噛み合わない悲劇
雪が舞い散る、日本海沿いの寂れた漁港。
吹き付ける寒風の中、防波堤の陰で身を寄せ合う二人の体力は限界に達していた。
「……もう、足の感覚がない。警察のサイレンも、幻聴のように聞こえるよ」
男は震える唇で呟き、女の手をきつく握りしめた。極限の寒さが、二人をまたしても「悲劇の物語」へと誘う。
「聞いてくれ……君は生き残るんだ。こんな冷たい海で死んじゃいけない。君は生き延びて、子供を産んで、温かいベッドで年老いて死ぬんだ。約束してくれ……」
男は『タイタニック』のジャックになりきり、悲壮な決意を込めて語りかけた。
しかし、女の瞳は別の物語を見ていた。彼女は焦点の定まらない目で海を見つめ、静かに微笑んだ。
「ええ……私は海に身を投げます。でも、悲しまないで。私の体は海の泡となって、あなたが美しいお姫様と結ばれるのを、ずっと見守っているから……」
「……は? 泡?」
男はジャックの演技を止め、素っ頓狂な声を出した。
「お姫様って誰だよ。俺は今、お前を木の板に乗せて、自分が凍え死ぬ話をしてるんだぞ。君はローズだろ?」
「え? 違うの? 私、『人魚姫』をやってたんだけど。あなたが王子様でしょ?」
「なんでだよ! 出だしは『冷たい海で死にゆく恋人』で完全に一致してたじゃないか!」
凍える海辺で、二人の心に明確なズレが生じていた。
同じ絶望の中にいながら、男は「女を生かしたい」と願い、女は「男の幸せのために自分が消えたい」と願っていたのだ。その無意識の想いが、二人が選ぶ物語を分岐させていた。
「ていうか、人魚姫だったら俺は他の女と結婚する最低な王子じゃないか!」
「タイタニックだって、あんたが勝手に凍え死んで私に重い十字架背負わせる気満々じゃない!」
お互いの気持ちがずれている!?
二人が雪の中で痴話喧嘩を始めたその時。
漁船の雪下ろしをしていた地元の漁師のおっさんが、呆れ顔で怒鳴った。
「お前ら、キャメロン監督とアンデルセンに謝れ!!」




