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神格

「…………」


「…………」


「…………」


 ムナルイン学園の図書室にて、ムア、リーチェ、ラグニィは一つの本を囲んでいた。


 その本は治癒術でも、薬草でも無く、魔法の基礎的な教科書。


 日本で言えば、小学校低学年が知っているような常識と御伽噺が書かれた本だ。


 開かれたページに描かれていたのは、とある神のお話。


「冥界の番人『マレウエル』は、強大な力を我がものにし『冥神』の眷族から独立し神格となった……」 


 この物語は神格となった『マレウエル』が『冥新』の起こした『大不浄』を堰き止め村を救い、めでたしめでたしとなるのだが………重要なのはそこでは無い。


「我がものにし……?」


 生き物は呼吸や何気無い動作で、魔力や気、生命力を体から出入りさせている。


 それらエネルギーは地上であれば『陽神』海であれば『冥神』の循環の1部となって絶え間無く流れ続けていく。


 だがこの物語に出てくる『マレウエル』はそれらエネルギーの循環から外れ、自らの力として蓄え神格となった。


 これはまるで……


「ノゾムみたいになってる」


 ムアの感想に、リーチェが頷く。


「ノゾムも同じ状態になってるよね」


「うん」


 納得するムアだが、その隣では結論を疑うラグニィがいた。


「それで言ったらノゾムは……そういう存在になったって事ですよね?

 ずば抜けて強くなったようには見えませんけど……」


 周りの目を気にし、明言を避けるラグニィ。


「別に全部が強いって訳じゃないみたいだよ。

 先生から聞いた話だと、極稀だけど生まれつきもいるみたいだし。

 ただ力を蓄える受け皿がある?みたいな事だと思う」


「なら、これからは限界無く強くなれるって事ですか」


「……多分」


 ならばと、治療から神格へ調べる対象を変えて見た3人だが、神話には壮大な物語しか描かれていないようだ。


 しばらく粘ってみたもののめぼしい成果は無く、図書室を後にする。


 だがムア達が人目の無い場所へ行くまで、待ち構えていた輩がいた。


「あら? 今日もあなた達だけなのね」


 ムア達は顔を見合わせると、廊下の真ん中で立ち塞がるようにたむろする集団に、鬱陶しげに目をやる。


 居たのはムア達がここ数日絡まれていた、男女であった。


 冒険者部の先輩である彼らは、不気味な存在感を放っていたタキが不在の間に、周囲の注目をかっさらっていたムア達に目を付けていたのだ。


 女は男達の視線を奪われた嫉妬から、男は……言わずもがなである。


「傭兵にかち合ったらしいな。

 あいつは死んだのか?」


「死んでない。 ノゾムは…」


 噛み付くように言い返すムアを、ラグニィが止める。


「相手にするだけ時間の無駄です」


 さっさと通り過ぎようとするラグニィの行く手を、男が阻む。


「そんな態度は無いだろ。

 こっちは心配して聞いてやってんのに」


「心配なら、相手の気持ちを考えて発言した方がいいですよ。

 それと、私の固有能力は嘘が分かります。

 ついでに言うと、あなたよりも私達の方が遥かに強いですよ」


「へぇ、やってみるか?」


 虚勢と受け取ったらしい男が、見えがよしに巨体を揺らすが、実際ラグニィ達ならば一捻りもせずに完封できてしまう。


 だが学園に、ルトレリに目をつけられるには少々タイミングが悪い。


「そのまま永遠にウォーミングアップしていてください」


 引き返し別の道に行こうとするラグニィの肩に、男の手が伸びた。



『動くな』



 冬が再び訪れたような極寒が、廊下を埋め尽くした。


「……かヒュ……!?」


 真っ白な息を漏らし、身を固める男の頭が鷲掴みにされる。


「ひ、ヒィィィィ……!?」


 引き倒された巨体の背後から現れたのは、灰色の長髪で顔を覆った幽鬼であった。


「ノゾムっ」


 治療は大詰めとは言えまだまだ本調子には程遠いはずのノゾムに駆け寄ろうとするムアだが、いつもと違う様子に足を止める。


「人の女に手ぇ出そうとはいい度胸だねぇ。

 ……お前らもか」


 ノゾムの邪視に捉えられ、狼狽えていた他の上級生も歯の音を鳴らす。


 上級生らは壁際に追い詰められると、突然全身を痙攣させ、崩れ落ちるように座り込んだ。


 濡れた地面とプンと漂う肥やしの香りに、何が起きたのか察したリーチェが目を逸らす。


「お前は手出そうとしたな。

 ただじゃ返さんよ」


 ノゾムは邪視で男の目を覗き込むと、同じように体を痙攣させて地面に転がした。


「ゲス共が」


 今にも唾を吐き捨てそうなノゾムに、リーチェが慌てて駆け寄る。


「体は大丈夫? まだ部屋で寝てなきゃダメでしょ」


「あー……うん」


 何か本心を隠しているノゾムに、リーチェが瞳を覗き込む。


 だがリーチェは、予想だにしていなかったものを目にした。


「……なんで怒ってるの?」


「ノゾム怒ってる?」


「え、怒ってるんですか?」


 容赦無く聞いてくる3人に、ノゾムは誤魔化しかけて諦めたらしい。


「……部屋戻ってからね」


 上級生らをそのまま転がし、ズンズン部屋へ歩くノゾムに、ムア達は困惑しながらも着いて行く。


「なんで怒ってるの?

 1人が寂しかったの?」


 なんでなんでと聞くムアに、ノゾムは黙って頭を撫でるだけだ。


 部屋に戻ったノゾムは、ベッドに腰掛けると3人を前に立たせた。


「どうしたの?」


 なおも聞き続けるムアに、ノゾムは目を閉じて思案すると、そのまま手を差し出した。


「3人とも握って」


 言われるがままにムア達が手を取った瞬間、強大な力が流れ込んで来る。


「!」


「うわっ、何ですか!」


「っ!?」


 脈が重なったように体の奥がドクンと鼓動し、しかし痛みなどの違和感は無い。


「これ……って!」


 湧き上がる不思議な力に困惑していたリーチェだが、ノゾムが髪の毛を真っ白に変えてベッドに倒れ込むのを目にし、慌てて駆け寄る。


 だが異様に少なくなった魔力にノゾムが何をしたのか気付いたリーチェは、ぐったりするノゾムを引き起こした。


「何でこんな事したの!?」


「大丈夫大丈夫」


「大丈夫じゃないでしょ!」


 真意を探ろうと瞳を覗き込んだリーチェは、ノゾムの宿す怒りに息を飲んだ。


 その怒りの矛先は自分達であり、そしてノゾム自身でもあったのだ。


「ここ数日、いつもより魔石が吸収する負の感情が異様に多かったから、もしやと思って見に来たら案の定だ。

 何時もなら殴って解決するムアまで自制してたって事は、俺に迷惑かけないように大人しくしてたんでしょ。

 自惚れ無しでも分かるよ、それくらい」


「……」


 低い声に顔を強ばらせたリーチェに、ノゾムがゴンゴンと自らの額を小突く。


「……別に責めたい訳じゃない。

 ただ、その……ムアとリーチェとラグニィが感じた嫌な事、俺も全部一緒に感じたかったんだよ。

 ヘラっても見捨てずにいてくれて、一緒に居てくれたのはそういう意味だと思ってたから……っと」


 話している途中で突然船を漕いだノゾムを、3人がかりで慌てて支える。


「やーべ……ちょ、寝る前に……何か絡まれたりしたら……殴っていいから……すぐ回復して、戦うなり逃げるなり……一緒にするから……だから………」


 そのままガックリ力尽きてしまったノゾムに、3人は顔を見合わせる。


 「どうする?」「寝かせとく?」とアイコンタクトを取っていたが、不意にラグニィがため息と共に吹き出した。


「……こんなおバカさん、1人じゃ手に負えませんね」


 バツが悪そうに呟くラグニィに、リーチェも苦笑する。


「ね。 人の心配はする癖に、自分は大丈夫って……ふふ」


 心配そうに容態を確認していたムアも、ノゾムの腹に突っ伏してモゴモゴ呻く。


「まだ回復してないのに……。

 リーチェ、ラグニィ。

 ノゾムの魔力と気、助けてあげて。

 命はムアが見てる」


「はーい」


「はいはい」



●●●●



 今回の目覚めは、意識も肉体も曇り無く覚醒した。


 部屋……と言うか、布団の中にはムアしか居ないようだ。


「おはよ」


「おはよう。

 体に変なところある?」


 全身に気と魔力を走らせてみると、滞り無く満たされる。


「無いよ。

 全体的に減ってはいるけど、それくらい」


 それを聞いて思い出してしまったのか、ムアが途端に膨れっ面になった。


「もうあんな事したらダメ」


「悪かったよ。

 でもムアも、やな事あったら相談するなり逃げるなり、殴るなりちゃんとしてよ?」


「ノゾムが元気でいてくれたらそうする」


「分かった。

 何時でも頼って貰えるようにしとくよ」


 とりあえずは溜飲を下げてくれたようだ。


「結局俺はどんくらい寝こけてたのさ」


「11日」


「おーう………」


 1週間半近く寝たきりだったようだ。


 そりゃ死んだとも思われるか。


「リーチェとラグニィは、今日は授業に出てる。

 あ、2人と調べたら、ノゾム神格になってた。

 ムアとリーチェとラグニィは眷族になってた」


「神格? 眷族?」


 単語しか知らない言葉に混乱しつつ話を聞くと、どうも俺は属していた陽神の命の輪廻から外れ、個としての存在になったらしい。


「治す時にムアがノゾムの命をこぼれないように取り込んで、リーチェとラグニィが生きてる時と同じように流れを作ったら、陽神の眷族から外れた」


「そんな事してくれてたの?」


「そうしないとノゾムが死んで、陽神の一部になってたから」


「助けてくれてありがとね」


「うん」


 ムアを撫でつつ、頭の中で話を整理する。


 神格ねぇ……


 話として聞いていた神格に、まさか自分がなるとは驚きだ。


 だが、神格になったからと言って滅茶苦茶強くなったのかと言われれば、消してそうでは無いのは自分が良く理解している。


 力を蓄積する受け皿が出来ただけなのだ。


 これまでは、適度に成長しやがて自壊する転がる草だったものが、頑丈で伸縮する容器を得ただけの事。


 質量は大して変わっていないのだから、これからも堅実に生きる方が身のためだろう。


 そしてもう1つ、ムア達の眷族化についてだ。


 今も胸に手を当てれば、自分以外の鼓動が感じられる。


 そして、先日カッとなって譲渡してしまったエネルギーが離れていても手中にあるのを実感する。


 陽神の輪廻に当てはめるとするなら、俺が陽神でムア達が地上に生きる命だ。


 違う点があるとすれば規模と、俺がエネルギーを吸収しなければムア達が半永久的に生きられるという点だろう。


「ノゾム」


「ん?……あれ?」


 思考の海から浮上すると、肌に触れる感触に熱を覚える。


「……ムアさん?」


 俺の服は全て霧に吸い込まれていた。


 しかもムアまですっぽんぽんなので、布団の中が大変幸せな事になっている。


 普段なら大喜びでいただいてしまうのだが、箸を止めざるを得ない懸念が過ぎった。

 

「……リーチェとラグニィが戻って来るかもし…」


「2人は夕方まで帰って来ない。

 それと、ノゾムが元気になったらするって言ってある」


 用意周到と言うかなんと言うか……。


 しかしそうか。


 2週間も寂しい思いさせてちゃったもんな。


「ならしばらくは一緒にいられそうだね。

 ずっと待っててくれてありがとう」


「うん」


 グリグリ押し付けられる頭を、強く抱き締めたのであった。



●●●●



「……へぇ。 ならその本今度一緒に読みに行こうよ」


「場所は分かってるから、連れて行ってあげる」


 火照った体で寄り添いながら、俺が眠りこけてた間の話を聞く。


 普段でさえ何でも共有してくれるムアだからか、2週間も空いてしまうと語っても尽きる事が無いようだ。


「それでリーチェとラグニィは仲直りして………」


 突然黙り込んだムアの顔を覗こうとすると、くるりと背を向けられてしまう。


「何かあったの?」


「………」


 ムアはしばらく沈黙していたが、俺の腕に軽く触れると、蚊の鳴くような声で呟いた。


「……今は思ってないけど、リーチェとラグニィが喧嘩した時………ムアは人にならない方が良かったのかと思った」


 途端に小さく見えた背中を、1人にしないように抱きしめる。


「そんな事ない。

 前ムアに獣の姿でも好きだよって言ったけど、あれはカッコつけただけ。

 本当は人の姿でいてくれてる方が話せるし、可愛いし、こうやってもっと触れ合えて好きだよ。

 獣の姿も好きだけど、正直ムアが人の姿になってくれてる方が凄く嬉しい」


「……そうなの?」


「そうだよ。

 ムアの事は初めて会った時から大事に思ってるけど、人の姿になってからはもっと別って言うか……異性としても好きになってる。

 ムアが人の姿になってくれたから、好きが増えたんだよ」


 ムアは恐る恐る回された俺の腕をとると、ゴロンとこちらにまた向き合ってくれた。


「ムアも、ムアもノゾムの事もっと好きになってる。

 人の姿になって良かった」


 ムアを抱きしめながらふと思ってしまう。


 ムア1人でも身に余る幸せなのに、更に2人も一緒に居てくれて悲しませやしないだろうかと。


 だが、胸に響く自分以外の鼓動を失いたくないと感じてしまうのも事実。


「……しっかりしなきゃなぁ」


 根無し草のままで生きるのなら、せめて……




「ノゾム、男の乳首は何で付いてるの?」


「……………なんでだろうねぇ……

 あちょ、イタタタタ」


 突然の難題に、リーチェとラグニィが帰ってくるまでそれらしい理由を探すのであった。

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