女の献身
数日後。二人は古びた洋館のような、山中の廃ホテルに身を潜めていた。
警察の包囲網は着実に狭まっている。女は、自分たちにはもう時間が残されていないことを悟っていた。
(彼だけでも助けなきゃ。私がすべての罪を被って死ねば、彼は『騙された被害者』として社会に戻れるかもしれない……)
女の脳裏に、ある物語が浮かんだ。
彼女はわざとらしく咳き込み、やつれた顔で男に向き直った。
「……私のような汚れ果てた女は、あなたの立派な人生の邪魔になるだけ。もう、終わりにしましょう」
女は『椿姫』のマルグリットになりきり、悲劇の娼婦として身を引く芝居を打った。
「私はかつての華やかな生活(横領した金での豪遊)が忘れられないの。あなたみたいな何もない男にはもう飽きたわ。だから……あなたは一人で光の当たる場所へ帰りなさい」
心にもない言葉を吐きながら、女はバルコニーの手すりに足をかけた。芝居ではない。彼女は本気で、男を救うためにここから身を投げようとしていたのだ。
「マルグリット……いや、違う!」
男は女の真意に気づき、血相を変えて駆け寄った。手すりから落ちかけた女の腕を、間一髪で力強く引き戻す。
「ふざけるな! 君のいない光の当たる場所なんて、俺には暗闇と同じだ! 君を見殺しにして生き残るくらいなら、俺も一緒に落ちる!」
二人は埃まみれの床に倒れ込み、抱き合ってむせび泣いた。心中ごっこの芝居の裏に隠された、痛切な自己犠牲の愛。
そこへ、廃墟探索の動画を撮影しに来ていたオカルトYouTuberが、カメラを回しながらツッコミを入れた。
「お前ら、デュマに謝れ!! 幽霊より怖えわ!」




