16:幕間2--実
野村実は先ほどまでの時間が夢だったのだろうか、と何度となく思考して、悩んだ。
職を失い、退職金片手に夜中に家に戻るも中身の詰まった封筒を枕元に置くと再び外に飛び出していた。それがどうだ、何故か集った全然関係性の無い三人が、三人そろって城で働く事になったのだ。
野村に至っては、何故採用されたのか全く理解できていなかった。
「自分で言うのも変だけど、そんな事があったんだ……」
出来立ての御飯とオムレツが食卓に並び、妻である野村 態が笑顔で返す。
「もぅ、心配はかけないでっていつも言ってるのに。でも、あんなにも心血注いでいたお仕事、辞めちゃっても良かったの?」
「あはは、皆からは嫌われてたし良い機会だったのかもしれないね」
「そんな事ないってば? 何度も言ってるでしょう、あなたの考えと行動が良しとする人がいたからこそ、無茶が通ってるのよ? ああ、挨拶回しなきゃなね」
思いつくと行動を始めるあたり、実のお嫁さんというべきか。固定電話の受話器をあげると電話帳をめくりながら電話を始めてしまう。
「ああ、そうなんです。お世話になりました……いえいえ、またよろしくお願いします」
といった感じで、片っ端から電話をかける姿をみながら実は食事を頬張る。実より身長が高い妻だったが、とにかく出来た女性でいつも支えられてばかりである。
「うぅ、涙が……」
男泣きをするのをグッとこらえつつも、涙が眼鏡のレンズをぐにゃりと歪んだように視界を歪ませていた。
「貴方、私はいつでもあなたの味方ですよ。困ったり、辛かったら相談してくれて良いんですからね?」
「ああ、ああ……」
「あのぉ、娘の前でそんなイチャツカナイデ欲しいんだけど」
そんな二人の姿を遠めに眺めるのは娘の実熊。何も特記出来るような事が無い、平凡の一文字が似合う中学一年生である。唯一自慢が出来ることといえば、先日眞間トモエ先輩が王妃になったという事くらいである。喋ったことも面識もないのだが。
「それで、あの眞間先輩がいるお城で働く事になったんでしょう? 別に良いじゃない、無職じゃなくなっただけ!」
実の心情も気にせず、ズガズガと思うがまま言う娘の言葉に多少胸を痛めつつ、そうだね、といいくるめられてしまう。
「はぁ、でもここからお城って二時間くらいかかるんじゃない? 大丈夫なの、パパ?」
「んー、それなんだけど」
悩みに悩みつつ、実は重い口を開く。普段は好き放題いうくせに、家の事となるととたんに弱気な実である。
「あのな、その……お城に部屋が余ってて、そこに引っ越ししようかと思うんだ」
「ふぅん……」
アイスバーを咥えながら、あっそう、と聞き流そうとしていた実熊だったがしばらくしてダッとダメになるソファから立ち上がった。
「えっ? 単身赴任しちゃうの? 週に一回は帰ってくるよね?」
「なんでそこで一回にしちゃうのかな実熊? 僕は週に二回帰るチャンスがあると思うんだけども」
思わず、僕っ子になる実だが家の中で一人称が変わることはよくあることで。
「えー、実熊はやだなぁ……」
「いやごめん、そうじゃないんだ」
「……?」
「そこに、城に皆で住まないか?」
「引っ越しってこと? えっ、じゃあ私……」
くわっ、と目にいっぱいの涙を蓄えながら、言葉が続かない。
「実熊ちゃん、パパも頑張って選択肢を出してくれたのよ? ちゃんとこたえなきゃ、ね?」
いつのまにか電話を中断し、娘の頭を撫でながらよりそう熊に抱き着く実熊。
「うぅ、どっちもやだぁ……」
「……すまない、不甲斐ないパパで」
転校をするにも、城の最寄には学校が無い。そこで、と守からは通信教育でよければと専用の教室を用意してくれると言っていた。
どうしてこんな自分にここまでの待遇で迎え入れてくれるのか、そこだけがどうしても実にはわからなかった。怪しさしかないそんな状況に、そんな職への勧誘に実は直感だけで二つ返事で就くことに決めていたのだ。
「大丈夫よ、パパの決めたことがダメだった事、あった?」
「んぅ……いっぱいある」
「ふふ、そうね? 沢山沢山、本当に沢山あるわ。でも、それが人で、それが選択なの。その内の一つでも成功すれば、それはもぅ凄い事なの」
「凄い、こと……?」
「ええ、凄い事。だから、パパは凄い人なの。何だって」
最後まで言おうとする熊の言葉を、実熊が遮る。
「知ってるよ! 実熊、パパが凄いって知っているの。だから、実熊も、私も決める!」
タタタッと駆け寄ると、実の膝の上に座って顔を上げてみせる。
「私、パパについていくの。だって」
だって、パパは世界一凄いパパだから。




