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趣味嗜好が強く出る

 翌日の夕暮れ頃。


 軽い足取りのベルヒの後を、フォリマは億劫そうに歩いていた。


「本当に安全なんだろうね?」


 脳裏に過ぎるのは『地獄轢き』や『国王争奪戦』で悪名高い『悪夢』である。


 昨晩ホオズキライチを頬張るベルヒから聞いた時は、血の気が引く思いがしたほどに、悪夢の印象は悪い。


 だがベルヒは平然と、敵対しなければ優しいなのどとのたまう。


「安心してください。

 そもそも、身内にちょっかい出されなければ怒りませんから。

 『地獄轢き』も『国王争奪戦』も、ムアとカイル…王に関係する事が発端でしょうし」


 だが、悪夢に助けられた経緯を聞いていたフォリマは、ベルヒの心酔に似た思い込み何じゃないかと勘ぐってしまう。


「行動が派手なだけで、怒る理由は私達と変わんないですよ」


「……」


 前向きな言葉を聞けば聞くほど、不安が膨れ上がってしまう。


 それでも歩いていれば、遂に例の館へ到着してしまった。


 要塞のような木造の門に苦笑したベルヒは、ゴンゴンと遠慮無くノックする。


 戦々恐々とするフォリマが固唾を飲む目の前で、扉は地獄の蓋のような重々しい音を立てて開いた。


「久しぶり!」


 扉の隙間から飛び出した小柄な白い影は、ベルヒに飛び付くと抱きしめた。


「久しぶり。

 無事そうで良かったよ、ムア」


 ベルヒの返事に満足気に顔を上げるのは、景色が霞む程美しい少女だ。


「いらっしゃい」


 意識の外から降ってきた柔らかい声に、フォリマは我に返り顔を上げる。


「随分勇気を出して来てくれたみたいだね」


 ムアとベルヒの様子に楽しそうに笑うのは、本を読んでいるのが似合いそうな、物腰柔らかな人物であった。



●●●●



 まー、怖がられていたようで。


 これが『悪夢』への一般的な評価だと考えれば、概ね予定通りだろう。


「久しぶり、ベルヒ。

 商売は順調そう?」


「おかげさんで、駆け出してからはまだつまづいて無いよ」


「そいつはよかった」


 以前別れた時よりも多少疲れてはいるようだが、表情に差していた影は忙しさに流されらしい。


「それよりあんたらの方がよっぽど大事になってるじゃないか」


「まあね。

 それについては、中で話そうか」


「夜ご飯一緒に食べよ」


 ベルヒはムアに手を引かれ、館に消えて行く。


「フォリマも来るかい?」


「……邪魔させてもらう」


 言葉を選び探り探り返事をするフォリマに、思わず吹き出してしまう。


「とって喰いやしないよ。

 知らないから怖いんでしょう?

 無闇やたら暴れたりなんてしないよ。

 ほら、入った入った」


 初対面と時と打って変わり、フォリマの表情は固く迂闊な事は言うまいと口を強く結んでいる。


「金級相当に何か嫌な思い出でもある訳?

 あ、そこで中履きに履き替えてね」


「……ああ」


 錆び付いた機械のような手つきで靴を脱ぐフォリマだが、これ以上の沈黙で怒りを買うのを恐れたのだろうか。


 渋々口を開いた。


「……昔な。

 『波紋のミラス』に先輩を、切って捨てられた。

 ……若い時の話さ」


 波紋のミラスか。


「アレは貴族仕えだったか。

 ならお貴族様の怒りを買った訳だ?」


 薄く笑う俺に、この話題で良いと安堵したのだろう。


 フォリマは自嘲気味な笑みを浮かべて続ける。


「『ヒーディア領』に運ぶ物資の競売で、ウチが勝ち越したんだ。

 そしたら競り負けたお相手さんはヒーディア家の息がかかってたらしい。

 ミラスが飛んで来て、そん時頭を張ってた先輩ぶった切って、商談は流れたよ」


「ふざけた話だねぇ。

 ヒーディア家は国王派では比較的まともって聞いてたけど、結局噂は宛にならんね」


 だがフォリマは鼻で笑う。


「国王派の中じゃ比較的マシなのは確かさ。

 他の連中に比べれば、貴族としての仕事はしてる方なんじゃ無いのかい?」


 良くも悪くも、貴族らしいと。


 なるほどね。


 仕事はしてるとなれば、カイル視点では常識人になるのだろう。


 本来なら、理不尽な力の振い方も咎められるべきなのだろうが、そんな人間も残念ながら数少ない重要な歯車である。


 俺よりカイルの方が、政治を回すのはよっぽど向いているだろう。


 情報だけ伝えて、下手な意見は言わない方がいいか……


「……国王様と繋がりがあるんだってね」


「ん? ああ。

 ま、立場が立場だ。

 会わせたりはせんよ」


「そんな事は分かってるさ。

 これだけ聞かせてくれ。

 ……この国はまだやってけそうかい?」


 先程とは打って代わり、射抜くような視線は暗闇の中で鋭く光る。


 これが、この国で生きる人間の本音なのだろう。


 ………相手から腹を割られてしまうと、どうも具合が悪い。


 だが捻くれた性根をこれ以上嫌いにならぬよう、答えなければならないという強迫観念があるのも事実だ。


「全てが上手くいく……なんて事は言えんし分からんよ。

 だけど、カイルはやる気だし俺達もいる。

 今の内に付き合いの先は考えておいた方がいいだろうね。

 大半の報復は杞憂に終わるだろうから」


 フォリマはしばらく黙り込んでいたが、立ち上がるとこちらを真っ直ぐ見据えてきた。


「そうかい。

 ならこの国の未来は明るいな」


「だといいんだけどね。

 さ、堅苦しい話はおしまい。

 晩飯が待ってるよ」


 廊下に出たフォリマは、先導する俺を忘れて息を飲む。


 視線の先には、出来たてホヤホヤの中庭があった。


「凄いでしょ」


 中庭は昨晩夜通しで改装工事を行い、かなり様子が変わっていた。


 庭を両断する川の元を辿ると、積み上がった岩の皿の上で花を模した宝石から水がコンコンと湧き出ている。


 あれもリーチェとラグニィが水を集める効果を付与した魔石である。


 川辺には細い枝がしなる程アサギバルを咲き乱らせ、木陰にリクマリモを寄り添わせている。


 ヨーロッパ風のあずまやは、川を跨ぐ橋と合体していた。


「……ああ。

 貴族の庭園でも、こんなのは見た事が無い。

 これもあんたの力か」


「半々かな。

 物とか発想は他のメンバーだし」


 途端に強ばるフォリマに苦笑する。


「そんな身構え無くても、拍子抜けすると思うよ」


 中庭を横目にリビングへ入ると、食欲を刺激する香ばしい香りが溢れていた。


「どうよ、上手いこと焼けた?」


「見た目は良さそうですかね。

 味は食べてみないと分かりませんけど」


「具は先に火を通したから、余っ程大丈夫だと思うけどなぁ」


 リーチェとラグニィが置いたのは表面がキツネ色に焼けた深皿だ。


 サ○ゼのドリアを思い出す見た目をしているが、中身は少し違う。


「いっぱい作っておいて良かった」


「悪いね突然。

 それ貸してくれ、並べるよ」


「ありがとベルヒさん」


「ベルヒでいいよ。 リーチェもラグニィも」


 早速馴染んで食器を並べているベルヒのコミュ力の高いこと高いこと。


「ね、普通でしょ」


「そう……だな……。

 ……ああ、あたしも何か手伝わせてくれよ」


 あまりにほのぼのした光景に呆気にとられていたフォリマだが、ベルヒの働く様子に空いた手を埋めようとする。


「なら……あ、そういや椅子無いな。

 いよっと。

 これ並べてくれる?」


 壁から生やした椅子に驚くフォリマだが、直ぐに受け取り並べ始める。


 ……ふむ。


 一緒に作業するってのは、場に馴染むのに手っ取り早い手段なのだろう。


 これから否が応でも集団行動をせざるを得ない場に放り込まれるのだ。


 彼女の行動からは学べるところがあるだろう。



●●●●



「ふぅ……こんなに美味いものは久々に食べたよ。

 ベルヒの言ってた通りだ」


「だから言ったじゃないですか。

 怖い人達じゃないって」


「ノゾムとムアが怖がられるような事してるのは事実なんで、間違いないと思いますよ〜」


「そうそう。 国王争奪戦はともかく、地獄轢きは絶対やりすぎだもん」


「喜べ、『悪夢』の連帯責任だ」


 暖かい食事の効果はでかい。


 冷たく強ばっていた口はいつしか解け、互いの近況報告から花が咲き2時間以上は経とうとしていた。


「……そうかぁ、ならコクノイアを殺してくれたのはムアだったんだな。

 お陰で帰って来れたよ」


「よかった」


「しっかし、わざわざ危ない帝国付近まで行ってどんな商売があるのさ。

 ……あ、こう言うのも情報だったりする?」


「別にいいさ。

 ちょっと調べれば誰だって分かる事だ。

 ベリゼーより少し北に行くと、『ストレンツェ』っつー要塞都市がある」


 ほう、要塞。


「お察しの通りさ。

 そっから先は帝国の地だ。

 天下の帝国様も、秋には食品関係の税がグンと安くなってね。

 その時に大量に売りつけてさっさと帰ろうって時に雪に捕まって、ベリゼーで越冬するはめになっちまったのさ。

 で、その後は……知っての通りってワケ」


「でもまさか、金級が王都の見える所まで来てるなんてびっくりしたよ。

 前に行った時は国境付近に申し訳程度に柵があったけど…」


 そう言えばディカが帝国に行ったって話してたっけ。


「無い無い。

 今じゃ踏み倒されちまってるね。

 もっとも、大半は難民だろうけどさ」


「難民?

 帝国の兵士は装備しっかりしてたし、もうちょい物資に溢れてると思ってたけど」


 するとフォリマは意外そうに眉を上げる。


「何だ、知らないのかい?

 物資がまともに行き届いてるのは軍関係ばっかりで、他は植民地状態なんだよ」


 100年前の戦争で支配された土地の事を言っているのだろう。


「食料を徴収されて食ってけなくなった奴らが冬頃になると野党になってウザイんだ。

 ああ、今年の冬は有能な護衛のツテが、ちょうど見つかったから良かったが」


 俺らの事ですか。


「冬の休校期間に受けるなら面白そうですね」


 休校期間なんてあるのか。


 こっちは冬休みが長そうだなぁ。


「依頼に限らず、ウチで何か買ってってくれてもいいんだぜ?」


 これが何時もの調子なのだろう。


 フォリマは楽しそうに商談をふっかけようとしてくる。


 その横で今の今まで、ムアからおかわりしていたベルヒが顔を上げた。


「あ、そうだ。

 ノゾムさんが好きそうな物集めといたんだけど、興味あるか?」


「俺が好きなそうな物……?

 あ、呪物か」


 これは渡りに船だ。


 ちょうどリーチェとラグニィの装備が欲しかったのでありがたい。


「ベルヒあんた……在庫処分の手伝いしてるかと思ったらそんな事してたのかい?」


「要らないって言ってた物を借りた倉庫の一つに放り込んでただけですよ。

 で、いくらなら買ってくれる?」


「実物を見ない事には何とも。

 明日辺り行っていい?」


「構わない。

 是非来てくれ」


 話が一段落した所で、いそいそと食器を片付け始める。


 女性の話はどこの世界でも長い。


 初めは女性陣のみで盛り上がっていたところから探り探り梶を盗み、何とか終わりまで漕ぎ着けれたのでよかった。


 ベルヒとムアが料理に口を塞がれていたのもでかいだろう。


 あの二人まで加わったらいよいよ3時間コースに突入していたはずだ。


「ベルヒとフォリマ、泊まってって」


「いいのか?」


「部屋は空いてる。

 他はノゾムが作れる」


 ムアの強い押しで、どうやらベルヒとフォリマは泊まっていく事になりそうだ。


 ベルヒはともかく、フォリマは親睦を深めるって算段はありそうだが。


 どちらにせよお客さんである事には変わりない。


「お風呂行ってくる。

 ノゾムも…」


「だめですよ」


「えー」


 リーチェとラグニィに連れていかれるムアを見送り、一息つく。


 『悪夢』の身内ならともかく、他に女性が来ると空気がガラッと変わっていけない。


 嫌って訳では無いが、女性特有の会話のテンポに合わせて頭の中を回転させ続けたお陰でなんだか疲れてしまった。


 そんな時は何か食べるに限る。


 リビングの隣に拵られた大きな厨房に忍び込む。


 保温と劣化防止の魔法が付与された『温蔵庫』の中を除くと、目当ての物は辛うじて残っていた。


「ムアが霧にしまう前で良かった」


 あったのは、今日のメインディッシュであるドリアのようなものだ。


 2つ取り出し、キッチンでひっそり食べる事にする。


 スプーンを差し込むと焼けたチーズがパリッと割れ、弾力のある層を引き裂いて皿底に触れた。


 すくい上げたスプーンには、ミルクレープのように層がいくつも重なっている。


 これはラザニアモドキだったのだ。


 この前作った雑穀を固く薄くペースト状にし、ゴーバトンミルクをたっぷり使ったシチュー、少し濃い味付けのソースを薄く重ねて完成である。


 驚くべきは、ムアがゼロからメニューを作った事だろう。


 色んな食感があると楽しいと気付いたムアは、俺の入れ知恵一切無しにラザニアに似た食べ物に辿り着いていた。


「………うん、美味い」


 シチューだけだと雑穀ペーストにモッサリ感が出てしまうからソースを薄く引いたのだろうか。


 かつて俺が作ったなんちゃって料理で喜んでくれていたのが申し訳なくなるくらいに美味い。


 日本でも十分通用する美味さだ。


 皆の食器と一緒に洗う事で、証拠隠滅もバッチリである。


 さて、部屋の用意をしますか。



●●●●



「食べた?」


「なんの事?」


「リーチェ、ラグニィ」


「食べてるね」


「ええ、間違いなく」


「明日のノゾムの朝ごはんは実験品にする」


『え』

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