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呪物

「……腹痛くないのか?」


 心配そうに様子を伺うベルヒに親指を立てて見せる。


「大丈夫大丈夫。

 塩か香辛料か何かしらが致死量入ってたみたいだけど大成仏」


 無知とは恐ろしい。


 ナツメグであっても5gで素敵な夢が見えてしまうみたいだし、美味い美味いと生やした植物でも、物によってはお空に階段がかかってしまうかもしれない。


 今ある食べ物の安全性を、確認しなければならないと認識した朝食でした。


「盗み食いするのが悪い。

 今日の朝ご飯の分取っておいたのに」


「すません。

 帰ったらストックいっぱい作るので勘弁してください」


「ストックなら200くらい欲しい」


「おうふ」


 いかん、ムアの大量ストック癖を忘れて迂闊な事を言ってしまった。


 コロッケ配布以来、ムアはどんな物でも大量に溜め込む習慣が出来ていた。


 食べ物の大量貯蔵は素晴らしいことなのだが、いかんせんその量が多い。


 どうやらゲル浄化作戦中、シンズで食べさせた人数が基準になっているようなのだ。


 今回のラザニアの200は、かなり手加減した数字である。


 俺が作れる野菜や果物に至っては、100万を優に超えているだろう。


 ムアが一体何を想定しているのかは知らない。


 このまま宛もなく溜め込み続ければブラックホールに至るのでは無いかという怖い想像も脳裏を過ぎるが、ムアが可愛いからどうでもいいか。


「ま、それはともかくだ。

 ベルヒ、実際その手の物ってどんくらい溜め込んでる?」


「そうだねぇ……今のところ、昨晩貸してもらった部屋の床が埋まるくらいにはあるね。

 あんたらが欲しがってた身に付けられる物もいくつかあった気がするよ」


「そいつはありがたい」


「ほら、見えたぞ」


 フォリマの声に顔を上げると、見覚えのある3階建ての建物が目に入る。


「ベルヒはここで寝泊まりしてるの?」


「ああ。

 おはよう。私達の客だ」


 門番に軽く手を挙げて挨拶するベルヒ。


 その門番の片割れがムアを、そして俺を見て固まる。


 あれ、ひょっとしてベルヒ連れて来た時にいた奴か?


 ここは口封じを……と思っていたら、突然真っ青になって顔を背け俯いた。


『ノゾムとムアの知り合い?』


 どうやらリーチェが手を打ってくれたようて一安心。


『うん。

 ベルヒ連れて来た時の門番』


 お、ムアもかなり魔法が上達してきてるな。


 声を包んで飛ばす魔法は、出来るようになるまで結構苦労した記憶があるのだが……。


 ムアは天才肌な気質があるので、ウカウカしてると追い抜かれてしまいそうだ。


 まぁ、現時点でムア達より先を行けている物が殆ど無いのが悲しいところである。


「ここだ」


「っと、はいよ」


 ほか事を考えている間に、目的の部屋に到着していたらしい。



 ドンッ!!



 ベルヒがノブに手をかけると同時に、扉が内側から叩かれる。


 するとそれを皮切りに、無数の人の足音、囁き声、遠くから響く絶叫、ガリガリと痛ましい引っ掻き音など、生々しい気配が溢れて来た。


「わぁ賑やか」


「……そう思うならノゾムさんが開けてくれ」


「はいよー」


 ドアノブに手をかけると、摩擦とは明らかに違う抵抗がかかるが誤差である。


「ヒッ」


 扉を開いた隙間から顔が除き、直ぐに引っ込んで消えたがこれも気のせいだ。


 部屋のど真ん中に小学生くらいの男の子達が立っているのも、まぁ許容範囲…


「あ」


 ドンッと突き飛ばされると同時に、背後で扉が閉まる。


「ノゾム?」


「大丈夫大丈夫。

 ちょっとお話するわ」


 今ムアに「開けて」と返事すれば、扉ごと吹き飛ばされる未来が見える。


 ならば穏便に解決する方が余っ程いいだろう。


「君らだね?

 開けてくれるかな」


 痩せこけた手足、風船のように膨らんだ腹。


 日本で餓鬼と呼ばれる容姿をしているこの子供達は、言わずもがな餓死した子供達だ。


 しかし顔が鳥を模した仮面のように歪んでいるのは、地域の伝承による差なのだろう。


『…………』


 黙してじっとこちらを見る彼らの表情は伺い知れない。


 だがめちゃくちゃ怒ってるってのは確かなようだ。


 どうしたものかと見つめ合っていると、彼らの指先が半透明な事に気付く。


 すると鳥餓鬼達は指先から溶けるように景色に消えた。


 彼ら実体を持たない存在が、自らの姿を形作る事は極めて難しい。


 今目の前で『形を取れた』のも、判別が曖昧な間に俺が『認識した』からに他ならない。


 指先に限らず、存在に疑いを持たれてしまえば生者の概念に抗う事が出来ずに消えてしまう存在である。


 視界の端に幽霊が見えても、直視しようとすれば見えないのと同じだ。


 なぜなら『いるはずが無い』のだから。


 しかしそれは地球の話。


 こちらの世界の呪物達はそこそこの力を持っているようだ。


「まだ? 開いた」


 どうやら先程の閉じ込めは効力を失ったようだ。


 平然と足を踏み入れるムアと違い、他の面子は遠巻きに覗き込むのみで、頑なに入ろうとしない。


「どれだった?」


「うーん……これっぽい」


 ガラクタの奥底に手を突っ込んで引きずり出したのは、先程の子供達のような顔の面であった。


 焦げ茶が黒ずんだような色合いのそれは、目が細く吊り上がり見えないにも関わらず、持ち上げた時から激おこな視線を感じる。


「結構強い」


「ね。 って瘴気あるけど漏れてない?」


「入る時にちょっと吸い込んだから大丈夫」


「なら良かった。

 2人も入っておいで。安全だから」


「固有能力が反応しないのが嫌ですね……」


 それなら嘘を付いてない裏付けだろうに、ラグニィとリーチェは抱き合うように恐る恐る部屋に入って来た。


「さ、どれにする?」


 だが2人ともどの呪物からも一定の距離を置き、何が何でも触れないつもりらしい。


「どれにも触りたくないよ……」


「むしろ触って瘴気を吸収すれば悪さ出来なくなるって。

 それに、解体前の屋敷に住み着いてた悪霊の方が遥かに危なかったし」


「あれがバイコーンだとしたら、ここのは虫」


「虫……」


 ムアの言葉に、渋々ガラクタに手を伸ばすラグニィ。


 ラグニィが手に取ったのは、鼻から上半分を隠す仮面であった。


 薄い仮面は左半分が瑠璃色、もう半分は黒く塗り潰されており、目の所に穴は無い。


「……これ付けたら取れなくなるとかありますか?」


「試してみようか」


 受け取った仮面は薄い割に重く、指先で弾くと高級な炭のような軽い音が鳴った。


「どれどれ……お?」


 仮面を顔に当てると、魔力に溶け込んで張り付き紐も無しに固定される。


 どうやら魔力を流すかどうかで着脱可能なようだ。


 また、視界を塞ぐかと思われたがマジックミラーのような仕掛けになっているらしく、景色を見るのに一切の不自由も感じない。


 ただ……


「問題なさそう。

 でもこれ、そもそも呪物じゃないっぽいよ」


「そうなんですか?」


「使い道の無い魔力回路が遊んでるから、元々は他の飾りみたいなのでも付いてたんじゃない?」


「ならこの子にします」


 ラグニィの顔を隠す道具は見つけたので、次はリーチェである。


 俺がラグニィと話している間に、リーチェはムアとある程度絞っていたようだ。


「……ノゾムはこれ似合うと思う?」


「んー……んー?」


 リーチェが体に当てて確認していたのは、薄紫のフード付きのローブと、紫キャベツのように暗いカーディガンであった。


 どちらも爪先より長い2枚を、カーディガン、ローブの順に羽織るつもりのようだ。


 いや、それよりも……


「そのローブ『住んでる』から、追い出してからだね」


「……ムアちゃん?」


「大丈夫、弱い」


 あー……脅威にならないって判断して何も言わずにいたのね。


 でも普通の人間には抵抗があるんじゃないかなぁ……。


「貸してちょ。

 追い出すわ」


「お願いっ!」


 押し付けられたローブの内側、光を飲み込む黒の裏地を、埃を落とすように叩く。


『ヌゥ……』


 ローブの黒から半透明な灰色の何かが床に落ちた。


「お」


 床板に落ちた灰色の塊は染みのように広がると、影が盛り上がり天井に届く程大きく伸びた。


 息を飲むリーチェを背に庇うムアは、自身の倍以上ある影に動じる事無く見上げる。


「この服欲しいから出て行って」


 影は逆三角形型の仮面を浮かべ、ムアに視線を向けた。


『……それは出来ない。

 私はローブそのものである』


 付喪神みたいな物か。


 確かにローブからも、呪いのような邪な感情が感じられない。


「リーチェ、どうする?」


「どうするって言われても……

 ……あなたが住んでいるローブを着て、私に不利益な事はする?」


『それは無い。

 我が居ればローブはどのような魔法も跳ね除け、重甲冑に勝る頑丈さを持つだろう』


 ラグニィに視線が集中するも、本人は肩を竦めるだけだ。


 ま、嘘では無いと。


「なら私に着させて」


『我は物だ。

 粗末に扱わなければ従おう』


 これでリーチェの服が決まった。


 残るはラグニィの服と、リーチェの顔隠しである。


「ベルヒー。

 ………あれ、ベルヒ?」


 廊下を覗くと、ベルヒは何やら書類を片手に睨めっこをしている所であった。


 フォリマは既に離れたらしい。


「っと、すまない。

 呼んでいたか?」


「待たせちゃったみたいだね。

 悪いんだけど昼頃まで閉じ籠っていい?

 まだしばらくかかりそうなんだよね」


「構わない。

 なら私は仕事で離れているから、館内はあまり歩き回らないでくれ」


「はいよ。 無理聞いてくれてありがとね」


「捨てても帰ってくる呪物を処理してくれるなら私にも得がある。

 悪い話じゃ無いさ。

 また後で様子を見に来るよ」


「うい〜」



●●●●



「……ルヒ。

 おい、ベルヒ」


 呼ぶ声に、ベルヒは帳簿から顔を上げる。


 目の前には、いつの間に部屋に入って来たのか、商人仲間の男の覗き込む顔があった。


「……あんたか」


「おう、俺だ。

 飯行こうぜ飯!

 数字を睨んでも流れなんて掴めねぇぞ。

 まずは頭に栄養回さねぇと」


「ありがとう。

 でも今日は先約があるんだよ」


「フォリマさんと一緒に来てた4人だよな?

 冒険者か?」


 視線を合わせているようで、真意を見せぬよう探ってくる会話。


 何気無い動作で、書類仕事の脳が商人の意識へ切り替わる。


「さあね」


「お前が集めてた呪物のアテは彼らなのかい?」


 商人の皮、商売への欲をカモフラージュに探って来る情報への執着は、同じ立場になると分かる職業病なのだろう。


「余計な詮索はしない事を勧めるよ」


 だからこそ、その興味は断ち切らねばならない。


「私が黙ってたら、あんたはどうせ話し掛けに行くだろう。

 やめときな。

 報復は苛烈だよ」


「苛烈、ね」


 ベルヒの言葉に、男は鼻で軽く笑う。


「あんたは勘違いしているね。

 報復するのも判断するのも私じゃない。

 あいつらさ。

 恐ろしく強い。

 これ以上詮索をするようならフォリマさんに相談させてもらうけどね」


「分かったよ。

 これ以上はやめとくさ」


 男はヒラヒラと手を振って部屋から出て行った。


「……はぁ」


 面倒な事である。


 商人が嗅ぎ回って探すのは、儲け話だけでは無い。


 これから力を付ける権力者、危険な噂、特殊な依頼を受けてくれる冒険者など、各方面に糸を張り巡らさなければならない。


 それらは時に自らの命運に直結するからこそ、あの男の気持ちも分からないでも無い。


 だがこの縁を他所に漏らしたくない気持ちもあるのだ。


 恩人であり友人である彼らとの縁を、他人に取られたくないと言う独占欲に似た何かがある。


 正直な所、尊敬するフォリマと悪夢が近付くのですら内心焦りを感じてしまっていたのだから、厄介なプライドである。


 初めて自分を売った時、族に泣け無しの馬車や積荷を台無しにされた時に、世界の流れに自分は流されるしかないと諦めたはずの感情が、今になって蘇る。


 まずは、彼らに依頼を出せる程度に成り上がらなければならない。


 決意を新たに、悪夢の閉じこもる部屋を開いたベルヒは……


「ひっ!?」


 身をすくませて短い悲鳴を上げた。



●●●●



 いつの間にやら、とっくに昼になっていたらしい。


「お待たせ。

 丁度仕上がったよ」


 怖ばった顔のベルヒの視線の先には、変装を終えたリーチェとラグニィ、そして大小形様々な影が立っていた。


「そ……それは………?」


「色々組み合わせた。

 可愛い」


 ……可愛いかな?


 ムアの感性はともかく、2人の装備はうまい具合に纏まった。


 リーチェは目をつけていたカーディガンの上からローブを羽織ってフードを被り、目元には影を濃くする付与魔法を、口元は踊り子のフェイスベールで隠していた。


 面白い事にこのフェイスベール、布が実体を持っておらず、煙管を邪魔しないのが素晴らしい。



 ラグニィは、シミ一つないが怨嗟が染み付いているネイビーブルーのワンピースと、俺から引き千切った呪布で太もも丈のハーフコートを作成。


 足はピエロのようなピチッとしたズボンで隠し、顔は例のマスクで覆い、更に似た色の帽子を被って完成である。


 あれだけ怖い怖いと避けていた呪物だが、組み合わせなどファッションの話になったとたん躊躇が一切無くなり、今では細かな呪物を装飾に取り入れているのだから面白い。


「ムアはいいの?」


「いい。 悪夢の時は本気で暴れたい」


 との事なので、俺とムアはこれまで通りである。


「さ、どうよ」


「どうよと言われても……いや、私が気になっているのは、その周りの……うおっ!?」


 話題にされていると気付き、無数の影達が一斉にベルヒを顔を向ける。


 あるモノは肋がゲル状の何かに覆われており、そこに目玉が浮いている。


 あるモノは太いツタが寄り集まった身体を無数の鎖が締め上げており、花の代わりに口が咲いていた。


 あるモノは歪な背骨から獣の腕が不規則に生えており、またあるモノは……


 ファンタジーよりもダークが強い彼らは【生き物のなり損ない】だ。


 人間含む生き物は、肉体+命で存在しているが、ここにいる彼らは命単体で集まり、中途半端な概念によって形作られた不完全な存在である。


 日本で言う『妖怪』とは違う、『生き物の副産物』と言うのが的確だろう。


 生き物に憧れた彼ら『怪異』は、生き物の姿を中途半端に模倣した結果、このような不気味な姿になってしまったのだ。


 人の怨嗟が込められた呪物の中に紛れ込んでいたのを炙り出した結果思いの外数がおり、邪魔なので消し飛ばそうとしたら、ムアに止められた。


 中途半端な自我しか持たない怪異らを眷属にすれば、指示を理解する知能を身につけるかもしれないと言われたのだ。


 半信半疑ながら眷属に加えてみれば、そこそこ意思疎通出来るようなので小間使いとして迎え入れる事にしたのが、事の経緯である。


「まぁ簡単に言えば部下だね」


「部下……」


 「コレが?」と顔にまで昇ってきているベルヒに苦笑する。


「こいつらは呪いとは別物だから安心なさいな。

 要らない呪物は、全部取っ払っちゃっていいね?」


「頼む。

 元より誰にも引き取らなくて売れ残った奴らだからな」


 その後呪物の処理をし、拒むベルヒに貰った呪物代を押し付けて、俺達は家路に着くのであった。


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