二十五
「トーマス君も睡眠薬いるかい?」
開発室に行くなり、イライザが言ってきた。
「……要りません」
たった一日夢見が悪いだけだと言うに。夢の内容は覚えていない、それを伝えたら別室に連れて行かれた。
「こいつも開発室の人間だ。他言無用、トーマス君にかけてある催眠術を解く」
「え!?」
「あたしは昨日の辺りからそれは考慮に入れてたよ。今日で確定したけどね」
夢の内容は覚えていない、それだけで?
「いいかい? 昨日の時点であんたはバークス公国の立ち位置をしっかり把握していたんだ。『裏切りの公国』なんてどこでも教えたりしないよ。それから身分制度をほとんど把握してるなんてまず有り得ない」
そして、催眠術を解くことが始まった。
僕はトーマス。トーマス=バーカー。両親はエナン=バーカーとアリス=バーカー。でも本当は違う。母は僕を産んですぐに亡くなったって。逃亡生活で体調を壊していたらしい。本当の父は傍にいたが、絶対にばれちゃ駄目だって言われた。僕の本当の父の名前はバネット=キャロウ。エルグス男爵に婚約お断りのご挨拶に行く途中に事故にあったって言ってた。
母の名前は内緒だって皆が口をそろえて言う。どうしてだろう? 僕は知りたかった。ただ、僕の両親は僕を息子というより「お仕えしている」感じで見守ってた。それが僕には不思議だった。
歴史は本当の父が色々教えてくれた。勿論、語学も父が全て教えてくれた。何で父はこんなに詳しいのか、そして父を外で父親扱いしてはいけないのか、僕には分からなかった。だから、僕は両親とも二人ずついるんだと思うようにした。
あの日、いきなり爆撃が起きた。そしたら本当の父と僕を二人が逃がそうとした。「あなたは貴き血をおひきの方。お逃げください」って。そのあと、父も死んだ。父が教えてくれたこと、特に歴史については「忘れろ」って言った。覚えていては困るんだって。そして、金貨二枚と母の形見二つを僕に渡してくれた。「これがお前の身分証明になる。でも、信頼している人以外に見せるな」って。僕が狙われるから。
「……見事な催眠術だ。そして知りたいところはしっかりぼかして教えていたわけだ」
イライザが呆れたように言う。トーマスはまだ、眠りについている。
「おそらく、こうやって催眠術を解かれてもいいようにだとは思うがね」
ダレル中佐が呟いた。昨日のイライザの発言以来、気安くなった気がするが。
「しかし驚きでした。ダレル中佐がそのようなご経歴をお持ちだと」
「私より年長者には知れ渡っている。だからあの准将も私を毛嫌いしているわけだ。『半端者のダレル』とね」
ベティの言葉にダレル中佐は苦笑していた。
「だから高等教育受けろって言ったじゃないか」
「兄が受けて、しかもその上の学校まで行っているのに? 両親は兄と別視点で軍を見て欲しかったみたいですよ。イライザ義姉さん」
次は義姉!?
「……なんでばらすかね。このこの男は」
「お褒めに預かり光栄ですよ。隠しようがないでしょう? 今トーマス曹長の催眠術に関わっているのは兄ですし」
「自己紹介が遅れて申し訳ない。イライザの夫でダレルの兄、ガイ=アンダーソンです」
苗字からして違う。
「義父にね、『軍関係者に娘はやらん!』と言われて、母の実家に養子に出ただけですよ。そのあと婿養子になるつもりで。両親も反対しませんでしたし、義父から承諾がもらえたら挙式の予定だったんですが……その前に他界してしまったのでそのままです。ダレルのほかにもう一人弟がいますから。アッカー少佐といえば分かるでしょう?」
「確か近衛隊副隊長のお名前ですな」
「はい。そのデール=アッカーです。もともと両親は孤児院の実態を調べたいがためだけにダレルを孤児院に預けようとした猛者ですから」
イーユンの答えはあたりで、そのあとが怖い。
「見事にイライザの父親が反対して、近所づきあいにもひびが入りそうだったのでやめましたが。で、その遺志を変にダレルが受け継いだために、中途半端に孤児院にお世話になっただけです。
正直、ダレルの部隊は寄せ集めでしょう?」
「違いますッ!!」
ベティがその言葉に食らいついた。
「違わないな、ベティ少尉。こういった場合にすぐ降格になるのがいい例だ。今回私とイーユン少佐の部下とはいえ、オスカー大尉たちにとばっちりがいかなかったのは、あれらが特殊だからだ」
ダレル中佐が笑って言うが、納得がいかない。
「特殊部隊において、私は最後に残った人物だけを集めているに過ぎない。あとは問題があって他部隊で扱いに困った人物が来る。それだけだ。実際、イーユン少佐に関しては、最初特殊部隊の指揮官どもは見向きもしなかった。私は狂喜乱舞したがね。ベティ准尉やオスカー大尉に関しては、降格した時の問題が大きすぎたから他が嫌がったに過ぎない。私はそんな寄せ集めしか来ない。挙句は育ったところで連れて行かれる。死守しているのがイーユン中佐とベティ准尉、それからオスカー大尉たちくらいだよ」
「死守していただき、ありがとうございます」
おかげで「冷徹のイーユン」と呼ばれるに至ったわけか。
「礼を言われる筋合いはない。他を片腕として育てるのが面倒だっただけだ。メイナード曹長、君たちは私が裏から手を回したし、あのリディア准尉に嫌われていたから、あの准将に気を使ったから私が拾えただけだよ」
「ダレル中佐、さらっとおっしゃいましたけど、凄いことされてますよね?」
ベティの言い分は最もだ。イーユンを片腕として認めた発言と、メイナードたちを評価する発言。それだけで有りがたい。
「そうかな?」
「だから高等教育……」
「受けていたら、彼らを部下に出来なかったし? 孤児院行かなかったら孤児院の部下を使えないし?」
イライザにもしれっと答えていた。
「誰だよ、あの可愛かったダレルの性格変えたの……」
「イライザ、君じゃないのかい?」
「あたし!?」
「子分のようにダレルをこき使っていたのは、君だろう? ベンも証人になると思うけど」
あっさりと夫婦漫才が発生した。
「ガイさん? 姉ちゃん? そういう問題じゃないだろ? ってか、いつまでトーマス君をああやっておくわけ?」
気にはしていたが、誰一人口に出来なかったことをベン技師が言ってくれた。それから一歩位して目は覚めたようだった。
「トーマス君、おはよう」
「おはようございます、ベンさん」
「トーマス、お前が寝ている間大変だった」
メイナードが苦笑して言う。そしてあらましを告げた。
「……そんなことよりも、僕の催眠術のほうは?」
イライザたちのことはどうでもいいらしい。




