなかったら、俺はただの上級ウィザード。細心の注意を払って、攻略を進めなければ。
俺は周囲に集まってきたモンスターを火呪文で焼き払いながら、彼女の目覚めを待つのだった……




