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蠢く悪夢

「カイル本当に王様になってましたねー」


「うん、王様になった」


 星空の中、俺達は夜の王都を屋根伝いに疾走していた。


「元々しっかりしてたし、中々様になってたね」


「玉座じゃなくてハンモックに寝そべってたけどねぇ」


 足元の景色は賑やかな繁華街から一転、4層目に突入した途端、廃墟のような闇に包まれる。


 その闇に息を潜める者達に、今日は用があってやって来たのであった。


「どれだっけ」


 夜目を凝らして角張ったシルエットを見回すが、昼とは別の顔を見せる街並みに迷子になりかける。


「こっち」


 だが虚空を目で追っていたムアが、真っ先に飛び降りた。


「はいよー」


 着地寸前で空気を固めて蹴り、音もなく駆け出す。


 さながら忍者のような振る舞いだが、今からの行動で考えれば狩人の方が適切である。


 気取られず、逃げる隙も与えず、距離を詰めていくのだ。


『ラグニィは知ってたけど、リーチェもそんなに動けるとは思わなかったよ』


『先生の教育方針がこうだったからね。

 突っ立ってるだけの後衛になるつもりはないよ!』


『心強いこって』


 声を飛ばして会話しながら辿り着いたのは、ガラクタを機能性重視に掻き集めてくっ付けた、スチームパンクな館であった。


「地下に通路があって、2層と繋がってる……ってリルが言ってる」


「リル?」


「カイルの友達の妖精だね。

 そろそろ顔を隠すよ」


 俺の指示で、ムアは獣の姿に。


 リーチェは黒いローブのフードで顔を隠し、ラグニィは冒険者着にハンチング帽に似た物を深く被る。


 俺は『骸のアギト』装備だ。


「ラグニィは上から、リーチェは包囲と内外で絡んできたヤツの無力化、ムアが証拠確保と拉致。

 俺は中荒らして、地下通路見つけたら突っ込んでくわ。

 ここ片付いたら追い掛けて来てちょーだい」


「はーい。 ではまた後で!」


 俺が作ったステッキを取り出し、元気に宙を跳ねるラグニィに遅れを取らぬよう、リーチェに後を任せて中へ飛び込む。


「来やが、グォァ!?」


 入って早々、脇に隠れていた男を外にぶん投げる。


「準備してましたよ、と」


「グルルル……」


 どうやら、カイルの活動方針は貴族達にしっかり認知されているようだ。


 その上で、襲撃されるかもしれないよ、とお上から連絡が行き渡っていたのだろう。


 正義を翳せるような人間では無いが、敵対してくれるのであればありがたい。


 天井から響く派手な破壊音を聞くに、階上は任せてしまっていいだろう。


「家具も根こそぎ回収して。

 証拠隠滅されないように先締めてくる」


「ガウッ」


 魔力ソナー、悪意の感知、そして五感。


 病み上がりの体は魔力量の不安こそあるものの、不調を一切感じずに動いてくれる。


 すれ違いざまに各部屋を肉と骨で埋めつくしていると、前方に男が立ち塞がった。


 服装は冒険者らしくしているが、剣の構え方がキリッとしてるように見えるので、多分騎士だろう。


「知らんけどっ」


「ウグッ!?」


 廊下の突き当たりまで蹴り飛ばし、種を埋め込み手足に根を張らせる。


 身動き出来ないまま転がしておけば、ムアが回収してくれるだろう。


 全員生け捕りと伝えてあるので、殺されはしないだろうが……。



 ドゴーン!!



 階上から聞こえてくる轟音は、人間相手ではオーバーキルな音のように聞こえるのだが……


 ま、拷問したら殺すから別にいいか。


 蹴破った扉の先には、大広間が広がっていた。


 武装した輩が大勢突っ立っていたが、浮き足立った様子を見るに、逆立ちしても俺達の脅威にはなれないだろう。


「かかれ…」


『動くな』


 人形のように固まった男達が、ムアの霧に飲み込まれるのを横目に、部屋の片隅にあるソファをずらす。


「発見〜」


 現れたのは大人の胴回りくらいしかない、地下収納のような蓋だ。


「先行ってるよん」


「ガウ?」


「カイルの手下が包囲してくれてるはず。

 ゆっくりでいいよ」


「ガウッ!」


 ムアに手を振り、床板ごと捲った地下通路に飛び込むのであった。



●●●●



 連絡係として寄越していた騎士と連絡が取れなくなった。


 聞こえてくるのは地下通路の向こうから響く破壊音のみだ。


「配置につけ、早くしろっ!」


 室内にはあまりに似つかわしくない大盾と槍を構えた騎士達が、ゴトゴトと音を鳴らし陣形を整える。


 その頃には破壊音は止み、吹き抜ける風の音が鳴るばかりだ。


 固唾を呑んで扉を睨む騎士達。


 しかし張り詰めた緊張に耐えきれなくなったのだろう。


 騎士の1人が口を開いた。


「様子を見に…」



『動くな』



 押し殺した悲鳴を上げながら開いた扉から、光を飲み込む人影が現れた。


 汗でさえ滴るのを拒む静寂の中、アギトがカーペットを踏みしめる音だけが微かに聞こえる。


 アギトは迷う事無く1人の男の前に立った。


「デカイ図体と顎髭……『ベネワ・アルサン』で間違いない?」


「………」


 先程の言霊影響で、口が動かせない。


 代わりに返事をするかのように、部屋の何処かで弾ける音が2つ聞こえた。


「なら良かった」


 ベネワの胸ぐらを掴むと、どこかえ引きずり始める。


「『もう動いていいよ』

 逃げるも勝手、自殺するも勝手だ」


 己の活路を探ろうと狼狽える兵士達だが、動けるようになったのは彼らだけでは無い。


「ぐ……私を知っての狼藉か……!?」


 だがベネワに下されたのは、冷酷な宣告であった。


「王の特命と、俺の私情だね。

 さて、『クト・エント』がここにいないとなると……」


 ふとアギトが視線を向けた地下通路からは、白い霧がモウモウと溢れだしている。


 放り投げられたベネワは、情けない悲鳴を残して霧に飲み込まれたのであった。



●●●●



 摘発、裁判と、事は留まること無く進み、ものの1週間で処刑へと至った。


 断頭台に登る『ベネワ・アルサン』と『クト・エント』はやつれ切っており、遺言を残す気力も残っていないらしい。


 それもそのはず、アギト達の手によってありとあらゆる情報を吐かされた2人は、心を完全に壊されるまでに至っていたのだから。


 貴族の後ろの長机で首に縄を巻き立たされているのは、総勢50は超える関係者である。


 死を待つ彼らの中には、有力な騎士や木っ端貴族の顔もあった。


 処刑を見守るのは、王都の貴族全員である。


 3層の広場に立てられた観覧席に座る彼らの顔色はすこぶる悪い。


 明日の我が身と言うのもあるが、時折視線が向けられるのは、四方にある屋根の上にあった。



●●●●



『思い切った事しましたね』


「妥当な判断だと思うよ。

 時代が変わったぞって大々的に見せるには良い機会だし」


『ムア達が見てるって、貴族達も分かる』


『でも、本人が執行するのは前代未聞だよ。

 カイル大丈夫かな……』


 処刑当日、俺達『悪夢』は屋根の上に姿を晒し、貴族連中に圧をかけていた。


 当然だが、リーチェとラグニィは顔を隠し、ムアは話す時は霧で身を隠している。


 そんな俺達に見守られながら、カイルは悠然と断頭台の前に立ち、自ら貴族の罪状を読み上げ始めた。


 何かしようとしてる輩や貴族に負の感情を叩き込みつつ、挙げ連ねられた罪に耳を傾ける。


 色々と悪い事はしていたらしいが、国家的に見て重くなるのは、やはり横領なのだろう。


 一方で市民への迫害行為についての罪状もあったが、身分が絡むせいか、被害者の数に見合わない軽さと感じてしまう。


『……長い』


 延々と挙げられ続ける罪状に、ムアが飽きてきたらしい。


「それだけ悪い事したって事だ。

 ま、俺達も正義を語れる身分では無いけれども」


『ギャングの虐殺、貴族の拷問……王の直命とは言え、身分が無い『悪夢』の罪は一体どうなるんでしょうねぇ』


「法を執行する兵士達より、俺達の方が強いから仕方無いね」


 とんでもない暴論だが、紛れも無い事実でもある。


「てかリーチェも拷問参加してたけど、ケロッとしてたよね。

 慣れた?」


 体を壊しては治してと、死の救済無き拷問は、主に俺達『悪夢』が行った。


 当然それにはリーチェも参加していた訳だが……


『慣れたのかな?

 眷属になった影響なのかも』


『悪い影響ですね、分かります』


「分かるなし。 生きる為には良い影響でしょうが」


『見て』


 ムアの声に広場に目をやると、ティラックが遅れて出席している所であった。


 ちなみに、まだ治療はしていない為左腕は負傷したままである。



 パチチッ



 耳元でポルターガイストがやかましい。


 ………後で治してやるかぁ。


 カイルの盾になるなら、多少強い方がいいし。


 そんな事を考えていると、ようやく断罪の刃が温まったようだ。


 厳か……と言うよりは、あえて怒りを表に出すように、カイルが腕を振り抜く。


 不可視の刃にはねられた首は宙に釣り上げられると自らの血しぶきを浴び、真っ赤になって晒された。


 その他有象無象は踏み台を外され、纏めて仲良くてるてる坊主だ。


 これで冷酷無慈悲な国王の完成である。


 策略は予め聞いていたが、実際に目にしてみるとショックがでかい。


 2ヶ月前、雪の中無邪気な笑顔で銭湯を経営していたカイルを知っているリーチェとラグニィは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


『………嫌ですねぇ、いたいけな男の子が政治に揉まれ、黒く染まっていく様を見るのは』


「そうならないように、俺達がいるんだよ」


 貴族達が息を潜める中で、カイルはティラックのみを共に連れ、自らの足で城に帰って行くのであった。



●●●●



「つっかれたー!!」


「お勤めお疲れさん」


 ハンモックに顔面からダイブしたカイルは、張り詰めていた息をようやく吐き出す。


 元より決めていた事とは言え、50人以上の命を奪う事を素面で出来るかと言われれば、当然ノーだ。


 アギトやムアならば出来てしまうだろうが、あれらは常人の常識に近いだけの狂人である。


「俺は外にいるからよ、何時でも呼んでくれや」


「いよっと、僕なら大丈夫だよ」


 ブランコのようにハンモックを揺らし飛び起きたカイルは、ティラックの肩を叩くと、書類が山積みになった自らのデスクに向かう。


「…………すまねぇ。

 お前にこんな事させたくは無かったんだ」


「分かってるよ。

 でも僕が王にならないと、帝国とかジャバルクがいつ侵攻してくるか気が気じゃないんでしょ?」


 二層で巻き起こった国王争奪戦は、未だ記憶に新しい。


 双方が現状維持の望む中、カイルだけは未来を見据え、前に進もうとした。


 だからこそ、ティラックは悔いても悔やみきれずにいたのだ。


「クソ、俺がしっかりしてれば……」


「1人で出来る事なんてたかが知れてるよ。

 僕だって『悪夢』って後ろ盾が無ければこんな暴政出来ないし、『悪夢』だって手当り次第に国王派を潰して回るしか出来ることは無かったもん」


「ま、トラモントを良くするって方向を示したのはカイルなんだけどね」


「っ!?」


 ティラックが振り返ると、部屋の入口には『悪夢』と名を馳せる、アギト達が立っていた。


「そんなんで王の護衛が務まるのかい?」


「こら! 私とムアと、カイルにも気配消してもらって来たからですよ!」


 揚げ足を取ろうとするアギトを、ムアが齧りリーチェが叩き、カイルの妖精デコピンが咎める。


 フルボッコだ。


「後始末は終わった?」


「仰せの通りに片付けましたよ、国王様」


「やめてよラグニィまで」


「えへ。

 それより、大丈夫じゃないでしょう。

 アギトの財布は握ってますから、パーッと買い物にでも行きませんか?」


「うぐ……俺も行く……」


 ムアに齧られながら呻くアギトだが、彼には出かける前にやるべき事がある。


「それよりほら、良い機会だから治してあげて」


「グハッ」


 ムアにポイと投げられ、ティラックの前に転がるアギト。


「………お前には謝らねぇぞ。

 申し訳ねぇ気持ちはあるが、俺の判断が間違ってたとは今も思わねぇ」


「……ティラック」


 カイルが咎めるも、ティラックの意思は変わらない。


 だがそれはアギトも同じ事だ。


「出来もしない事要求しないって。

 俺らは変わらず、カイルの力になるだけだよ」


 しっかり皮肉で返すアギトに、ムア以外は呆れるばかりだ。


「もー分かった。 2人とも喋らなくていいから治してあげて。

 痛くないように、ね」


「はいはい」


 観念したのか大人しく治療するアギトを他所に、ムアがカイルのハンモックを占領しながら声を掛ける。


「来る途中にファルシュ見つけたけど、連れてくる?」


「いや……今日はお腹いっぱいかな……」


 いざ国王になってもあまり変わらない顔触れに、カイルは苦笑しつつ次押し付ける依頼を見繕うのであった。

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