第5話 女騎士、水浴びをする
★迷宮地下第三層 魔獣ひしめく大樹海★
見わたすかぎりの、木、木、木……というか、木っぽいなにか、と言ったほうが正確かもしれない。
幹はねじくれて螺旋をえがき、樹皮は血のような赤紫色だ。枝は無数に分岐しながら絡みあい、ただでさえ弱い天井からの光を、ほとんど遮っている。
嗅いだことのない刺激臭にまじって、獣の脂とフンの匂いが、濃厚に漂っていた。
「魔獣系モンスターの奇襲で、多くの冒険者が命を落としている。警戒しながら慎重に進むぞ」
木っぽいなにかをかき分け、時に切り払いながら、ゼラトリスが進む。俺(とアモン)は、5メートルほど後ろにポジショニング。さすがに、アモンに索敵させようかなぁ、と思ったのだが……
(うーむ……どうやら、ダンジョンではお主のそばから離れられんようじゃ。すまんの)
と言われてしまった。こいつぅ。魔神のくせに、肝心なときに役に立たないやつめ。
ふと黒い影が、左の茂みから現れた。ダイアウルフだ! 大きく開いた口からは何本も牙が突きだし、体長は2メートルを超えている。無音で跳びかかってきた、そいつを――
「はぁっ!」
ずばぁん! 袈裟斬り一閃、彼女のブロードソードが真っぷたつに両断した。そのまま足もとで鎌首をもたげようとしていた、デッドリーヴァイパーの首を飛ばし、こともなげに進軍を再開。
「……油断するなよ」
くぅっ、カッコいい……! それにしても、なんでこんなに腕の立つ人が、キャバ嬢なんぞをしていたのだろうか。どっかの用心棒に就職したのなら、無双できるだろうに……
つづいて、右の木陰から3頭まとめて突進してきた。――災厄猪だ! 尋常じゃない突進力とガチガチの頭部は、城壁をもたやすく砕いてしまう。
一匹でも山のヌシを張れる、そいつらの全力チャージだが――
「うおおおおっ!!」
がっきいいぃん! 魔力をこめた盾を地面に立てて、真っ正面から受けとめる。1メートルほど後退して……ストップ。狼狽する猪たちに、ゼラの剣が襲いかかる!
1頭目の首を落とし、2頭目は胴を横なぎ。彼女が、3頭目を仕留めるべく跳躍したところだった。
「ギシャアアアア!」
イノシシ軍団の後方から、リザードマンの一団が出現……伏兵だ! 放たれた矢と槍ぶすまが、彼女に殺到する。これは、避けられない――!
「氷筍陣!」
ぱっきいいぃん! どすどすどす! 地面から突きだした氷の杭が、矢を阻む。そのまま最後の猪とリザードマンたちを串刺しにして、氷と肉塊のオブジェに変えた。
「お前……」
「……あっ」
(あーあ、手を出してしもうたのう)
着地したゼラが、こっちを向く。ま、まずい……!
「……礼を言う。助かったぞ」
ティウンティウンティウン。その瞬間、INT(知力)と最大MPが30パーセント近くダウンした。
「っ、ううっ、くおおおおっ……! そんな、馬鹿な……!」
急激なステータス低下に愕然として、膝をつく俺。彼女が、狼狽して駆けよってくる。
「ど、どうした。まさか、MP切れは本当だったのか! 代わりにHPを使って、魔術を……すまん、私が、軽率だったばかりに……!」
ティウン。さらにステータス低下。うおおっ、やめろ、やめてくれ……! っていうか、どんな脳筋スキルだよ、それ……!
「ええい、うっとうしい、寄るな、アバズレ……!」
「貴様、それだけは、言うなと……! 心配して損した。先を急ぐぞ」
キュイン。ちょっとだけステータスが上昇。危ない危ない。チクショウ、このチートスキル、判定が厳しすぎるだろ……!
そのあとしばらく、魔物の襲撃はなかった。ふと気がつくと、水音がきこえる。近くに、川でもあるのだろうか。前を歩くゼラが、そわそわと辺りを見まわしている。
「どうした。貴様、何か言いたいことでもあるのか」
「うむ……モンスターの体液と先ほどの毒沼で、体がかゆくてな。できれば水で流したい、のだが……」
ちょうど、小川のほとりに出たところだった。B2Fと違って、水は澄んでいる。水中型のモンスターも、いないようだ。
いや、待て待て。ここの受け答えは、ステータス低下のリスクがあるぞ。俺は、すぐさま熟考モードに入った。
まず、「構わんぞ」と言った場合。これは当然、好感度アップにつながる。バッドだ。
次に、「盗み見するぞ」などと脅した場合。いっけん正解のように感じるが、これもよくない。今まで積みあげてきた尊大なイメージが崩れて、ただのスケベな小悪党になってしまうからだ。
そして、「ふん、敵が襲ってきたら、容赦なく見捨てるからな」と言い放つパターン。これが最悪だ。さっき助けた実績があるので、冷たいのは口だけで本当は頼れるニヒルな魔術師、が爆誕してしまう。
さんざん悩んだ、俺の答えは――
どかっ。なにも言わず、木の根もと――とうぜん、川の裏側だ――に座りこむ。沈黙。それが正しいアンサー……なのか!? さあ、どう出る、チートスキルよ!
「……すまない」
彼女が鎧を脱ぐ音。ティウンティウン。INT10パーセント低下。くそっ、ダメだった……! もっと学生時代に、女ごころってヤツを勉強しとくべきだったかぁ……!
(アホじゃのう、ふつうに断ればよかろうに)
呆れるアモン。うるさいよ。俺もむかし魔法薬学の実験に失敗して、全身にブツブツが出たことがあるから、気持ち分かるんだよ。
◇◆◇◆◇
――彼女の、胸のうち――
身体にこびりついた汗と血、そして毒沼の瘴気が、洗いながされていく。私は、川に肩までつかりながら、木の幹をはさんで座っている男のことを考えていた。
品性下劣な脅迫者。いけすかない、最低の人間……だが、どこか底知れない雰囲気を感じる。
なぜかは、分からない。長いあいだ戦場に身を置いてきた者の、勘と言うしかない。まあ、それは、この階層のボスと対峙したとき、明らかになるやも……
私が思案にふけっていると、樹のむこうから声が響いた。
「……おい、貴様」
「なんだ」
「くだんの姫君とは、どんな人物なのだ」
驚いた。まさか、コイツが姫さまのことを聞いてくるとは……この悪人にも、なにか思うところが、あるのだろうか。
「……美しい方だ。お姿も、心もな。私が、騎士見習いの時から……あの方がまだ幼いころから、お仕えしていた。家族のような……いや、それ以上の存在だ。爆破テロのせいでふた目と見れぬ顔になってなお、『これで政略結婚をせずに済む、団長の命が助かってよかった』と言ってくれた……」
「ふむ。顔と盲いた目は、ボルワードの遺物でしか治せないのか」
「あれは、ただの爆弾ではなかった。爆発とともに飛びちった上級呪物の呪いが……顔を灼いたんだ。あらゆる祈禱や薬が試されたが、無駄……特級のアーティファクトでしか、癒せないと……それで、私はここを訪れたんだ」
変わり果てた姫さまの顔と、力になれない自分。恥ずかしさのあまり、口数が増えてしまう。
「ほほう。ではなぜ、あのような場所で日銭を稼いでいたのだ」
「……貴様も、中層より先に行けばわかる。人類に、このダンジョンの突破は不可能だ。この街を訪れた冒険者のうち、中層を突破したのはわずかに数組……彼らですらも、あっけなく深層に散ったと聞く。私も、これはと見込んだパーティメンバーが街を去ってしまい、心が折れたおりに……歓楽街の元締めに、誘われて……」
「それはもう知っている、答えになっておらんぞ。貴様ほどの腕なら、用心棒や傭兵に引く手あまただろう。それとも、酒場の給料はそんなにいいのか」
「ああ、いちおう指名ナンバーワン、だからな……もし誰かが迷宮をクリアして、遺物を地上に持ちかえった時には……貯金をはたいて姫さまのために、使わせてもらおうと思っていたんだ」
嘘だ。私は、嘘を言っている。たしかに、酒場の給金がいいのは事実。しかし――
爆破テロの手引きをしたのは、騎士団のナンバーツー。長年、苦楽をともにしてきた、信頼できる人物のはずだった。だが彼は――金をもらってあっさりと、騎士団と主君を裏切ったのだ。
その結果、私はもう誰を信用してよいのか、分からなくなってしまった。
恋心をいつわり、客をだますことで居場所を作る、夜の蝶という仕事。そんな立場に私は、ある種の居心地のよさを、感じていたのかもしれない。
「ク、ク、ク……俺がアーティファクトを手に入れた暁には、無料で使わせてやってもよいぞ。それにしても、清らかな心をもった姫君か……貴様に呪いをかける時には、良い触媒になりそうだなァ……」
「外道が。その前に首を落としてやる。先を急ぐぞ」
……やっぱり、ただのカスのようだ。私は川からあがって、身体を拭きはじめた。
◇◆◇◆◇
ゼラが鎧を着こむ、ガチャガチャという音が、木立ちの間に響いている。
(ほほぅ……ちょっと、おぬしの境遇と似ておるのう。大切な者のために、命をかけて迷宮に潜る……泣かせる話じゃて)
アモンが、感慨深げにうなづいている。
たしかに、シンパシーを感じずにはいられない。俺も、呪いをうけた知人を解呪するために、アーティファクトを求めているのだ。
かつて共にパーティを組んでダンジョンに挑んだ、聖女マリエラ……彼女の笑顔が、頭から離れない。俺たちは、ふたたびB3Fの最深部、ボスエリアをめざして歩きはじめたのだった。




