男の決意
さらに数日後。深夜の無人駅。
貨物列車だけが通過するその駅のホームで、男は一つの決断を下していた。
(女の言う通りだ。二人で逃げても地獄しかない。ならば俺が一人で列車に飛び込み、すべての罪と責任を持って消えれば、彼女は生き直せるはずだ……)
遠くから、重厚な貨物列車の走行音が近づいてくる。
男は静かに立ち上がり、夜空を指差した。
「ジョバンニ……いや、君は君の『ほんとうの幸』を探しに行くんだ。僕はお母さんのところ(あの世)へ行くよ」
男は『銀河鉄道の夜』のカムパネルラになりきっていた。友を救うために暗い川へ姿を消した少年のように、男はホームの白線を越え、近づく列車のヘッドライトに向かって歩みを進める。
「サソリの火のように、僕の体が君の未来を照らす光になればいい……さようなら!」
男が線路へ身を投げ出そうとした瞬間。
「カムパネルラーーーッ!!」
女が絶叫とともに男の背中に飛びつき、力任せにホームの安全な場所へと引き倒した。
轟音を立てて、巨大な貨物列車が二人の鼻先を通過していく。
「バカ! バカバカ!!」
女は男の胸を何度も叩き、大粒の涙を流した。
「あんたがいない未来のどこに、本当の幸せがあるっていうのよ! 私を一人で置いていかないで!」
男もまた、女の温もりを感じながら涙を流した。自分が犠牲になればいいというのは、ただの男の傲慢に過ぎなかったのだと気づいた。
そこへ、線路の点検に来ていた保線作業員のおじさんが、安全確認のライトで二人を照らしながら怒鳴った。
「お前ら、宮沢賢治に謝れ!! あと危ねえから白線の内側に下がれ!!」




