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廃墟の鍵盤のお話。

 大きな王国があります。


 北は山脈、南は大河、西には広大な湿原が広がり、東には大きく森が広がっています。


 今回のお話は、東にあるこの大きな森が舞台です。



 東の森の中。


 王国が使っていた石畳は砕け、雑草がぴょんぴょんと生えています。


 たくさんの木造の平屋、それらはほとんどが朽ち果ててしまっています。残っていたとしても、屋根が無いので家としては使えません。


 畑だった場所からは豆がツタを伸ばし放題にし、好き勝手に遊んでいます。



 町の名残の中央、他の平屋とは違う石造りの大きな建物があります。これは、この町が使われていたときの議会堂であり、集会所であり、宴会場でした。


 石造りなので、木造の平屋とは違いぼろぼろにはなっていません。


 石造りの建物は人や動物が集まって使う場所だったので、当然くつろげるように長イスが置かれていたり、テーブルが置かれています。が、それらはさすがに痛みが出て使えそうな物は少ないです。


 ろうそくを着けたら少しはマシになりそうですが、窓がほとんど無いので暗いです。


 

 そういえば、この音色は鍵盤楽器のものです。


 聞いたことが無いと判断ができないことはあるので、お世話かもしれませんが。


 とても美しく、悲しげな鍵盤楽器の旋律です。休むこともなく、途切れることもなく、鍵盤楽器は旋律を響かせ続けています。


 おかしなことに、聞き入れば聞き入るほど、なぜか物足りなくなる旋律です。


 

 この鍵盤楽器が置かれているのは、石造りの建物の中でも一段高くなった舞台の上です。


 またまたおかしなことに、この鍵盤楽器はこれだけ朽ち果てた空間の中で、唯一つ美しさを保っています。これは魔法の鍵盤楽器なのです。


 永遠に美しく、そして物足りない呪いです。


 誰がこの魔法を掛けたのか、きっとこの鍵盤楽器の奏者に違いありませんが、なぜ報われない音色を響かせようと思ったのでしょうか。僕は疑問でしょうがありませんでした。



 この疑問を解決したくて、毎日日の出と共に起き、森に通っています。


 来る日も来る日も、飽きることなどありませんでした。それでも、何度か僕は馬鹿なんだろうと思う日もありました。


 昼間はやらなければならないことが沢山あるので、夜になったらこっそり抜け出してまた聞きに着ます。


 満月の夜ならいいですが、新月だと石畳の溝でよく転びます。



 こうして沢山の日々が過ぎていき、私は16歳となりました。


 もういい歳なので、仕事が山積みです。本当にたまにしか、鍵盤楽器のあの音色を聞きにいくことが出来なくなってしまいました。


 だから、今日この日、たまたま来ることが出来た私と、本当にたまたまやって来たヴァルゴ氏とニーニに出会ったのは奇跡としか思えません。



 彼らは長く旅をしている旅人です。私とは違い、自由と危険を持っています。


 私は私の家へヴァルゴ氏とニーニを招きました。


 私の精一杯のもてなしを、本当に心の底から喜んでくれていました。ニーニは特に食事を気に入ってくれたようで、幸せな笑顔を向けてくれます。


 ヴァルゴ氏から発せられるとてつもない威圧感を抜きにすれば、とても楽しい時間を過ごすことができます。


 しばらく滞在されていくことになったので、旅人の知識や知恵になにか答えがあるかもと、私のこれまでの日々を話しました。


 ヴァルゴ氏はとても興味深そうに頷くと、一週間後に時間を作れるかどうか聞かれました。


 はいと答えたところで、何かの予感が体中をスキップしていきました。


 今までで一番答えに近づけているという予感が、一週間を一ヶ月にも、一年にも、1日にも、一時間にも自由自在に変化させました。


 


「お待たせいたしました。準備ができましたので、石造りのあの建物へ来てください」とヴァルゴ氏の言伝を頼りに、私は夜の王国内を走りました。


 ここに来て隣国との国交が乱れ、かなり警備が厳しい環境でしたので、城壁を夜越えようとするのはとても大変なことでした。


 しかし、私のこれまでの人生の満ち足りなさを埋めるためには、どうしてもあの鍵盤楽器の音色を完成させる必要があると、強く信じていました。


 私はヴァルゴ氏とニーニが待つ、石造りの建物内の、観客席へたどり着きました。



「それでは、これをどうぞ」とヴァルゴ氏が言います。


 渡されたのは木の枝を丁寧に削り、先端を少しだけ丸めた肩幅くらいの長さの棒でした。


 私はヴァルゴ氏に、この棒で何をすればいいのかと尋ねました。


 すると、ヴァルゴ氏は無言のまま棒を一定のリズムで振るように、身振り手振りで教えてくれます。迷うことなく、私は振りました。


 

 美しく、物足りない旋律に変化が起きたのは八拍目を振ったときです。


 いつの間にか現れた、森の精や川の精が見たことも無い楽器を吹いたり、叩いたり、擦り合わせたりし始めたのです。


 それらは私の棒に合わせて、リズムを刻み高音や低音を響かせます。


 目を閉じ、一心不乱に棒を振りました。


 棒が早く動けばそれに合わせ、遅く動けばそれに合わせ。私は、鍵盤楽器の旋律が満たされる具合を探して、ひたすらに振りました。



 

 月明かりが床に就き、朝日が昇り始めようと伸びを始めた頃。


 見つけました。


 閉じていたはずの目はいつの間にか開いていて、気付かなかったのは大量の涙で隠されていたからでした。


 体が、その全てを使って美しく満たされた旋律を堪能します。


 私が捜し求めていた、音の魂は今ここ目の前で鳴り響いています。


 私は満たされました。




 

 湧き水の魔法によって沈んでしまった東の森に、今では鳴ることのない古びた鍵盤楽器が横たわっています。


 その姿はぼろぼろで、見る影もありません。


 しかし、東の森を挟んで隣の国との戦争のため沈められた森の中で、学んだ音の魂を私は忘れませんでした。



 父が戦争で死に、私が王となったとき。


 私は戦場に鍵盤楽器を持ち込ませました。管楽器や、弦楽器、打楽器を持ち込ませました。


 それらは味方を鼓舞し、敵だった者たちを感動させました。


 そして、戦争は終わりました。


 炎の魔法は空を賑わす大輪の花となり、水の魔法は地上から優雅に吹き上がります。風の魔法が楽器の音色をどこまでも響かせ、土の魔法がこれらを支える大きな舞台を作り上げました。



 私は歳を取りましたが、まだまだ元気です。


 ヴァルゴ氏にもらったあの棒を振るい、笑顔に満ち溢れた演奏会場を自由自在に遊びまわるのです。


 音は高い城壁も、広い大河も越えていきます。


 あの鍵盤楽器が教えてくれた、美しく満たされない旋律は、多くの仲間と沢山の楽器によって満たされました。



 もし、貴方が満ち足りない日々を嘆いているのであれば、我ら『森に響く演奏家達』を呼んでください。

 

 どんな場所であろうとも、たとえお客さんが一人だろうとも、最高の音楽をお届けします。


 これは我が王国の威信をかけた国家事業なのです。

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