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境界線の上  作者: 神無 乃愛
境界線の上
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二十六


 結果の話は重く受け止めた。そして、イライザの思っている通りで間違いないと確信したのだ。そうでなければ、そこまで催眠術をする必要も、母親の名前も言わないというのは有り得ない。挙句の果てには、バーカーという今までしっていた姓も本当は違うものだと。キャロウ……さすがに覚えてはいない。

「さすがにねぇ……ヴェルツレン侯爵家のように大きな家ならまだしも、一般的な家まで人物年鑑には載ってないしねぇ……」

「イライザ責任者、もう一つ可能性があるのでは?」

 そう言ってきたのは、ベティ准尉だった。

「イライザでいいよ。もう、ここにいるときはお互い階級呼びなしにしないかね? ダレル」

「……私に振ってしまえば拒否権ないのは知ってますよね?」

「今じゃあんたの方が階級上だよ」

「それをご存知でそう呼んでいる時点で、『拒否するな』とおっしゃっているようなものだと思われますが」

 ダレルの心底嫌そうな言葉に、イライザは当たり前のように返し、それに対してイーユン少佐が突っ込みを入れた形だった。何か、新鮮に感じた。

「どうでもいいじゃないか。で、ベティの意見としては?」

「エルグス共和国に関して、『エルグス男爵』とトーマス准尉……本当に面倒ですね。トーマスは言っていた。つまり、その当時はエルグス男爵の領地だったのでしょうね。普通、私たちはそんな呼び方をしません。二十年ほど前のバークス公国の人物年鑑を見ればよろしいのでは? エルグス男爵とそのご令嬢を調べれば分かるのでは?」

「レルグス元男爵には娘はいないね。ご子息だけだよ。今のエルグス共和国の国家元首だ」

 ぱらぱらと年鑑を見ながら、イライザが言う。

「でも、お断りのためにって……」

「国家元首の妻は遠縁の女性かな? おそらくそこに『お断り』に行く予定だったんじゃないかい?」

 さすがにそこまでは載っていない。

「僕は、色んなところを転々としていた記憶は戻りました。だから、母の墓参りを一度も……いえ、あの日墓参りをしたんです」

 思い出してきた。

「墓参りは普通に終わった。そのあと、別の場所で銃撃戦になったんです。そして、養父母は僕たちを逃がすためだけに犠牲になりました。実父と離れてしまえば、僕は孤児です。だから、僕は孤児院に来ることになった」

「おそらく、チップを埋め込む前から書類上の両親はバーカー夫妻だったと思うけどね。でなきゃ、隠せない」

「僕もそう思います。一度だけ初等教育を受けましたが、保護者は養父母でした。その後は転々としたのでまともに受けてませんが」

「……それなのに、あの座学成績なの? ありえないわよ。というより、語学はここ数年でもトップクラスね」

 その辺りに実父が関わっているのだろう。

「おそらく、トーマスの父や養父母はこちらで言う『高等教育』以上の教育を受けていたと見られる。その他独学で色々覚えたのだろう。その知識を全てトーマスに譲った」

 ダレル中佐も既に気安い言葉遣いになっている。イライザ効果なのかも知れない。

「バークス公国は元から学問に力を注いでいるからね。大戦前の書物保有率も一番だ」

「軍事産業については、他国からの輸入にほぼ頼ってますね」

「だから、トーマス。そういう情報を知ってるあんたが怖いよ」

「そうですか? あと、実父の話で思い出したのが、バークス公国内に大戦前の大型兵器が眠っているという話です。大戦が起きる前は宇宙開発が盛んだったそうですから」

 その言葉にどんな意味があるのか、トーマスは知らなかった。

「それ、他言無用だ。おそらく世界規模の極秘情報だろう」

「軍事産業関係者で夢物語で言われていることがあるんだよ。『宇宙を渡れる大きな方舟がある』ってね」

「……この部隊、他に知られてたら絶対全員抹殺されるわね」

「ベティに同意だね」

 あまり口を出さないイーユン少佐までが言ってきた。

「あたしらだって、抹殺モノさ。多分、本当の話だからね」

 現在、宇宙開発は滞っているに等しい。巨体(コア)の開発に全てが注がれているのだ。

「抹殺されるのなら、あえてもう一つ言わせていただくと、おそらく巨体(コア)の開発自体が大戦前の宇宙開発の傍系にあたります」

「!!」

 絶句したのが伝わってきた。

「考えてみてください。巨体(コア)のコクピットには必ず、酸素ボンベがついています。それに、身体をしっかりと固定するためのベルト。宇宙は無重力のところです。考えられませんか?」

「それは、……Gが酷いからだと思っていたが……」

「多分言い訳です。成層圏まで軽く汎用型標準タイプ巨体(コア)でも行けますよね? だとしたら本来飛行タイプは要らないんじゃないですか?」

「行けない、でしょう? 簡単な飛行しか……」

「ベティ、トーマスの言う通り行けるんだよ。設計上ではね。トーマスたちは開発にもよく顔を出しているから知っているんだ。あたしらは、『何かあった時のため』という理由を受け継がされてる。だけど、トーマスの言う通りだとしたら、誰がこんな茶番を考えたんだ? そうなってくると、世界大戦すらそれを考えたやつの駒でしかない」

「ということは、現状もですよね?」

 初めてメイナードが口を出してきた。

「だろうね。……おそらくトーマスの父親はそれを知っていた。だから殺されたと考えてもいいだろう」

 ダレル中佐までが怖い発想をし始めた。

「これ、トーマス、お前のせいだからな」

「分かってるよ」

「ダレル中佐、いっそのこと我々は『特殊部隊』改め、『謎解き部隊』にしませんか?」

「それでこそ、イーユンだ。これ以上部隊の人間を増やすわけにはいかない。ベティの構想も素晴らしいが、こちらはもっと私の……」

「ダレル! あんたは黙れ!!」

 イライザがダレル中佐に肘鉄をおとしていた。

「……いいわ。色々イメージが変わっちゃったもの」

 疲れきったようなベティ准尉の一言。

「ダレル中佐に関しては、部下を信任して色々やらせていた実績は知ってたけど……イーユン少佐が嗜めて成り立っていた部隊なのよね。そのイーユン少佐までこうだと、私一人では止められないもの。いっそのこと、止めるためにあなた方三人とイライザさんの手を借りた方が楽だわ」

 じろり、と睨んできた。

「いいわね? あのお二人が暴走したらあなた方も止めるの? これは私の命令よ?」

「……はい」

 ベティ少尉には逆らわないでおこう。メイナードもそう思っていたらしく、二人同時に返事をした。

 トーマスの記憶がなければ、こんなことにはならなかったのは目に見えている。

「でも、一概にトーマス曹長のせいだとは言えないのよね。何せ、もとはあのリディア准尉がマルドゥラ曹長の宝物を壊したことが発端だもの」

「さて、決まったら決行だ! ……まずは……」

「黙れ!」

 今度はガイがダレル中佐を沈めていた。

「……ったく、明日にはマルドゥラも帰ってくるわけだし、そこからでいいだろうに」

「私としては、いっそのこと辺境に回されるように手はずを整えた方がいいかと思いましたけど」

「どういう意味だい? ベティ」

「簡単です。幸いにもイーユン少佐の巨体(コア)は数が多い上に、専用メカニックが必要でしょう? ベン技師を中継にしてイライザ、あなたとのパイプを作ります。その上での情報収集です」

「それは危険だ」

 起き上がったダレル中佐が、ベティ准尉を止めた。

「まずもって、情報収集した時点で上層部に睨まれる。それよりもマルドゥラで王太子殿下を悩殺していただいて、護衛に就くほうが無難かな」

「悩殺って……」

 マルドゥラにそんな色気はないと思うが。

「色気は必要ない。『か弱い女の子』だけを演じてもらう。王太子殿下は既にマルドゥラの中に故オーフェリア王女の面影を求めていらっしゃる。そこをつく」

 何を考えていらっしゃるやら。

「兄さんには、デール兄とのパイプ役をやってもらって、私たちが護衛に就けるようにしてもらう。それだけで大丈夫。あとは……ベティ、君には舞踏を覚えてもらおうか」

「武道なら覚えておりますが」

「シャレじゃない。舞踏、つまりはダンスだ。イーユンあたりと踊れるようになれば問題なし。幸いにもあと一週間、軍事練習は禁じられている。その間に少しでもできるようになればよし」

「……小生も、ですか?」

「勿論。ああいう舞踏会に出れるのは佐官以上だ。ベティの場合は、我々の部隊に女性がいないということで特例で出してもらえる。マルドゥラに教える必要はない。おそらく王太子殿下が手取り足取り教えてくれる」

 王太子殿下まで巻き込んだ計画に誰一人口を挟めない。

「ダレル、それはやめておいたほうがいいと思う」

 ベンだけが反対しだした。

「目立つぞ、それ。多分潰される」

「潰してもらうのさ。それが目的」

「……えっげつねぇのな。姉ちゃんの子分になったのがやっぱり悪かったか」

「今更。それくらいの気構えが無いと『半端者』なんて出来やしない」

「部下を危険にさらすわけにはいかなんじゃないか?」

「そんなことで命を落とすような部下を持った覚えはない」

 謂れのない自信に、全員絶句していた。

「マルドゥラを王太子殿下に近づけるだけで、あたしは反対なんだがねぇ」

 イライザが黙っていたのは、怒っていたかららしい。

「相変わらず漢前ですね、義姉さん」

「死にたいかい?」

「私のほうが体術的にも上だと思いますけど」

 不毛な会話はベンとガイによって封じ込められた。


 マルドゥラには翌日、営倉に行っていた間の事象を事細かに説明することから始まった。

「……それで?」

 本日も開発室での懇親会だ。

「驚かないのかい? マルドゥラ」

「驚いてます。それでどうするのかを伺いたいだけです」

「出来ればマルドゥラには王太子殿下を悩殺してもらい……」

「お断りします」

 ダレル中佐の頼みはあっさりと却下された。

「私にとって、あの方は怖いです。妹の面影を追っていらっしゃると営倉にまでわざわざ出向いてくださる方です。私がどれだけ肩身が狭かったか、想像できますか?」

「まじで?」

「メイナード、嘘を言ってどうすの? 怖かった。特に准将とご一緒になった時とか」

「……計画は変更か……さて、どうしたものか」

「デールには一言も言っていない。……おそらくデールもいい顔をしていないはずだ」

「兄さん、私も同意見です。さすがにそこまで面影を追っていらっしゃるとは思いもしなかった」

 むぅ、とうなるダレル中佐にいきなり連絡が入った。

「明日から訓練が出来るらしい。……嫌な予感がする」

 その予感は当たることになる。


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