血の呪い
「何者だ」
闇に潜む自分を真っ直ぐ睨むツァブラを前に、リーチェは自分でも驚く程冷静でいた。
「『悪夢』。知らないでしょ?」
「聞いた事も無い…なっ!」
不意打ちを狙ったツァブラだが、拳がリーチェに届く直前、身を翻し距離をとる。
「これは………ハッ!!」
ツァブラから放たれた気が、忍び寄っていた瘴気を吹き飛ばした。
強烈な気を正面から浴びてもなお動揺の色を見せぬリーチェに、ツァブラは威圧するように構える。
「……いいだろう。
全力で叩き潰してくれる」
頑強な肉体に、鋼鉄の鎧が浮き上がる。
瞬きの合間に『錬金鎧』の巨躯がそびえ立っていた。
得物らしい柄の細い斧を掲げたツァブラは、兜の闇からリーチェを睨んだ。
「……行くぞ」
「……」
反応を示さないリーチェにやりにくさを感じたツァブラだが、それでも勢い良く斧を振り下ろす。
しかし、手応えはあまりに気持ち悪いものであった。
「ラァ、っ!?」
闇に浮かぶ斧の軌跡と共に、『幻影』が崩れ去ったのだ。
「なっ!?」
亡骸の代わりに現れたのは、埃でも確かめるように鎧を指でなぞるリーチェであった。
「フンッ!!」
振り払われた斧を飛び退いて躱しつつ、リーチェが呟く。
『熱く燃えろ』
するとリーチェに触れられた箇所が眩く光り、とてつもない高温で焼き始める。
鎧の中まで焼き尽くすはずの炎だが、相手は金級の中でも熟練だ。
「甘い!」
脱皮するように鎧の表面を切り捨てると、深く踏み込み斧を振りかぶる。
だが、もう手遅れであった。
「なっ!?」
斧が、鎧が崩れ落ちた。
新たに鎧を形成しようとするも片っ端からくすみ、砂のように溶けてしまう。
リーチェはアギトの固有能力、『負の感情を吸収し操る力』の影響を強く受けていた。
そして、瘴気が与える物質への影響力と触媒技術を組み合わせ、かなりえげつないモノに仕上げていたのだ。
必死に己の強みを復活させようとするツァブラに、果実から抽出した酸性の液体を振り撒く。
この液自体は、舐めたら滅茶苦茶酸っぱいだけで、触れたら皮膚が溶けるような代物では無い。
だがリーチェは瘴気の『怨み』による粘着質な結合と『怒り』の強烈な反応を組み合わせてツァブラの鎧をドロドロに溶かしていたのだ。
「あれ?」
遠巻きに観察していたツァブラが、突然のたうち回って苦しみ始めた。
何事かと様子を見れば、どうやら酸と瘴気の侵食が進み過ぎて、全身が焼け爛れてしまったらしい。
魔力や気による守りも崩れており、今は全身を襲う激痛に痙攣を起こしているようだ。
「うわぁ、エグいことしてんねぇ」
決着と見たアギトが、ラグニィと共に闇から姿を表す。
「これは痛そうですね……」
「いや、ラグニィも人の事言えないと思うけど」
「そうです?
それより早く楽にしてあげませんか?」
「あ、そうだった!
『眠れ』」
肉の人型と化したツァブラはブルリと震えると、動かなくなった。
だが相手は稀有な固有能力を持った金級だ。
もう一仕事残っている。
「やろうか?」
「ううん、大丈夫みたい」
リーチェは魔法でツァブラの胸を切り裂き、お目当ての魔石を取り出したのだった。
●●●●
いやーお見事お見事。
今回の戦闘で、リーチェとラグニィが金級に足を掛けている事がよく分かった。
個人的にポイントが高かったのは、2人とも相手の攻撃に対処出来ている点だ。
相手を確実に死に至らしめる攻撃は確かに大切だ。
しかしそればっかりの1発芸では不意打ちされたり、正面切って戦った時に相性差がモロに出てしまうだろう。
その点、相手の攻撃を凌げるのなら応援を待ったり、打開策を練る事が出来る。
………なんて偉そうに評価している俺だが、相性差でも実力差でも今だにファルシュや赤脈旅団に勝てるビジョンが浮かばないのが悲しい。
「もう誰もいないの?」
「いんや、偉そうな輩は残してあるよ。
他は浮常が処理してくれた」
闇や影からヌルッと現れた浮常達が任務の完了を報告してくれる。
「お疲れ様。
銅級以下の魔石は食べていいよ」
リーチェに許可を貰った浮常達が暗闇に溶け込むと、ガリガリボリボリ音が聞こえてくる。
生者にも、妖精にもなりきれなかった彼らは、生者の力の残骸を喰らい生き長らえる。
宛もなく延命するしか無い彼らであったが、今は俺の眷属として存在が安定している為、ここから先の食事は強くなる一方だろう。
それはさておき、この要塞をどうするかだ。
「ガウッ!」
要塞を覆っていた蔦壁を食い破り、ムアが飛び込んでくる。
「おかえり。
ありがとね、お陰でこっちに集中出来たよ」
ムアには、余計な情報が漏れぬよう外を監視して貰っていたのだ。
「誰も出て行かなかったし来なかった。
リーチェとラグニィはどうだった?」
「勝てましたよ!」
「私も勝てたよ。
ほら」
戦利品の魔石を確認し合っている間に、浮常達が生け捕りにした連中を集めておいてくれたので話を聞きに行く。
案内されるがままに進むと、『好機派』のお偉方は、要塞の一室の角に追いやられていた。
「く、来るな!!」
痩せこけた軍人が放った魔法は、浮常の纏う瘴気に相殺され掻き消えてしまい、それが更に恐怖を煽る。
攻撃無効の異形に囲まれた状況に、人型が現れたからだろう。
「誰だ!?
頼む、助けてくれ!!」
軍人らは俺達を見るなり必死に助けを求めて来た。
でもざんねーん。
「お疲れさん。
お前らも魔石食っといで」
俺の指示に従う浮常達に、軍人達は状況を理解するなりみるみる青ざめて行く。
「何者だ!!
これ以上近づ……」
言い切る前に、彼らの内半分の負の感情を奪い取り、リーチェから貰ったお香で意識を朦朧とさせる。
「……!?
おい、しっかりしろ!!
貴様何をした!!」
「なんだろうねぇ。
じゃ、まずは顎髭が素敵な君から」
ボケた半分に軍事機密を垂れ流させ、残りの半分の反応で真偽を確かめる。
「コクノイアを寄越したのはお前らだったか」
「コクノイアを知っているのか……?
奴はどこにいる!!」
怒りすぎてゆでダコのようになった軍人だが、俺の無反応に、そして外の静けさに気付いたのだろう。
「そんな……馬鹿な事が………」
「そもそもこの要塞、確かトラモントの領土内でしょ。
わざわざ持ち込んでくれた魔石だ、有効的に使わせて貰うよ」
「………」
赤ら顔は蝋人形のように白く固まり、もはや呼吸をしているかも怪しい。
「さて、君らは確か『好機派』だったよね?
ならもう用は無いかな」
「『好機派』……? 我々は『献身派』だが……」
勝手に名付けてたけど、やっぱ名前あるのね。
「なら大人しい方は何て言うの?」
もはや俺の質問に沈黙で返す元気さえ残ってないのだろう。
「………『保身派』と、呼んでいる。
何なのだ貴様は」
「俺? 俺達は悪夢だよ。
君達が聞いた所で、もうどこにも届かない言葉だ」
この軍人達からはまだ得られる情報がありそうなのでスヤァさせる。
さて、残るはどのように情報を使うかだ。
「ちょっと相談〜」
書類やら武器やらを根こそぎ回収して来たムア達と合流し、俺達は方針会議に勤しむのであった。
●●●●
『バヌン前哨基地』からの定期連絡が途絶えた事で、『献身派』の調査隊が広い荒地を闊歩していた。
はるか昔、青々とした草原が広がっていたこの地は、100年前の戦火によって畑も耕せぬ硬い土塊の土地に踏み固められている。
そんな土地だから、見晴らしも良い。
「おい、あれ」
地平線の彼方でフラフラ歩く人影に気付くのに、苦労はなかった。
回収された男はすっかりくたびれているが、縋るように纏う軍服は帝国軍のものである。
「どうした、何があった」
白湯を飲み喉を潤した男が語ったのは、トラモント王国の未知の勢力、『悪夢』についてだ。
金級冒険者3人を屠った事、バヌン前哨基地が目の前で『粉々に吹き飛ばされた』事、自分だけが生かされた事を震える声で話す。
そして極めつけは、『新たな王は星を落せる』と言う情報であった。
「やはりトラモントには手を出すべきでは無かった」そう締め括られた語りを聞き終えた軍人は何事か思案した後、おもむろに男の首のナイフで貫いた。
「よろしいので?」
「保身派に余計な口実を与えかねん。
それに……」
軍人は忌々しげに、『保身派の男』の死体を馬車から蹴り落とす。
「やはり過去100年の間に攻め入らなかったのが間違いだったのだ……!!」
こうしてバヌン前哨基地での惨劇は荒地に葬られ、カムベル帝国『献身派』のごく一部で『悪夢』の名が知られるのであった。
●●●●
「ムアの分で3つ」
国王様の私室に鎮座する高級そうなテーブル。
その上で無造作に並べられた魔石に、ルトレリがあらまぁと微笑んだ。
「凄いじゃない。
3人とも強いのね」
「そう。 ムア達は強い」
「正直勝てると思ってませんでしたよ……」
「ディカ姉達を見てたから、拍子抜けしちゃった」
「赤脈旅団を見ていたらそうなるのも仕方ないわ」
女性陣がキャッキャウフフと楽しそうにしている横で、カイルは書類を読み耽っていた。
「何か面白いものでもあった?」
「……うん。
びっくりするような話がね」
カイルに渡された、比較的新しい紙に載っていたのは名簿と金額だ。
名前、年齢、性別の横に並ぶのは、どれも金貨2桁以上の莫大な値段。
奴隷や人身売買を禁止しているトラモントだが、だとしても値段が明らかにおかしい。
「なんこれ」
するとカイルは紙を名簿に数枚重ね、精霊達の力を借りて書類を光に透かす。
「うっわ………これは酷い」
通りで国王派の貴族連中が、こぞって金策に勤しむ訳だ。
『醜悪』
この表現がここまで当てはまる事もそうそう無いだろう。
腹で渦巻く怒りと背筋を流れる寒気がせめぎ合い、吐き気を催す程に醜い。
こめかみに指を当てたカイルが冷ややかな、しかし強ばった笑みを浮かべる。
「……王家の血筋は、僕達が知らない所で広がっていたみたいだ」
透かしに念入りな透過の魔法をかけて浮かび上がったのは、トラモント王国、王族の象徴である『十字の星の煌めきと、星落としの杖』の紋章であった。




