第2話 女騎士、脅迫に堕つ
「はい、ヨハン=シュード様、これで迷宮探索者としての登録は完了です。ご健闘をお祈りいたしますね」
――迷宮街ボルワード。Sランクダンジョンのひとつ“ボルワードの大迷宮”を、囲むように発展した門前町。そこの冒険者ギルドに俺は、探索者登録と初回アタックの申請をするために訪れていた。
とある事情から、同時に複数のパーティが、ダンジョンに潜ることはできない。俺のパーティの初回アタックは……1週間後と決まった。
(さて……まさか、一人で潜るわけではなかろ。挑戦までのあいだに、“ぱーてぃめんばー”を集めねばならんな)
冒険者ギルドを出て、宿への道すがら。俺の横にふわふわ浮かんでいる、フクロウ頭の悪霊が話しかけてきた。“魔神アモン”を自称するそいつに、念話で答えながら宿屋へ向かう。
(ああ、その通り。でもお前が与えてくれたスキルを、最大限に活かせるメンバーが必要だ。まず、俺のユニークスキルについて、もういちど確かめておこう。“パーティから嫌われるほど、知力(INT)と魔力(最大MP)が上がる”……だったな)
(さよう。スキル名を“反信頼”という。ワシは人間同士の不和をつかさどる、異世界の魔神……その特性にちなんだ、チートなヤツというわけじゃな。体力(HP)や防御力(DEF)は上がらんから、ダメージには注意じゃぞ)
(そこで、だ……霊体のオマエには、この街にいる有力な冒険者たちの弱みや、過去のトラウマを探ってもらいたい。正直、かなり気が引けるが……知ってのとおり、俺はダンジョンのいちばん奥にある、解呪――ディスペル系最強のアーティファクトが、なんとしても必要なんだ。よろしく頼むよ)
(人づかい……いや、魔神づかいが荒いのう。まあ、人間の弱みを握るというのは、悪魔冥利に尽きるでな。よろこんで協力させてもらうぞ、フフフ……)
宿に荷物をおろし……そのあと数日間。俺とアモンは、情報収集にかけずりまわった。
まずは、俺のディフェンスの弱さをカバーできるような、タンク役の前衛が必要だろう。腕利きで、かつ、塩をすり込めるようなコンプレックスを抱えている人物。
――いた。我がパーティーのメイン盾は、この人をおいて他にない。アモンから報告をうけ、心の準備を済ませた俺は……その夜、彼女の仕事場にむかった。
◇◆◇◆◇
町の北側の一角。すねに傷持つ冒険者のための宿屋やバー、盗品ショップにすけべ屋さんなどが立ち並ぶ、いかがわしいエリア。俺は夜を待って、一軒の酒場の門をくぐった。
看板には“コンセプトガールズバー 女騎士の砦 ご新規さまワンドリンクサービス”と書かれている。席につくとボーイにチップを渡して、お目当ての嬢を指名した。
薄ぐらい店内。周囲のブースからは、「くぅっ、高貴な私がこんな下賤の者に酌を……」とか「酒は飲めぬのだ、主君と神に誓いを立てているのでな……」などといったセリフが、聞こえてくる。
なるほど。堅物の女騎士が、夜の蝶に身をやつしているというシチュエーション……それが、最高の酒のサカナになるというわけだ。
よく出来たシステムだなぁ……そんなことを考えていると、ボックス席のパーティションがノックされ、俺のとなりに女性が、腰をおろした。
「ご指名、ありがとうございます。ローズと申します。剣の稽古にあけくれてきた身ゆえ、気の利いたサービスはできぬぞ……」
そんなことを言いながらも、慣れた手つきで水割りをつくる彼女。華やかなネイルで彩られた指先とは対照的に、指のつけ根あたりには、いくつもタコができていた。
長い黒髪を一つにたばね、うなじから肩へと続くライン。そこには戦場で負ったと思われる矢傷のあとが、うっすらと浮かんでいる。
シックな紺のドレスからのびる手足にも、無数の刀傷。上腕と太ももの筋ばった盛りあがりは、彼女が今なお鍛錬を欠かしていないことを、雄弁に語っていた。
……ビンゴだ。酒が入るまえに、本題をブチこんでおいた方がいいだろう。できるだけ尊大に、ムカつく感じで……!
「単刀直入に言うぞ。俺とパーティを組んで、ダンジョン……大迷宮に潜ってもらいたい。貴様のパラディンとしてのスキルを、見込んでのことだ。光栄に思うがいい」
「大迷宮、か……私も昔はオマエのような冒険者だったが、膝に矢を受けてしまってな。あっ、おつまみはナッツでいいか?」
あざやかな営業トークで、さらりと流される。だが、そうは問屋がおろさないぞ。
「これは、ロールプレイではない。迷宮完全クリアを成しとげる俺の偉業の、おこぼれに預からせてやろうと言っているのだ。貴様に拒否権はない。さあ、イエスと言え……!」
彼女の腕を、ガシッとつかんで言い放つ。当然、なんだコイツ、という顔をしながら――
「ちょ、ちょっと、お客さん、困ります……! ここは、冒険者ギルドじゃないんだぞ! あんまりしつこいと、出禁に――」
「ゼラトリス=フェステ」
「……ッ!!」
彼女が目を見ひらき、体をこわばらせた。どうやら、隠しごとが苦手なタイプらしい。
「すまんが、人ちがいだ。そんな人間、聞いたことも――」
「ほう……この期におよんで、しらを切るか。ザリア公国のもと騎士団長サマともあろう者が、往生際のわるい話だな。では、ここで背中のヤケドの痕を、ご開帳してやってもよいのだぞ?」
「な、なぜ、それを……!」
「フン、この至高の暗黒魔導……ヨハン=シュード様の情報網を、あまく見てもらっては困るな。数年前、新年の儀でおきた爆破テロ。警護対象の姫ぎみを失明させてしまい、自らも背中に大ヤケドを負った騎士団長とは、貴様のことだろう」
「ぐぅっ……!」
「その後、彼女は責任をとって騎士団を辞職。姫を治療するためのアーティファクトをもとめて、旅に出たと聞いていたが……まさかこんなところで、ゴロツキ相手に酒をついでいるとはなァ……あまりの衝撃に、思わずザリアに使い魔をとばしてしまいそうだよ。ククク……」
「そ、それだけは、やめてくれ……騎士団の皆を、姫さまを、落胆させる、わけには……! しかし、あのダンジョンは、あまりにも、恐ろしく、ううっ……!」
握りしめた拳をぷるぷるとふるわせて、ついに涙をうかべるゼラトリス。
もちろん、しがないいち魔術師の俺は、大それた情報ルートなど持っていない。たまたま以前のパーティメンバーがザリアの出身で、ウワサを聞いていたにすぎないのだ。
しかしギルドの探索者名簿で、彼女の名前を見てピンと来るとは……なかなか俺の記憶力も、捨てたもんじゃないな。
(あーあ、泣いてしもうたぞ……まあ、ワシの苦労が報われたということで、なによりじゃ。いったい、どれだけの更衣室を見てまわったことやら……そーいうのは、シトリーのやつの得意技なんじゃがな)
アモン、ごまんえつ。俺はゼラトリスの大体の特徴を彼に伝えて、背中にでかいヤケドのある女性を、探してもらっていたのだ。
俺以外には見えず壁抜け自在のアモンは、まさに最高の探偵。それにしても、目の前で泣かれると、こっちのメンタルもキツい……!
「ハァ、情けない……ほんとうに、騎士団長だったのか? もういちど言うが、拒否権はない。2日後の夜明け、大迷宮の入口に集合だ。もし来なければ……使い魔がとぶぞ。まぁ貴様も、上層はすでにクリア済みなのだろう? 上層の探索で俺の強さを見て、その後にどうするか、決めてくれればいい。では、また会おう。足をひっぱるなよ」
俺はやっとの思いで悪のウィザードを演じきると、うつむく彼女を残して酒場を出た。もう、あとには引けない。ゼラトリスの故郷のお姫さまのためにも、大迷宮を完全攻略しなくては――




