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報復

 週末の夜更けの事。


 学校終わりにも関わらず、俺達はムアに乗り草原を駆けていた。


「相変わらず速いですねー!!」


「あれ、前はビビり散らかしてたけど!?」


「そうなのー!?」


「別に散らかしてませんし!!」


 暴風に掻き消されぬよう叫びつつ、どこまでも広がる丈の深い芝をひたすら走り続ける。


 馬車で1ヶ月以上はかかる『ジュシン草海』の走破を、僅か1晩で試みているのには訳があった。




 一昨日、俺達『悪夢』の護衛当番の日の事だ。


 襲撃などそうそう来るはずもなく、ぐうたら過ごしていると、カイルがふと聞いてきた。


『今週末空いてる?』


 バイトで嫌という程聞いた言葉に渋い顔をしている間に、ムアが答えてしまったのだ。


『空いてる!

 ウチに遊びに来る?』


 と。


 でまぁその後はやんわり断られ、お休みに仕事が舞い込んで来てしまった……という訳である。





 カイルからの依頼は『カムベル帝国の使者を襲撃し、生け捕りにせよ』との事だ。


 話を聞いた時は「帝国からの使者なんておったん?」と耳を疑ったが、どうも公な使者では無いらしい。


 この前締め上げた貴族の書類を処理していたカイルが、他貴族の取引を偶然発見したようなのだ。


 しかも『バルガルフ領の情報』と引き換えに『金』を受け取っているなどと言う、とことんふざけた有様であった。


 恥ずべき売国奴である。


 売国貴族を殺す算段はカイルが着々と進めているので、俺達は証拠確保と元凶の排除に動いている訳だ。


「下手に刺激するのも怖いですよね……」


 ラグニィの言う事は最もだ。


 金級相当を31人、プラチナ級を4人も抱えている軍事大国の帝国がトラモントに攻め込んで来ないのは、100年前の『星落としの杖』による大怪我があったからに他ならない。


 俺からしてみれば、今日までトラモントが残っているのが不思議なくらいである。


 ただまぁ、カイルにも考えはあるみたいで……


「カイル、『星落としの杖』使えそうって言ってたけど……私は、使わせたくないな」


 もし帝国が攻めてきたら、カイルは星を落とす事も視野に入れているようなのだ。


「そうなんだよねぇ。

 ただ、大人しくしてても延命措置にしかならないのは、この間の国境侵害見ても間違いないだろうから…」


「ガゥゥ、ガウッ!!」


 『なら自分達で牽制すればいい』


 ムアの威勢に、浅い息と共に笑みが浮かぶ。


「痛い目見せてやるとしますか」



●●●●



 商人に扮した帝国の一団が、宿場町の一角にあるこじんまりした酒場で、薄い酒をチビチビやっていた。


「……今回はどれくらい滞在する事になるやら」


「さぁな。

 ま、長く見ても1ヶ月以内には来るだろうさ」


「つってもよ、もう時期1週間だぜ?

 何時になったら帰れるんだ……。

 ングッ………同じのくれ」


 空のジョッキを差し出す帝国軍人に、マスターはぶっきらぼうに空の手を見せる。


「……あ?

 協力するっつー話だったろうが」


「黙ってるだけだ。

 客として居座りてぇんなら酒代くらい出せ」


「チッ、しゃあねぇな……」


 帝国軍人が懐を間探った時である。


『ミツケタ』


「うおっ!?」


 突然仰け反った帝国軍人に、仲間達が薄く笑う。


「なんだ、この程度で酔ったのか?」


「今カウンターの下に顔が……」


「はいはい分かった分かった」


 改めて膝元の闇を除くが、あるのは黒ずんだ木目だけだ。



 木の節を顔に見間違えたか……?


 

「全員? そっか、ありがと」


 シュミラクラ現象を疑う帝国軍人の耳に響いたのは、久しく聞いていない若い女の声であった。


 反射的に顔を上げると、酒場の入口に小柄な人影が立っている。


 フードとフェイスベールに隠された顔をよく見ようと目を細めていると、背後で椅子が倒れ気に触れた。


「チッ、おい…?」


 気分を害され振り返った帝国軍人だが、仲間の1人が顔を真っ青にしているのに気付く。


 彼は余程巧妙な偽装をされぬ限り、『相手との力の差を測る』固有能力を持っていたはずだ。


「っ!、何もん…」


『おやすみなさい』


 たった一言で、帝国軍人達は糸が切れた人形のように床に崩れ落ちた。


「……」


 本能的に息を殺すマスターには目もくれず、ローブの女は再び告げる。


「連れて来て」


 すると、脱力していた帝国軍人達は突然跳ね上がり、仰け反って立ち上がる。


 だが目が覚めた訳では無い事を、間近で見ていたマスターは気付いてしまった。


 指は暴れ回って蠢き、目玉が左右バラバラに回っている。


 ぎこち無い足の動きに目を見張れば、そもそも地に着いてすらいない。


 いつの間にかローブの女は消えており、先程まで話していた帝国軍人は別のナニカに変わり果て、店から出て行ってしまった。


 カウンターに置かれた銀貨にマスターが気付けるようになるまで、相当の時間を要したのであった。



●●●●



「……ふむ、やり過ぎたか」


 宿場町の外に転がされた、20人弱に迫る帝国軍人達。


 数人から早速尋問してみたのだが、どうやら賄賂受け渡し以外にも潜入していた輩がいたようなのだ。


「指示の仕方ミスったなぁ」


 呪物に住み着いていた生き物のなり損ない達、『浮常』と名付けた怪異達に「カムベル帝国の人間を探せ」と命じた結果がこれである。


「結構潜入されててびっくり〜」


「びっくりではありますけど、これどうするんですか」


「ガウゥ?」


「でも殺すと……いや、生きて返すとそれはそれで後が面倒ですね。

 中間択で全員連れて帰りましょうか?」


「それが妥当かな」


 その後リーチェが本命を連れて来てくれたので、宿場町から離れた所で地下にお連れし、話を聞く事に。


 危機感を吸い取ってボケさせ、無防備になった心をリーチェが覗く。


 静かに、スムーズに尋問が終わると、面白い事が分かってきた。


「一枚岩じゃ無かったのか」


 どうも帝国軍は『星落としの杖怖いよね派』と『トラモントガタガタだから今が好機!派』に分かれているようなのだ。


「なら私達を襲ったコクノイアは、活発な派閥の方だったんだね」


 勢力の割合は今のところ五分五分だが、『好機派』が年々勢いを増しているらしい。


 理由は『怖い派』の高齢化にあった。


「カイルの懸念、当たっちゃいましたね」


 元はと言えば、カイルが危惧していた『星落としの杖への恐怖の薄れ』。


 その裏付けがバッチリ取れてしまっていた。


「こっちはどうする?」


 リーチェが顔を向けたのは、仕分けされた『怖い派』だ。


「利用出来ないかなーって」


 彼ら『怖い派』は、『好機派』がトラモントを刺激しないように見張っていたようなのだ。


 だがリーチェは肩を竦める。


「無理だと思うよ。

 心は帝国にあったから」


 派閥が分かれていようと愛国心で行動してるから、俺達が何を言っても効果は薄いか。


 ウチの政治y……売国奴貴族に見習わせたい精神である。


「……でも全員は殺さない方がいい?」


「おや、ムアにしては珍しい意見ですね?」


「ノゾムが言ってた。

 痛くて苦しい思いをさせて語らせれば、恐怖が芽生えて広がるって」


「……」


「……」


 そんな目で見ないでください。


 事実だけれども。


「でもほら、ムアの言ってることは名案だし、ちょうど格好の的も近くにあるみたいじゃん?」


「言ってましたね。

 軍事要塞、『バヌン前哨基地』でしたっけ」



●●●●



 『バヌン前哨基地』は、100年前の戦争時の要塞をそのまま活かした国境監視基地だ。


 かつては『怖い派』が収めていたこの基地も、世代交代と共に『好機派』に乗っ取られ、今では数多くの武装を備えている。


 極めつけは、肩で風を切り歩く金級の2人だ。


 白髪混じりの髭がもみあげと繋がっている40代程の大男『錬金鎧ツァブラ』。


 つま先まで覆う大きなコートにネックウォーマー、帽子の隙間からメガネが生える女『岩吹雪のローカラ』。


 帝国の金級の中でも比較的若い彼らは、言うまでもなく『好機派』である。


 そんな金級まで揃えたパヌン要塞は、来るべき侵略戦争の再開に向けて準備を進めていた。


「しっかし上も馬鹿だよなぁ。

 帝国には金級どころかプラチナ級までいるってのに」


「王が変わったって、所詮貴族の傀儡だろ?」


「それも、端金で母国を売るアホ貴族のな」


 薄く笑う帝国軍人らの言っている事は、残念ながら殆どが紛れも無い事実である。


 1つ間違いがあるとすれば、4人のプラチナ級が帝国内で別々の勢力に属しており、同じ方向を向く未来があまり見えない事くらいか。


「新しい王もどうせ……何だ?」


 突然カタカタ揺れたジョッキに、帝国軍人達は顔を見合わせる。


 次に視線が集中するのは、この場で最も信頼の置ける戦力。


 金級の2人だ。


 地面に杖を突き立てたローカラは、魔法陣を素早く広げて要塞内の地面に『封』を施す。


 そこへ、跳躍していたツァブラが空から降って帰ってきた。


「周りには何もいなかった!」


「地中に何かいます! 注意なさ…」



 バッシャン!!!



 肉がひしゃげる音と共に、辺りが闇に包まれる。


「っ!? 閉じ込め…」


「『光源』!」


 辛うじて見えたのだろう。


 要塞の外からせり上ったナニカに、ローカラが言葉を漏らす。


 だが動揺が兵士達に伝わるより先に、ツァブラが叫んだ。


「こ、『光源』!」


 ローカラが我に返ったのを皮切りに、他の軍人達も次々と『光源』を打ち上げる。


 灯された光に安堵した束の間、気付いてしまった。


 ツァブラとローカラの間に、光を抉る闇の塊が居ることに。


「なん、ガッ!?」


「ッウ゛!?」


 闇が広がり2人を隔つ間際、


『好きにしていいよ。見てるから』


 雪より遥かに冷たい声が、臓物に響いた。



●●●●



「っく……」


 分断されたローカラは、杖で身を支えつつ腹に手を当てる。


 怪我は全くと言って良い程に無く、直ぐにでも十分に動けそうだ。


 しかしこれを幸いと言うには、聞こえた言葉が不穏過ぎた。


「っ、舐めた真似を……!!」


 まるで腕試しの為に、あえて生かされているかのようだ。


 トラモントで尊敬や畏怖の対象である金級の肩書きは、帝国では強権を持たない。


 金級なりたてのローカラ以上の実力者が、数多く存在しているからだ。


 『知っている』だけでも、気の持ちようは変わってくる。


 すぐさま持ち直したローカラの目の前の闇に、仮面が浮かんだ。


「良かった。

 あのまま呆けられていたら、あまりの味気無さに殺してしまう所でした」


「……誰の遣いですか」


「王ですよ、トラモントの」


 ラグニィが言い終わらぬうちに、ローカラが動いた。


 人の頭程の岩が周囲に浮き上がり、ローカラを中心に高速で回転する。


「死になさい!!」


 ローカラの叫びに呼応し、岩がマシンガンのように放たれる。


 回転に巻き込まれぬよう避難していたラグニィは、迫る岩石に……薄く微笑む。


 岩は、ラグニィの目の前で粉々に砕け散った。


「なっ!?

 この……!!」


 ラグニィがステッキに固有能力をのせて振り抜いたのだ。


 風を切り、ステッキが振られる度に岩がいとも容易く打ち砕かれる。


「単調ですね。

 半年前のアギトの投擲の方が、遥かにいやらしかったですよ」


 これでは効果が薄いと判断したローカラは発射を止め、今度は岩を無数に浮かばせて高速で回転させる。


 常人ならば指先を掠めただけで手を持っていかれる程の脅威を前に、ラグニィは感心して見上げる。 


「これが噂の『岩吹雪』ですか。

 ……私にはどんな2つ名が付くんでしょうね」


 楽しそうに呟くラグニィの周囲に、空気を歪める球体が無数に浮かび上がる。


 シャボンのようにフワフワ浮かぶソレは、かつてアギトが褒め讃えた『気道弾』を、余りある気と新たに得た『空間に触れる』固有能力で改良した新技、『シャボン弾』だ。


「試し撃ちするには危険過ぎて、中々実践で使えなかったんです。

 ……出来るだけ長く抵抗してくださいね」


 シャボン球はそよ風に押されたように揺れ、岩吹雪にぶつかると膨れて弾けた。


 たった一つのシャボン弾に岩吹雪が大きく数を減らしたのを目にし、ローカラの背に嫌な汗が流れる。


 急いで岩を継ぎ足すも、気道弾に片っ端から消し崩され、徐々に余裕は無くなっていく。


「ぐぅ……!!」


 そして遂に、岩の隙間を掻い潜ったシャボン弾がローカラの左手と腰を消し飛ばした。


「がァッ!!」


 体勢と共に魔法が崩れたローカラは、今度は右肩を失う。


 次に足、太もも、両腕、そして……頭。


 物言わぬ屍どころか、もはや切り抜かれた肋骨しか残っていないローカラに、ラグニィは静かに歩み寄る。


 そして……


「い、よっと」


 肋骨すらも爆散させ、中の魔石を持ち去るのであった。

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