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侵略者

 朝日が差す王都の街並みを眺めながら、学園橋を歩く。


 寮を出てからと言うもの、このくそ長い学園橋を歩くのは初めは億劫であったが、今では朝の心地良いルーティンになった。


 睡眠を必要としない俺達の体内時計を元に戻す、大切な習慣になったように感じる。


「朝日が気持ちいいですねー!

 そんなに寒くなくなって来ましたし!」


「ラグニィ、昨日も夜通し工房篭ってたもんね」


 ラグニィは底無し袋から例の仮面を引っこ抜いた。


「色々調べてたんです。

 この仮面にある用途が分からない魔力回路ですが、どうも舞台仕掛けなどと連動するタイプの物に似てるんですよね」


「へぇ。

 ならその仮面は、劇場とかで使われてた小道具だったんだ?」


「恐らくはそうかと。

 劇などは詳しくないので、この仮面がどのような物語で使われるかは分かりませんが、調べてみれば…あれ?」


 仮面を隠すラグニィに、学園橋の先に目をやる。


 すると学園の方から、全身をくすんだ灰色のコートで隠した一団が走って来ていた。


 その向こうから、ムナルイン学園の教員がローブをはためかせて追って来ている。


『君達、どきなさい!!』


「この声……誰だったっけ」


「バラニ。 冒険者部の顧問」


 ムアがポケ〇ン図鑑のような説明をしてくれる間にも、その一団はみるみる迫って来ている。


 足の速さを見るに銀級くらいだろうか。


 遠巻きに観察していると、リーチェがふと声を漏らした。


「帝国の人みたい」


 どうやら目が合ったらしい。


「なら捕まえようか。

 俺正面止めるから、ラグニィとムアで街に降りないようにカバー。

 リーチェは飛び越す輩撃ち落としてちょーだい」


「タイミング悪いなぁ」


「ほんとですよ、時と場合を考えて欲しいものです」


 変装お披露目の日を心待ちにしているリーチェとラグニィの不満に笑いつつ、迫る敵を見据えた。


 学園橋の端に避ける振りをしつつ、ムアとラグニィは両端へ、リーチェは俺より5m程下がる。


 さり気ない位置替えに気付かず、帝国の連中は道のど真ん中を駆け抜けようと突っ込んで来た。


「うごっ!!?」


 ので、群れの横っ面を蹴り飛ばすと、2人巻き込んで吹き飛んで行く。


「ちっ!」


 先頭の数人が慌てて飛び上がった所をリーチェの雷撃が撃ち落とす。


「何だと!? ガッ!?」


 後方の残りが足を緩めた所を、ムアとラグニィが抵抗を一切許さず叩きのめし、あっという間に鎮圧完了である。


「ガキが、ガァッ!?」


 生きのいい数人の腰を踏み砕いて無力化していると、ようやく教員達が追いついて来たところであった。


「おはようございます〜」


「怪我は無いか!?」


 あら優しい。


 心配してくれる先生達に無事を伝えつつ、床に転がった連中を蹴って寄越す。


「………助かった」


 俺達の素性を知るバラニのみ、若干言葉に詰まりつつも礼を言ってきた。


「こいつら帝国の連中っぽいけど、何かあった?」


「分からない。

 ただ、学園に侵入しようとしていた所を発見して、追いかけてきた所なんだ。

 ……というか、帝国の奴だったのか」


「この後どうするの?」


「そりゃ当然、色々聞かせてもらうさ」


 呻きながら睨みつけてくる男に、バラニは冷たい視線を向けるのであった。



●●●●



「……ですので、継続的に魔法を使いたい場合は魔法陣を展開してから発現させる方が効率が良いのです。

 では端の……タスマンから順に、前に出てきてください」


 現在受けているのは基礎魔法学、魔法陣についての授業である。


 魔法陣を展開すれば魔力を通すだけで勝手に魔法が構築されるらしい。


 実践で見た事があるのはゲル浄化作戦の銀級達と、後は……ああ、国王争奪戦の時に、ルトレリがずっと撃って俺の選択肢潰してきたっけ。


「……?」


 指先に滑り込んで来た紙を、身動ぎせず受け取り盗み見る。




『今日の事、カイルに伝えます?』


『伝えた方がいいと思う』


『帰りに会いに行く。

 ご飯も一緒に買う』

 





「………」


 まーた何とも風情のある物を。



『賛成。

 なんならカイルもご飯誘う?』



 先生の視線が外れたのを見計らい、指のスナップと極僅かな魔法で長机を滑らせる。


 口の奥から滲み出てくる甘酸っぱさを噛み締め、緩む口元を頬杖で隠した。



 懐かしい。


 地球にいた頃、密かにやってみたかった事の一つである。


 友達がおらず諦めてしまったが、まさか異世界に来てから体験出来るとは。


 だが実際カイルに伝えるとなると、もう少し役立つ情報にしておきたい。


 後でバラニかルトレリにでも聞いてみるかな。


 など考えていると、突然扉が開き顔を覗かせたのはルトレリであった。


「授業中ごめんなさいね。

 そこの4人お借りしていいかしら?」


「ええ、どうぞ」


 話を聞いていたのだろうか、担当の教授に快く送り出され、教室を後にする。


「お察しの通り、ちょうどあなた達が話してた事についてよ」


『………』


 4人揃って顔を見合わせるが、気を取り直し本題に入る。


 幸いルトレリはそれ以上言及せず、防音の結界を張りながら歩く。


「で、なんて言ってた?」


「1つ目の目的は『雷槍のコクノイア』の安否調査」


「やっつけた」


「わ、わ、」


 ジャーンとムアが掲げた魔石を、リーチェがナイナイする。


「で、2つ目は?」


「新たな国王の調査と、可能であれば暗殺」


「……へぇ」


 帝国側の理にはかなっている、予想出来る行動だろう。


 それを、俺達が許すかは別として。


「帝国の奴らは?」


「眠らせて無力化させてあるわ」


「それだけ?」


 不満を隠さず聞くムアに、ルトレリは表情をピクリとも動かさず付け足す。


「眠らせて、手足を切断し、魔力の回路をズタズタにしてあるわ」


「ならいい」


 ご満足いただけたようで何よりである。


「それで今夜、対策会議を開く予定なの。

 各金級も参加させるのだけれど、あなた達も良ければどうかしら?」


 返事など聞く前から決まっているようなものだ。


「おめでとう。

 新衣装お披露目の場が向こうからやって来たよ」


「思ってたのと違いますねぇ……」



●●●●



 で、その日の晩である。


 『悪夢』一行はカイルとルトレリの後を着いて歩いていた。


「僕が迎えに行ったから良かったけど、こっちの塔入った事無いでしょ。

 結界どうするつもりだったの?」


「そりゃもう、パリーンと」


「割ってるじゃん。

 ルトレリとも集合場所決めてなかったんでしょ」


 カイルに怒られる俺を他所に、獣の姿で欠伸するムア、緊張気味のリーチェと観光気分のラグニィに、ルトレリは楽しそうに笑う。


「貴方達、正体隠す気あるの?

 行動から中身が透けて見えるわよ」


「大丈夫。 公然の秘密にすれば誰も手も口も出せなくなるから」


「学園の外でやってちょうだいね」


「はーい。 っと、そろそろか」


 気配がガラッと変わったカイルに合わせ、気持ちを深く沈める。


 ムアは臨戦態勢に、リーチェは緊張感どころか気配すら薄くなり、ラグニィは何時ぞやの模擬戦のように気配をザワつかせる。


 ルトレリは驚くほど自然体だ。


 現れた俺達に、門の前に立っていた兵士達は槍を握り直し背筋を正した。


「こっ……こちらでございます」


 重々しく開かれた扉の先には、楕円形の大きな審判場のような空間が広がっていた。


 カイルは不可視の妖精に腰掛けると、全体を見渡せる玉座まで宙を滑って移動する。


 俺達はカイルの背後に立って睨み付けるお仕事だ。


 既に席は全て埋められているらしい。


 ファルシュ、ティラック、ミラス、そしてエゼロ。


 他にも貴族連中の頭目と思われる奴らが雁首を揃えている。


 あ、マルズロがムアに睨まれて縮み上がってら。


 これで全員かと思われたが、最後に学園の教員が、椅子に括り付けられたダルマを3人転がして、ようやく揃ったのだろう。


 ルトレリが手を叩いた。


「それでは、国王暗殺対策会議を始めましょう」


 物々しい会議の名に貴族達がザワつくが、それを防音の魔法で静かにさせて、ルトレリは話し始める。


「経緯についてお話しましょう。

 今朝の事です。

 ムナルイン学園に侵入を試みる、帝国軍人を捕らえました。

 彼らの目的は、カムベル帝国の金級『雷槍のコクノイア』の安否確認。

 そして、トラモント王国新国王の暗殺だそうです」


 この時点で何も質問は出ず、ルトレリは話を進める。


「今回は調査が目的だったようですが、今後はこのような侵略行為が増えてくるでしょう。

 そこで今回の議題、国王暗殺の阻止と対策です」


「ご苦労さま。

 早速質問を1つ」


 真っ先に口を開いたのはカイルであった。


「どうぞ」


「侵入者らは、どんな手段で王都へ侵入したの?

 商人?」


「ええ。

 商人に扮して北側から入って来たようです」


 すると今度は貴族の1人、髭を細長く整えた老人が質問をする。


「そもそも本来の目的が『雷槍のコクノイア』の安否確認だったのでは?」


 ……?


 早速話が脱線しそうな……


『あの人、話逸らそうとしてる』


『おけ』


「国王の安全について話し合うよりも、その話題の方が大切だと?」


 怒気を乗せて言葉をぶつけると、細髭はブルリと身をすくませた。


「そ、そんな事は…」


「貴殿は確か北門が管轄であったな?

 よもや責任逃れをするつもりではあるまいな!!」


 お、なんだなんだ?


 目の下にたるみのようなクマを作った貴族が、鼻を膨らませて突然立ち上がったではないか。


『言ってる通りみたいだよ』


『リーチェありがとう。

 僕がやるよ』


 今度はカイルが処理するようだ。


「煩いぞドリタ侯。

 ここを糾弾の場としたいなら、スィブリー伯、ヒュルド侯との脱税についても、今この場で処理するが?」


「それは……失礼しました」


 おお、上手い。


 相互監視の状況を作ったのか。


 ただまぁ把握してるって事は、その内俺らがこんにちはしに行く事になりそうだなぁ。


「それとイリック伯。

 悪意あっての不正で無いのであれば、度が過ぎなければ重い責任を追求するつもりは無い」


 カイルの言葉に、細長い髭貴族が首を竦ませる。


「っ……承知いたしました」


 一段落着いたはいいが、貴族連中がすっかり押し黙ってしまった。


 身動ぎの衣擦れが耳に届く静寂に、ぶっきらぼうな声が響いた。


「で、国王様をどうやって守るかって話だったよな?

 まず結界を見直した方がいいんじゃねぇか?

 全体的に古くなってきてるし、頑丈さがウリの結界も、ついこの間ぶっ壊せるのが分かっちまった訳だしよ」


 あーはいはい、俺達ですねぇ。


 すると今度は、主らしい貴族と一言二言交わしたミラスが意見を出す。


「でしたら私から案を1つ。

 先程名前の出たコクノイアのような金級が襲撃してくると想定した場合、結界に加えて常に2人の金級が迎え打てるようにするのが万全では無いでしょうか」


 ふむ、その案は悪くない。


 コクノイアが死んでるってのは伏せて、出来るだけ脅威を大きく想定させておいた方が慢心しないだろうから黙っておくか。


「ならば金級の持ち回りは、後で我々で決めるとしましょうか。

 結界はどうし…」


 ルトレリが言い終わらぬ内に、貴族が勢い良く立ち上がった。


「それならば、我が領地に腕の立つ技師がおります」


「何を言うか、私にご命令ください」


「いや、私に……」


 突然湧くように殺到する貴族らに、思わず身を引く。


 うるせぇなこいつら、小学生か。


『媚び売って自分の不正を誤魔化そうとしてるんじゃないですかね?』


『浅知恵が過ぎるねぇ』


『静かにさせて貰っていい?』


『はいよ〜』


 怒気を放つと同時に恐怖を煽り、纏めて黙らせる。


 息を飲む貴族連中を睥睨したカイルは、薄く口を開いた。


「『リーチェ、』どれがマシ?」


 リーチェはフードの深い影から全体を見回すと、4人を順に指さした。


「分かった。

 ならその者らと……そうだな、学園にも協力を仰ぐとしよう。

 それと、誰が立てと言った?」


「王よ、我が領の技師の方が……」


「命令が聞けないなら居るだけ邪魔だね」


 カイルの言葉に呼応し扉が開け放たれたかと思えば、口答えした貴族は従者と共に部屋の外へ吹き飛んで締め出されてしまった。


 妖精さんオソロシヤ。


 その後は、起こしただるま達から情報の裏付けを取り、今後の流れを整理してお開きとなった。


 ゾロゾロ貴族連中が出て行く中残ったのは、所在無さげなファルシュと、まだまだ仕事の残っているルトレリ。


 憮然と立つティラックに、主君の前に立つミラス、冒険者代表の肩書きで出席するエゼロ。


 そして……



「よし、それじゃあ誰が僕を守ってくれるのかについて話し合おうか」


 カイルと俺達『悪夢』であった。

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