15:幕間1--蒋
招来 蒋は夏の昼下がり、自宅の扉を叩いた。
「ちっ、何で鍵かけてやがんだ。くそっ」
暑い中悪態をつきながら玄関に戻りチャイムを鳴らす。白い門がキィ、と少し錆びついているのか嫌な音を奏でるが、その見た目は決して古い一戸建てではなかった。二階部分からハイハーイ、というやや高めの声が遠ざかっていく。急いで階段を下りたのだろう、ダダダダッと騒がし気な音が家の中から聞こえてくる。
「ったく、声ダダ漏れじゃねぇか。いい加減建て替えろって何度も言ってんのに」
築四十年といえど、何度か改装をしているし休みの日はペンキ塗りをさせられたりして大いにこき使われているのが、招来 蒋という少年の日常である。
ガッ、ガッ……キィ。
扉を一度で開け損ね、何度か力を込めてようやく家の扉が開く。そこからひょっこりと顔を出したのは、やや太やかな姿をした女性だった。
「あら、蒋? なーに、お弁当でも忘れたのかしら?」
「母さん、弁当忘れたからってわざわざこの時間に戻ってきたりしねぇよ」
「やーね、冗談よ冗談。あれでしょう? お財布忘れたんでしょう?」
「……まぁ良い、クソ親父は?」
「ソファでゴロゴロタイムよー」
「ちっ……まぁ居るなら良い、話しがある」
息子が学校で授業を受けているはずの時間帯なのに、という突っ込みは一切されないまま一階リビングへとやってきた。残念ながら、決して裕福ではないそこには茣蓙が一枚ひかたうえにちゃぶ台が一つ乗っていた。御座の外側には不釣り合いな二人用のソファと、いかにも安そうなパイプ椅子が二つ程あった。
そんなパイプ椅子に腰を据える蒋は、さっそくとばかりに親へと伝える。
「俺、城に就職したから。城に部屋もあるからそこに住んで良いって事なんだけど、引っ越しするか? 俺はあっちに住むつもりだが」
蒋の言葉に、父親が二人用のソファを専用していた重そうな体を起こした。
「ん……蒋、ついに暑さで気がおかしくなったか。母さん、水頂戴」
「はいはい、飲みすぎないようにね」
そういって焼酎と書かれた瓶を手渡す蒋の母親。
「って親父! 昼から酒飲むなって言ってるだろう?」
「中身は水だよ水、ほら」
ほら、と言いながらグビグビ飲みだすソレを見ながら、蒋は改めて確認を行う。
「親父と母さんの夢の城だってのは知っているが、こんなにもボロイんだ、この機会に引っ越しを」
「蒋ちゃん? お母さんはこのままでも良いのよ? だって……」
母親が止まろうとするも、蒋も決して引かない。
「いいや! 俺は引っ越した方が良いと思う、親父の為にも!」
「……もぅ、そんなカードをきられたら言い返せないじゃない? 言い返すけど。お城に就職? 何? 学校は? 勉強は? 蒋ちゃんは高卒ですらない、中退の肩書を背負って生きていくの?」
「そうだぞー、蒋。俺みたいになっちゃーいけねぇー」
ぷんぷんとアルコールの匂いを放ちながら乗っかってくる親父に、頭痛を覚えながらも蒋は言う。
「俺は城で働く。国王も話が分かる奴でな、授業も通信制で受けて良いと言ってくれている。だから中退で終わる事はねぇし、そもそも……」
そもそも、俺たち国民が動かないと全てが終わっちまう状況だから。
そう、胸中でつぶやいた瞬間リビングの扉がバンッ、と開かれた。
「お兄ちゃん! 学校に来ていないって聞いたけど、帰ってたのね! どうしたのよ! お弁当忘れたの? あっ、お財布かな!? もぅ、必死に探し回って汗だくなんだけど、どうしてくれんのよ!」
詰め寄ってくるのは招来 千愛、蒋の一つ下の妹である。今時ツインテールに黄色リボンなんて、見かけない絶滅危惧種レベルな髪型をトレンドとしているこの妹こそ、蒋にすべての学力を吸われたと言っても過言ではない馬鹿娘であった(兄の事に限る)。
「お前こそ、学校はどうした……」
「お兄ちゃんの教室行ったら来てないっていうから、捜索に出たに決まってるじゃない」
そういう時は電話で聞くとか、何でも手段があるだろうが。と、突っ込みたくなるが冷静さを取り戻してしょうがない、と千愛に向かって相談を始める。
「なぁ千愛、俺は城に就職を決めたんだが城に空き部屋があってな」
「イクッ! イクイクッ! 私、お兄ちゃんとイッちゃうわ! はぁ、お兄ちゃんと二人暮らし、これは夢? ちょっと確認してくる」
そういうと親父に向かってタックルをかますと、親父はうげぇ、と情けない声をあげ白目を剥いてしまう。
「夢、じゃない!? この気持ち悪い声は、間違いなく現実!」
「千愛ちゃんも行っちゃうの……寂しくなるわね、うちも」
「二人きりになっちゃうのか、母さん……おお、おおおお! お父さん元気が出てきた!」
「あなたっ!」
もういい、と蒋は思いながら千愛と自分が移住で決定だな、と心づもりをした。
「ああ、通信教育になるけどそこは良いか?」
「んー、学級委員の仕事してるのに転校は何か皆に悪い気がしちゃうな……」
「いや、でも城からだと一時間以上かかるぞ? 毎日は大変だろう」
「……ちょっと待って、考える」
招来 千愛は考えた。お兄ちゃんとずっと一緒に居る時間がぐっと増えるのと、遠く離れた学校に向かって寂しい思いをするのか。それは本当にちょっとの時間であった。
「私、転校する!」
「はえぇなオイ」
そんな招来家では、一時間も必要とせずに蒋と千愛が城に行くことに決まっていた。
そして更に一時間後、蒋は学校に到着していた。時刻は既に午後の三時を過ぎており、授業も終わり部活動などが始まろうとしていた。夏場は早朝から授業が始まり、終わるの時間帯も早めになっている。
校門を通ろうとすると、蒋の正面に三人の男が立ち塞がった。
「何故休んだ?」
眼鏡をかけた高身長の男が腕を組みながら訪ねてくる。隣にいた千愛が何か言おうとするが、それを手で制して応えて見せる。
「俺は役目を得た。だから今日でお前たちとはサヨナラだ」
「はんっ、何が役目だ!?」
「そうだな、何せお前は」
眼鏡男の両サイドに立ち、男たちは腕組をして声を揃える。
「「「我ら四天王の中で最弱!」」」
ドヤ顔をする三人を無視して通り抜けようとすると、三人がコソコソ話を始める。
「今の超よかったくね?」
「ああ、完璧だった。今しかないタイミングで言えた」
「やりきったな」
「と、蒋。まぁ待て、サヨナラなんて水臭い事言うなよ」
眼鏡の男がそういうと、二人もうんうんと頷いて見せる。
「んだな、確かにサヨナラはまだ早いか……」
「うむ。それに、やっぱり」
一呼吸おいて、眼鏡の男が呟いた。
「調べはドンピシャだったみたいだな、最悪の方向で」
「ああ……」
言葉を交わし、過ぎ去る蒋。この三人は性格も頭も凄く良いのだが、何分遊びに全力を出すタイプで真面目な姿をみた試がほとんどない。だが、蒋よりも先に国の状況を把握し、更には頭の回転も蒋よりも上という嫌らしくも頼もしい友人達だった。四天王の中でも最弱と言われたが、確かにあの変態三人に比べれば凡人と言われてもおかしくない境地だったが、蒋は間違いなく国を導くために必要な頭を持っていた。
だからこそ、変態三人も城に入ったという蒋の言葉を受け入れたのであった。
こうして、転校の手続きは滞りなく進んでいくのであった。




