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新居

 新たな王の過激な制裁に街が浮つく中、俺達一行は三層を歩いていた。


「入り組んでんねぇ」


「歴史ある街なので仕方ありません。

 増築拡張の繰り返しで出来ていますからね。

 王都自体、建国当初は二層しか無かったそうですよ」


「ほえー」


 先導するラグニィが握りしめるのは、ギルドから受け取った空き物件リストである。


「角地の先の……ありました!!

 ………あれなんですかね?」


 ラグニィが困惑するのも無理は無い。


 何せその館は、廃屋と呼ぶのもおこがましい程に荒廃していたのだから。


 板張りの屋根は大半が抜け落ち、室内が露出している。


 枯れ草に覆われた柵はシルエットでも理解できるほど原型を留めておらず、跡形もなく崩れていた。


 それでも人の手によって荒らされた形跡が殆ど無い理由は、地球と同じなのだろう。


 廃墟から向けられる無数の視線に込められているのは、悪意や悲しみ、憎しみの混ざった怨嗟である。


「うわー凄い……」


「ノゾムの固有能力無かったら嫌」


 でしょうねぇ。


 ギルドに、広くて使い勝手がいい物件ってある?と聞いたところ、ここを紹介されたのだ。


 俺の固有能力を知ってのチョイスなのだろうが、それにしても禍々しいの一言に尽きる。


「………どうにかなるんですよね?」


 ラグニィが不安げに見上げて来た。





 そもそも何故三層で物件を探しているかと言えば、事の発端は1週間前の深夜である。


 四層のギャングと不正を働く貴族連中を締め上げた俺達は、深夜寮に帰ろうとして一悶着あったのだ。


 門限を過ぎて帰ろうとしたのを先生に咎められ、危うく反省文を書かされそうになったのをルトレリが仲裁してくれたおかげで、ようやく入ることが出来た。


 だがこれからも夜間の活動があるのは容易に想像出来るので、毎度ルトレリの手を煩わせる訳にも行かないと、外に居を構えようとなったのだ。




 さて、解決可能かの質問だが……


「もちろん。

 てか俺じゃなくても、今ならムア達にも吸収出来るはずだよ」


「ほんとですか……?」


 何時ぞや兵士の腕をへし折った呪いの布を思い出したのだろう。


 俺の服を見てブルリと身震いするラグニィ。


 だが一方で物怖じしないのがムアである。


 一塊の霧で瘴気を飲み込むと、しばらく感触を確かめた後ズンズン歩を進め始めた。


「いける」


「との事だ。

 何かあっても俺がいるから安心なさいな」


「なら私も!」


 恐る恐る柵に触れたリーチェは、瘴気を指先から吸収するとグッと握りこんだ。


 怪我でもしたのかと注意深く見ていると、開かれた手の平から放たれたのは微弱な魔力である。


「どう?」


「やるやんけ」


 吸収した瘴気を魔力に変換したのだろう。


 悲しい事に、俺よりも固有能力を使いこなすのが早い。


「む……なら私は、館の中行ってきます!」


「俺は外の瘴気処理して来るわ」


 元気に飛びだすラグニィ達の背に一声かけ、通りに出る。


 館を一目見た時から、妙だなとは感じていた。


 それは立地だ。


 丁度この館を超えた所から、石畳が新しくなっているのだ。


 おそらくこの土地は、王都拡張前は区画分けの境目に面していたのではないだろうか。


 何も、石畳の見た目だけでそう判断した訳では無い。


 館の前まで広がる古い石畳だが、どうも魔法が付与されているようなのだ。


 ものは試しと、瘴気を薄くばら蒔いてみる。


 するとどうだ、瘴気は見えない斜面でもあるかのように集まり、館の土地に吸い込まれてしまった。


 かつての王都の入口にある、不浄を吸い込む家。


 地球で似たような怖い話を聞いた事がある。


「厄を被せる家……いや、外から来た厄を持ち込ませない為のゴミ箱みたいなもんか」


 家はどうせ建て直すからいいが、こりゃ土地の方もいじらにゃならんらしい。


「でもせっかくなら有効活用したいよなぁ……」


 固有能力で建て直すので、工事は夜にパパっとやる事になるだろう。


「せっかく庭がある訳だし……」


 館の中でムア達がポルターガイストと遊んでいるとは露知らず、俺は新居のイメージを膨らませるのであった。



●●●●



 さて、夜である。


「防音の結界張ったよ〜」


「ムアも霧出来た」


「では私の出番ですね!」


 颯爽と駆け出したラグニィはステッキを振りかぶると、ガツーンと館を殴りつけた。



 バカーン!!



 殴った位置では無く、内側から館が弾け飛ぶ。


 ショットガンのような速さで残骸が弾け飛び、結界に当たって明後日の方へ飛んで行く。


 こちらの世界の人間でも、飛び散った破片で十分死ねる威力だ。


「強くなってんねぇ」


「ノゾムの固有能力を使ったんです。

 筋力と、負の感情の暴走と、再生でしたっけ? あれやりました!」


 ハツラツと答えてくれるラグニィだが、聞いていてふと懸念が過ぎる。


「あれ、それ結構痛かったはずだけど……大丈夫?」


「痛さで言えばかつてない痛みではありましたが……ま、ノゾムと同じ感覚を味わうって考えれば苦では無いですね!」


 照れ隠しのように胸を張るラグニィの笑顔を見ていると、何だか込み上げてくるものがある。


 俺こんなに感情動く人間だったかなぁと改めて思うが、よく考えみればこっちに来てからはそんな事ばかりだ。


 だがムアとリーチェの手前抱きしめる訳にも行かず、軽く肩を抱くに留めた。


「……あ、それともう1つ固有能力があったみたいなので、それも使いましたよ!」


「もう1つ……?」


 言われてようやく思い出す。


 俺の持つ固有能力は5つあるようなのだが、その内の1つがどのような効果なのか、判明していなかったのだ。


「どんな効果だった?」


「周りを固めたり出来たのと、触れやすくなりましたよ。

 気で宙を蹴るのがかなりしやすくなりましたし。

 それがどうかしたんですか?」


「実は固有能力の1つが、未だに効果分かんなくってさ。

 でもそんな風に使える力だったんだ」


 改めて意識し、固有能力を行使しようと模索する。


 しかし何かしら魔力を消費してはいるものの、効果がさっぱり表に現れない。


「なんだろ? まいいや」


 細かい事はともかく、土煙が晴れバスケットボールのコートを5つは並べられる程広い土地が姿を現していた。


 さて、どのように家を建てるかだが……大体の構想は既に話し合い済みである。


 基礎の作り方なんて知らないので根を張り巡らせ、その上にメキメキと木を生やしていく。


 しばらくグニグニ蠢かせて完成したのは、一見地味でくたびれたような見た目の洋館であった。


 名前はシンプルに『悪夢の巣窟』だ。


 だが、木々の色合いを調節してそれっぽく見せているだけなので、専門家にマジマジと観察されれば『なんかおかしいぞ』と気付かれるのは想像に難くない。


 なので、周囲の瘴気を養分に3m近くまで成長する植木を密集させて目隠しすれば、外観は完成である。


「ではお部屋のご案内をいたしましょう」


 恭しく扉を開き、レディ達を中へ通す。


 さて、長方形の土地をそのまま埋めるかのように作られた洋館だが、その間取りは2階建ての四角いドーナツ型である。


 玄関を潜って真っ先に目に留まるのは、大きな中庭だ。


 だだっ広い中庭は月光を浴び、静かにその存在を主張している。


「ここどんな風にしたい?」


 真っ先に手を挙げたのはムアであった。


「フワフワの草とアサギバル!」


「はいよ〜」


 ヨモギに似た柔らかな葉を地面に敷き詰め、アサギバルの木を幾つか咲かせる。


「じゃあ私は、お茶出来そうな屋根が欲しいです!」


「ヨーロッパ風のあずまやか」


 中央から少しずらし、貴婦人が優雅にお茶でも飲んでいそうな、丸い屋根を作る。


「椅子はどんな感じにする?」


「ならあれ作ってよ。

 ギニンでノゾムの家にあった、フカフカの丸いやつ」


「あー……これかな?」


 記憶を頼りに、緩衝材代わりの植物を寄せ集めた球体を作る。


「これこれ!」


 バランスボールサイズの陸マリモは、触れると草の冷たさと柔らかさが包み込む、心地よいクッションである。


 ギニンの自室ではヨ〇ボーのように使っていたが、リーチェはそれがお気に召したらしい。


 せっかくなので大小幾つも作って中庭に配置する。


 中でも1番大きなクッションにグッタリもたれ掛かると、沈み込むと同時に包まれ、不思議な安心感を覚えた。


 ムアやリーチェ、ラグニィもそれぞれお気に入りの陸マリモを見つけたようで、めり込んで座り、動けなくなっている。


 最近少しづつ暑くなってきたのも相まって、ひんやりした水気が心地良い。


 見上げた星空は浄化作戦の時と比べると多少濁って見える。


 しかし、灰色の雲がまばらに横切る深い虚空は、切り絵を重ねた立体アートのように見えなくもない。


 視界の端に映る洋館も相まって、まるで額縁に収まるシャドーアートのようだ。


「ノゾム」


 呼ばれて下界に戻って来れば、カップに注がれた具なしスープが霧に包まれ浮かんでいる。


「ん? ああ、ありがと」


 それぞれの座る隣に小さなテーブルを生やし、久々のまったりした時間を楽しむ。


「……あれ、中探索しなくていいの?」


「設計皆でしたじゃないですか」


「運び込むような家具も無いし、明日でいいよ」


「ん」


 今度は布団がそれぞれに配られる。


 今夜は完全にここで過ごすつもりらしい。


 見れば、ムアとラグニィは陸マリモを寄せてジールムをしており、リーチェは本を読みふけっている。


 ……ま、学園に入学してから気の休まらない日々だったのは確かだ。


「エアコンみたいなの作るかなぁ」


 僅かに湿り気を帯びた指先を擦り合わせながら、季節の移り変わりを感じるのであった。



●●●●



 翌日の夕暮れである。


 授業を終えた俺達は、新居への帰路についていた。


「結構取られましたね……」


 ラグニィをゲッソリさせた原因は、寮と免除畑解約による手数料、更に今後かかる学費についてだ。


 まさか銀貨3枚も取られるとは思っていなかったらしい。


「そんな事無いって! 私達ならあんなお金すぐ稼げるよ!」


 一方、若くして金銭感覚がバグっているのが赤脈旅団育ちのリーチェだ。


「それは赤脈旅団だったから、良い依頼を斡旋して貰えてたんですよ……。

 実力があってもツテが無くてひもじい思いをしている冒険者って結構いるんですからね」


「ふーん……じゃあエゼロゆすりにいく?」


「それは話が飛躍しすぎです!

 とんでもない事しようとしますね!?」


 そんなラグニィに、ジャリと重い音を立てた袋が渡された。


「……なんですか、これ。

 凄く重いんですけど」 


 震える声で問うラグニィに、ムアは事も無げに言った。


「銀貨80枚。

 カイルから貰ってたお金分けた。

 これがラグニィの分」


 言われて、そんなんあったなと思い出す。


 例の貴族家2つを潰したあの依頼の報酬として、金貨4枚の報酬を受け取っていたのだ。


 それを5分割して4人で分け、残りは『悪夢』の共用貯金だ。


「あの時の……それにしても大金ですねぇ……」


 若干声が震えているラグニィだが、この程度でビビっているようではまだまだである。


 というのも……


「でも貴族家2つ潰す依頼で金貨4枚って安すぎるよね。

 カイルからじゃなきゃ蹴ってたよ」


 大金に慣れているからこそ、大きな額が動く依頼への知識があるのもリーチェである。


 実際平民が貴族と敵対なんてすれば即殺されてしまう世の中で、金貨4枚程度は安値っちゃ安値なのだ。


「ま、そこは身内割引って事で。

 それと俺達の売名も兼ねてるしね。

 そもそもこのお金、経費に載せれないだろうし」


 いくら身内とは言え、軍では無く組織外の冒険者を雇うのにここまで大金を捻り出してくれたカイルに驚きである。


「ま、今後はもっと重い依頼も来るだろうから、庶民基準で使う俺らならそうそう財布の紐は縛らんくていいさ」


「でっかい家具買おー!」


「おー!」


「……尊敬しますよ、ほんと」


 無邪気なリーチェとムアにジト目を向けるラグニィは、胃痛でもするかのように腹を撫でている。


「ほら、ラグニィも欲しいもの無いの?

 実家だと自分の部屋なんて無かったんでしょ?」


「む、確かに……いやいやいや、浪費癖は中々治らないって聞きますから、しっかりしないと」


「いっぱい稼げばいい。

 ムア達なら出来る」


「ぐ…………でも……」


 悪魔と悪魔に囁かれてグラグラなラグニィに笑っていると、ようやく『悪夢の巣窟』が見えてきた。


「お、置き配だ」


「置き配?」


 馴染みの無い言葉に首を傾げるリーチェに、植木から引き摺り出したものを見せてやる。


「ほら、置き配」


「うわ、死んでる」


 この子も大分肝が座ったなぁ。


 ズルリと現れたのは、汚らしい身なりの男であった。


「盗みでも働こうとしたんですかね?」


「どうだろ。

 組織の下っ端が偵察して来いって言われて来たのかもよ。

 後4人植木の中で死んでるけど見る?」


「いらない。 ご飯の邪魔」


「おっけー」


 掴んでいた男含め、全員を瘴気で塵に変えて消し飛ばす。


「骨も残りませんか」


「そ、完全犯罪し放題ってワケ」


「地球、でしたっけ? あなたそこで悪い事してませんでしたよね?」


「今とは比べ物にならないくらいいい子ちゃんしてたから安心なさい。

 さ、ムアに置いてかれるよ」


「置いてかない。 待ってる」


 ムアが立つのは、植木にポッカリ空いた穴を塞ぐ暗い木製の扉だ。


 しかしその材質は水分を多く含んでおり火に強く、また人力では5人集まってやっと動く重さである。


 当然、施錠もばっちりだ。


 そんな扉をどうやって開くかと言うと……


「こう?」


「そうそう」


 ムアが扉に押し当てたのは、黒い木で作ったカードだ。



 ガコココン



 扉の厳重な封が外され、ゆっくりと開かれる。


「よし」


「ちゃんと動きますね」


 製作者さん達もご満悦の様子だ。


 このカードキーだが、リーチェの触媒とラグニィの刻印に瘴気を混ぜた特別製である。


 悪夢に加えカイルにも渡してあるのだが、俺達以外が持つと発狂する呪いのカードキーでもあった。


 うっかり落したりすれば、善意の拾い人であっても、もれなく発狂する凶悪な呪物だ。


 ま、この腐った王都に拾い物を兵士に届ける善人は居ないし、落し物をちゃんと保管する兵士も居ないのだが。


「結界までは来れなかったか」


 勿論、空中からの侵入者への対策もバッチリだ。


 リーチェが張った瘴気と魔力、触媒を混ぜた結界がドーム状に屋敷を囲っており、扉をすり抜けて侵入して来てもこっちで多分死ぬ。


 銀級上位程度の実力があればギリ突破できるかもしれないが、多分すり抜けた時点で発狂してて使い物にならないだろう。


 当然瘴気の供給源は、道行く人々の負の感情である。


「さて……」


「あ、なぁあんたら!」


 閉まる扉の隙間から男の声が聞こえてきた。


「……居留守する?」


「諦めましょう」


「ですよね〜。 先中入ってていいよ」


 女性陣が中に入ったのを見計らい扉を開く。


「何用かな?」


 立っていたのは、冒険者風の装いの男であった。


 悪意は感じ無いので、おかしな輩では無さそうだが……。


「どうも。 引っ越して来たのか?

 今日朝見たら急に植木に覆われていたからびっくりしたよ」


「あー、まあね。 少し特殊な事情があってここに越してきたんだよ」


 だから詮索しないでね〜。


「そうなのか。 なら共益費の話は知らないよな?」


 はいはい、そう言う話しね。


「知らないねぇ。

 あれか、誰かのシマって事?」


「話が早くて助かるよ。

 ここら辺はレノロアーラ商会が仕切っているんだ。

 正確にはここのすぐ隣の家までだったんだけどな」


 ああ、最近までここ呪われた廃屋だったもんね。


「何か縛りとか、メリットデメリットはある?」


 俺の質問に男は怪訝な態度をしながらも、答えてくれる。


「付近のコソ泥とか、スラムのギャングに狙われにくくなるな。

 さっきチラッと見えたが女連れだろ?

 一応入っておいた方がいいぞ。

 デメリットはまぁ……一季節事に銀貨1枚払わにゃならんくらいだな」


 悪意は今も感じられないし、ご近所さんの親切心ってところだろうか。


「他のシマから目付けられたりとかは無さそう?」


「それを言ったら、無所属の方が目は付けられるだろな」


 なるほどねぇ。


 悪くない話だ。


 せっかく貯めた共同費の、良い使用例にもなるだろう。


「ちょい持ち帰っていい?

 次会った時に返事するからさ」


「え? あ、ああ」


 勝手に決めて『なんで相談しなかったの?』と揉めた話をネットで見た事があるので、念の為相談するべきだろう。


 それに共同貯金から出す訳だし、合意は必須だ。


 後ろ手に扉を閉め、悪夢の巣へ戻る。


 この時即決しなかった事が後から要らぬ誤解を招く事になるとは知らずに。

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